18.俺が全力ぶちかますまで

第246話 王様だって誰かの親

 王都マケドニアに存在する荘厳華麗な城。そのメリッサ城には国王が住まう部屋があった。

 一国の王が使う部屋なのだからさぞかし立派で豪華なものだろう、と誰もが思うところであるが実際は少し異なっている。

 確かに一人の人間が住むには充分すぎるほどの広さはある。だが、そこには仕留めた獲物を自慢するような剥製も、名高い画家が描いた絵画も、煌びやかな装飾品もなかった。あるのはベッドとデスクワークと本棚だけ。それも貴族の家にあるような高級なものではない。一般家庭に並べられているありふれたものである。

 それは稀代の賢王、オリバー・クレイモアの考えによるものだった。当初は王の部屋に相応しい豪華絢爛な品の数々が置かれていたのだが、その全てを撤去させた。曰く、そんなものは国政に必要ないとのこと。

 合理的、これがオリバー・クレイモアを表すのに一番適したものであった。


 そんな質素とも言える部屋で、オリバーは一人、読書に興じている。


 読んでいるのは今朝、マジックアカデミアに自ら赴いて借りてきた生徒の名簿。王が来校したという事で学園は大騒ぎになったが、それもやむなしと判断した。

 楽に、とはいかなかったが、なんとか手に入れた名簿を、オリバーは真剣な眼差しで読みふけっている。


 なぜ今更生徒の名簿などを読んでいるのか、それは魔物暴走スタンピードが起こった時に開いた会議でのマーリン・アンブローズの発言が原因だった。


 ―――大事な後継者を失った今、この世界はどうでもよくなってしまったからのぉ


 大賢者マーリン。彼が自分の後を継ぎし者を探していたことはオリバーも知っている。だが、歴史に名を刻むほどの男が満足する傑物など、そう簡単に見つかるわけもなかった。歴代の勇者をもってしても、マーリンのお眼鏡にかかる誰一人いなかったのだ。数多の伝説を背負う男の意志を継ぐのはそう容易いことではない。


 そんな彼が後継者と認めた者がマジックアカデミアに在籍していた。そして、失ったと思われていたその人物が魔王軍指揮官として再び目の前に現れた。


 マーリンの言葉と、魔王軍指揮官を見た彼の嬉しそうな態度からそう推察したオリバーは、マジックアカデミアの全ての生徒の情報が書かれている名簿をわざわざ借りてきたというわけだ。


 名簿を見る、と一口に言ってもそれはかなりの重労働になる。なにせマジックアカデミアは親友である勇者が没したことにより、マーリンが設立した学園なのだ。二百年の長い歴史がある。その間に在籍した全ての生徒の情報は百科事典数冊というレベルではなかった。かれこれ食事もとらずに半日以上名簿と戯れているが、これといって成果は上がっていない。


「……名だたる冒険者はみなマジックアカデミアを卒業しているのだな」


 名簿には聞き覚えのある名前がちらほらと見受けられた。現宮廷魔法陣士筆頭、アニス・マルティーニや”破壊の魔女”フライヤ・エスカルド。そして、”風の担い手シルフィーナ”レイラ・カロリング、”剣聖”ガルガント・ボーといった冒険者の中でも抜きんでた実力の持ち主達も名を連ねている。


 だが、どれもマーリンの言った人物にはなり得ない。


 なぜなら、レイラやガルガントは先の魔物暴走スタンピード時に王都の外で魔物を街に入れぬよう奮戦しており、アニスは今もしっかり宮廷魔法陣士として働いている。それでは失った、という表現に説明がつかない。

 フライヤは国に対して非協力的であるため、その動向はわからないが、先日、魔族を見張るために建てた監視塔に姿を現したという報告を受けた。それはアベル・ブルゴーニュが魔王軍指揮官に敗北した時よりも後。そのため、フライヤは魔王軍指揮官にはなり得ない。

 他にも城で働いていたり、冒険者として活躍している者が多数いたが、マーリンの後継者としては荷が重い気がしてならなかった。


 自分の考えが間違っていたのか。そんな思いが頭の中で大きくなっていきながら読み進めていくうちに、在校生の所まで来た。

 ここまで来るとあまり期待はできない。もし、学園の中にそれほどまで優秀な生徒がいるのであれば娘であるシンシア・クレイモアが自分に報告してくれるからだ。あのレックス・アルベールのように。


 流し見程度でペラペラとページをめくっていく。シンシアのところまで来たところで、オリバーは少しだけ頬を緩めた。


「ちゃんと頑張っているみたいだな」


 一国の王とはいえ、やはり人の親。自分の娘の成長を見て、オリバーの心は喜びに満ちていく。


「フローラ・ブルゴーニュ……勇者になるだけのことはある。優秀な成績だ。逆にレックス・アルベールはなぜ勇者になれなかったのか不思議でしょうがない。これを見る限り、他の生徒とは一味も二味も違うというのに。………………ん?」


 オリバーの手がピタリと止まった。そこには一人の生徒の情報が書かれている。


 成績を見る限り目立ったところはない。学力も、魔法陣も、武術も全て並み。教師のコメントも取り立てて変わったものはない。一つだけ他の生徒と違う所があるとすれば、『DEAD』のハンコが押されている点だ。だが、それ以上にオリバーの目を引くところがあった。


「生まれ育ったのはレックス・アルベールと同じハックルベル……『勇者の地』の出身が二人も?」


 ハックルベルは山奥にあるしがない田舎の農村である。住んでいる住人も十に満たない小さな小さな村。人里離れた場所にそんな村があることを知らない者の方が多いだろう。


 だが、学者や一部の歴史を重んじる者達は知っていた。


 ハックルベルは最強の勇者アルトリウス・ペンドラゴンの生誕の地。勇者の血を引きし者達が住まう村。『勇者の地』。


 途切れかけていた集中力が再び目を覚ました。オリバーは何一つ情報を漏らさぬよう、隅々までそのページに目を通していく。


「死亡した理由は……魔王襲撃によるもの」


 マジックアカデミアの実戦を想定した林間学校を襲った悲劇。一人の生徒の犠牲によって最悪の事態を免れた、と話は聞いていた。もし仮にこの男がマーリンが認めるほどの持ち主であったとしたら?そして、その力を魔王に見初められたとしたら?


「……クロムウェル・シューマン」


 この男の話をシンシアに聞かなくてはならない。そう思い、名簿を閉じて立ち上がろうとしたオリバーであったが、突然勢いよく自室の扉が開かれた。目を向けると、騎士の男が汗だくになりながら、自分に敬礼している。


「何事だ?」


 ノックもなしに騎士の男が自分の部屋へとやって来た。その非礼を咎める前に、それほどの緊急事態なのだとオリバーは頭を切り替える。

 ここまで走ってきたせいで呼吸が乱れているが、そんなことはお構いなしに騎士の男は敬礼したまま声を張り上げた。


「ほ、報告します!!ロバート・ズリーニ様が所有する工場が魔王軍指揮官によって破壊されました」


「なに?」


「そこで働いていた研究員が命からがら逃げのび、城へとやってきております!!他の方々にも連絡がいき、皆さま会議室に集まっているとのことです!!」


「……わかった、私もすぐに向かう。報告ご苦労であった」


「し、失礼いたします!!」


 騎士の男はもう一度ビシッと背筋を伸ばすと、そのままそそくさと部屋を後にする。オリバーは口元に手を添えると、机に置かれている名簿をちらりと見た。


「魔王軍指揮官……貴様の正体は……」


 工場を壊されたロバートは激怒している事であろう。とにかくこれは一刻を争う事態だ。


 オリバーは手早く着替えを済ませると、マントを羽織り、会議室へと向かって行った。

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