第245話 知り合いの黒歴史は面白い

 究極の魔道具作りを開始してから早一週間が過ぎた。今日も俺は朝から晩までよくわからん液体に魔力を流し続ける。


 最近はめっきり体内時計もおかしくなってきた。そらそうだ、一日中こんな日も当たらないマッドサイエンティストの研究室みたいなところに缶詰め状態なんだから。日が昇ると同時にこの部屋に足を運び、夜も更けたところで小屋へと帰還する、って生活をずっと続けている。ここのところアルカの寝顔しか見てないから、癒し成分がゼロどころかマイナスに達してしまった。


 本当はそんなに長時間やらなくてもいいらしい。でも、それだと完成までの時間がどんどん長くなっちゃうから、かなり無理している感じだ。

 いや、別に視察を早く終わらせたいって気持ちはほんの少ししかないよ?それよりも、この生き地獄みたいな作業を終えたい。マジで辛い。多少は覚悟していたが、甘かった。はちみつなんかよりずっと甘ちゃんだった。


 作業自体はそこまで難しくはない。最初こそ微調整に苦戦したが、魔力の扱いには自信がある。本当に微量な魔力を流し続けるから疲れることもそんなにない。


 じゃあ何がきついかって、同じことをずっとやっていなきゃいけないことだ。


 今の俺がやっていることは、例えるならひたすら花に水をやっている感じ。じょうろを動かすこともない。ただ何も考えずに同じ量の水を同じ花にちょろちょろとかけ続けている。普通に頭がおかしくなるだろ。


 俺を慮ってか、究極の魔道具の作成風景を見たいのか知らないが、他の三人のヴァンパイヤがしばしばやってくるのもきつい。話し相手がいると気が紛らわせると思ったろ?それは会話が成立する間柄だけだ。よくわからない魔道具のためによくわからない作業をしている時に、よくわからない話をされてみろ?怒りよりも殺意が湧いてくるから。


 そういう時は大体、セリスが助けてくれた。


 やることないっていうのに、あいつは律義にそばにいてくれてんだよね。それで俺の負担にならないようにリードリッヒ達の相手をしてくれた。俺と同じで会話は通じてないみたいだったけど、持ち前のコミュ力で何とかしていたな。正直すげぇと思う。

 アルカと朝食を食べ終えるとこっちに来て、夜になったら家に帰って夕飯を作って俺達に持ってきてくれる。本当に優しい秘書様には感謝感激雨あられです。ここにいる間はずっと本を読んでいるんだけどね。セリスのやつ、この一週間で100冊以上読んでるぞ、多分。


 まぁ、大体こんなところかな?やってることが単調すぎて報告することがない。ちなみに、今はピエールと二人っきり。セリスは晩飯作るために一時帰宅中。


 俺はあくびを噛み殺しながら、目の前で魔法陣を組成し続けるピエールに目を向ける。やっぱりヴァンパイヤってすげぇんだな。集中力が違う。液体っつー不安定この上ないものに、ピエールは同一の魔法陣を描き続けてるんだ。ただただ魔力を垂れ流している俺とは比べられるわけもない。初めて、感心したかもしれん。


 しかも話しかけたら普通に会話できるからね、こいつ。手許が狂うこともない。人間の俺とは脳の構造が違うのかもな。


 流石はこの世界に五人しかいないヴァンパイヤ。厨二で臆病なだけじゃなかったって…………。


 …………五人?


 ピエール、リードリッヒ、ソフィア、アウロラ…………あれ?


 やっぱり四人しかいない。ってことは俺の聞き間違いか?ピエールが人数を間違えるわけもないし。


「……なぁ、ピエール。ヴァンパイヤって五人いるって言ってたよな?」


「そうであるが?」


「俺は四人しか会ったことないんだけど、もう一人は引きこもりかなんかなのか?」


「何を言っておる」


 フラスコを凝視していたピエールが顔を上げ、怪訝な表情を向けてくる。


「指揮官はもう既に会っているではないか」


「会ってる?最後のヴァンパイヤに?」


 え?そうだっけ?もしかして影の薄いやつでもいたのかな?全然覚えがないんだけど。


 俺が記憶を検索していると、ピエールが軽い調子で告げてくる。


「その者の名はルシフェル。異端のヴァンパイヤにして魔族の王である」


「あーフェルか……って、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 俺が大声を上げると、ビクッとピエールの肩が跳ねた。


「お、驚かすでない!失敗するところであったぞ!」


「あっ、わりぃ……つーか、驚いたのはこっちの方だわ」


「知らなかったのか?てっきり魔王から聞いているものだと思っておったが」


「いや、まったく。あいつは自分の事話さねぇから」


 それにしてもフェルがねぇ……まぁ、冷静に考えてみれば当然か。あの並外れた戦闘力はヴァンパイヤじゃなきゃ説明がつかねぇ。


「でも、あいつは嬉々として敵と戦うような奴だぞ?お前らとは違わない?」


「だから異端のヴァンパイヤと言ったであろう。あの男は生まれた頃より誰よりも魔力に優れ、そして誰よりも冷酷無比であった」


「冷酷無比……フェルがか?」


「あぁ」


 ピエールが重々しく頷く。おいおい……あのとにかく楽しいことを全力で探しているような奴がか?そんな訳ねぇだろ。


「俄かに信じられない、そんな顔をしているな」


「……まぁな」


 だって、遊びに誘ってもらえなかったからって三十分以上いじけるようなバカなんだぞ?


「まぁ、無理もない……指揮官は今の魔王しか知らぬからな。貴殿だけではない、他の幹部達も同じであろう。だが、昔の魔王は違った。魔族の領土を増やすため、容赦なく人間達に牙を向けていたのだ」


「フェルが……人間達に……」


 なんだか口が乾いて上手くしゃべれない。歴史の教科書にも同じようなことが書いてあった気がしなくもないが、実際に生きていた奴から話を聞くのは、現実味が違いすぎる。


「魔王が変わったのは、ある男と出会ってからだ」


「……ある男?」


「偏屈な男であった。類まれなる才能を持ちながら、それを鼻にかけることはしない。敵同士だというのに、なぜか魔族の力になろうとしていた。……そう、まさに今の貴殿のようにな」


「それって……」


 俺の頭の中に一人の男が思い浮かんだ。太陽を沈めた男。黒髪の反逆者。


「そうだ。初代魔王軍指揮官、ランスロット氏だ」


 ……なんか知らんが鼓動が早くなる。本当に俺の先輩は話題に事欠かないお人だな。ちょっと会ってみたいぐらいだよ。


「なんつーか、俺の先輩は随分すごい人だったんだな」


 魔王の性格変えちまうとかどんだけだよ。俺はあのバカの性格を変えられる自信なんてこれっぽっちもないぞ?あの妖怪ジジイも誉めてたっけ。俺とは違って華があったとかなんとか。俺じゃあ逆立ちしても追いつけっこないってことか。


「何を言うか。貴殿も十分凄かろう」


 ピエールがさも当然とばかりに言ってきた。おいおい、厨二病に慰められちまったぞ。別に気にしてないから気なんか遣わなくてもいいって。


「なぜなら、貴殿は究極の魔道具を我輩とともに完成させたではないか?」


 そうだな、無事に作り出すことができたら、少しは完璧超人の先輩指揮官様に追いつけ……。


 ……完成させた?


「ちょっと待て。完成させたってことはお前……」


「あぁ、たった今完成した。究極の魔道具、エリクサーだ」


 気が付けばピエールは魔法陣を構築していなかった。俺は魔力の放出を止めると、大きく息を吐きだす。


 …………疲れた~~~~~~~。


 喜びよりも安堵の方が大きいわ。全然派手な演出とかなかったから未だに実感がわかないんだけど、本当に完成したんだよね?


 ピエールはフラスコから小瓶にエリクサーを移し替えると、その小瓶を俺の方へと差し出した。


「これは指揮官に託そう」


「え?いいのか?ピエールが苦労して完成させた魔道具なんだぞ」


「我輩一人ではない、二人で完成させたものだ。そして、指揮官の力がなければ完成させることができなかった」


「いや、俺は魔力を垂れ流してただけだぞ?」


 俺の力がなければ、って言われるほどの事は全然やってない。ぼけーっと椅子に座ってただけだ。


 だが、ピエールはそれを否定する。


「指揮官が息をするように行っていたことは、非常に卓越した技術であるのだぞ?あんなにも長時間、わずかな魔力を一定に出し続けられる者など、我輩は他に知らない」


「そうか?別にそこまで難しいことじゃ」


「はっきり言おう。魔力の扱いに関して、貴殿の右に出るものはいない。それは魔王や先代指揮官を含めてもだ」


「…………」


「故に、これは指揮官が持つべきである!……我輩は究極の魔道具を作れただけで満足なのだ」


 ……そういうもんなのかな?まっ、くれるっていうならありがたく頂戴しておきますか、うん。あの、あれだ……ピエールに褒められて照れてるなんてことはない、断じて。


 俺はピエールから小瓶を受け取ると、空間魔法へと収納した。


 バタンッ!!


 その瞬間、部屋の扉が勢いよく開けられる。俺とピエールが同時に目を向けると、金髪の美女がそこに立っていた。


「おっセリスか。ちょうどよかった。今やっと」


「クロ様、緊急事態です」


 俺の言葉を遮るようにして告げられた言葉。セリスの表情にも声にも一切の余裕はない。


 これはただ事じゃねぇな。セリスがここまで焦るなんて珍しいぞ。いったい何があったっていうんだ?


 そんな疑問がセリスの次の言葉で綺麗さっぱり吹き飛んだ。


「アラモ砦が人間達から襲撃を受けております」

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