第238話 どんな奴にも弱点はある

 ピエールの緊急招集により集まった三人のヴァンパイヤと一緒に俺とセリスは城の外で待っていた。当の本人は領地に侵入者の確認に行っているところだ。そろそろ戻ってくる頃合いだと思う。


「戻った」


 転移魔法陣から現れたピエールの顔には相変わらず余裕がない。


「おい、ピエール!どんな感じなんだ!?さっきから右目の疼きがおさまりやがらねぇ!」


「リードリッヒ、落ち着け。敵は南西の森から侵入してきている。まだ遠いが、じきこの場所にやってくるだろう」


「そ、そんなぁ……デスターク城までやってきたら大変だよ!」


 アウロラは不安げな表情でキョロキョロと周りを見回し始めた。ソフィアは目を瞑り、持っている藁人形に顔を近づける。


「冥府の神はおっしゃっております……災厄の使者どもを血祭りにあげよ、と」


「そのつもりだ。我が聖域を土足で踏み荒らそうとする輩には、我輩自ら天誅をくだすまで」


 そう言うとピエールはふたたび転移の魔法陣を作り始めた。リードリッヒ達は当然のようにピエールの肩に手を乗せる。俺はセリスにチラリと視線を向けると、リードリッヒ達に倣って、ピエールの腕に掴まった。


 圧倒的な強者であるヴァンパイヤがこれほどまでに警戒する相手……全く想像つかねぇんだけど。俺が知る限り、こいつらが苦戦するような魔物なんてキングベヒーモスかエンシェントドラゴンくらいだろ。だけど、あいつらは滅多に現れない幻の生き物って言われてんだぞ?俺だって見たことねぇし。


 転移してきたのは薄暗い森の中だった。たくっ……どっかのバカ共が雰囲気出したいがために分厚い雲を出しているせいでよく見えねぇよ。多分ピエール達とセリスは見えてるんだろうけど、俺は普通の人間だからな。身体能力が魔族とは違うんだよ。


「勘づかれる事を警戒して少し離れた所に来た。おそらく奴らは日出ずる方角からやってくるだろう」


 ピエールが指差した方へと目を向けると、リードリッヒは凶暴な笑みを浮かべる。


「久しぶりに俺の邪眼が火を噴く時が来たようだな!」


「冥府の神の命により、一人残らず冥界へと誘います」


「バハムートちゃん……力を貸して」


 アウロラとソフィアも完全に臨戦態勢に入っているみたいだ。ってか、そうなっても厨二は忘れないのね。プロだな、こいつら。


「セリス、見えるか?」


「いえ……ですが、確かに葉の擦れる音が少しずつ近づいてきています」


「そうなのか?俺には全然聞こえないな」


「風が吹いたことにより自然に発生したものとは違いますね。この感じだと、かなりの数がこちらに向かってきていると思います」


 まじか。俺がさっきいった二体の魔物のどちらかが手下を引き連れて来たとなると、非常にまずいことになる。正直、強さが未知数なんだよな。あいつらはそういう類の連中だ。空想上の生物扱い。ただのドラゴンやベヒーモスですら油断できない相手だっつーのに、そんな奴らの頂点に君臨す奴らとか想像もつかねぇよ。


「クロ様……あそこ……!!」


 俺は急いでセリスが示した方へ目を向ける。ギリギリまで目を細めて、やっとこさその姿を確認することができた。


 ドラゴンではない。ベヒーモスとも違う。


 こちらに向かってきているのは2,3メートルほどの人型を模した岩石の塊、ロックゴーレムが数体。そして、無数の泥人形がコバンザメのように、ロックゴーレムの周りを固めていた。


 ロックゴーレム達はそのごつい体で木をなぎ倒しながら、ゆっくりと行進している。泥人形達は自分を守ってくれるロックゴーレムから離れないよう、ちょこまかと動きまくっていた。


「……えーっと」


「それ以上は言わなくても分かります」


 俺が微妙な顔をしてセリスの方に振り返ると、セリスは戸惑いの表情を返してくる。


 ロックゴーレム……冒険者初心者キラーと呼ばれる魔物。ある程度、魔物狩りに慣れてきた者にとっては金になるおやつ。

 確かに、一発一発は重くて、安物の鎧じゃ致命傷は避けられないだろう。おまけに見た目通り体が硬い。剣で斬りかかってもまるで歯が立たないな。


 とはいっても、動きが鈍重すぎて攻撃なんてあたりっこないし、風属性魔法にすこぶる弱いから倒し方さえ知っていたらなんの問題もない相手。泥人形はさらにそれの劣化版って感じ。


 魔法が使えない獣人族ならいざ知れず……いや、ライガあたりなら面倒臭そうに舌打ちしながら蹴り砕くだろうな。


 少なくとも魔法陣に長けたヴァンパイヤにとって恐れる事なんか何一つないんだけど、なんでこいつらはこんなに緊張しているんだ?


 やって来ていた魔物がロックゴーレムと泥人形だとわかったっていうのに、ピエール達を包む緊迫した空気は変わらない。こいつら……兎を狩るのに全力を出す獅子の類か?


「とりあえず相手が相手だし、様子見するか」


「そうですね。ヴァンパイヤともなればあんな魔物、物の数ではありませんからね」


 セリスと小さい声で確認しあってから、ピエール達に目を向ける。魔物を見る目に一切の油断はない。なんかこっちまで緊張してきた。


「まずは俺から行かせてもらうぜ!」


 リードリッヒが眼帯を外しながら、持っていた筒のようなものを投げつける。クルクルと回転しながら飛んで行った筒から突然勢いよく水が噴き出し始めた。


「どうだ!俺が編み出した自動水やり機の威力はっ!!」


 わー、ゴブリン達が欲しがりそうな魔道具だなー。これがあったら畑の水やりがかなり楽になりそうだねぇー。あぁ、あと虹が奇麗だ。


 って、全然意味ねぇよ!それ!!


 ロックゴーレムは無視してこっちに突っ込んできてるし、泥人形も水を浴びながら普通に歩いてんぞ!あっ、でも、少し嫌がってるかも。犬みたいにブルブル体震わせてるしな。って、うるせぇよ。


 先陣切ってそれか、こいつは!家に帰ってお花に水やりでもしてろ!つーか眼帯取った意味あんのかよ!


「流石はリードリッヒだな。この魔道具があれば農業革命が起こるであろう」


 ピエールが噴水のように水を出し続ける魔道具を見ながら感心した様に頷いている。なるほど、こいつがバカなのは上が大バカだからか。


「冥府の神が見ている手前、私も一肌脱がないといけませんね」


 今度はソフィアが空間魔法から細長い縄状のものを取り出した。ムチか。水が飛び出る玩具よりは有効だと思うが、果たしてロックゴーレムの頑丈な体に通用するのか?


「闇を照らし出せ、レインボーライト!!」


 ソフィアが放った縄はそこら辺の木に巻き付くと、括りつけられたガラス玉が七色の光を放ち始める。おー、これは恋人同士で見たらロマンチックだなー。陰気な森が一瞬で屈指のデートスポットに早変わりだ!やったぜ!


「これほどまでに色鮮やかな光を……ソフィア、腕を上げたな」


 褒めて伸ばすタイプの上司、ピエール。部下からの信頼は厚いが、同僚からの目は冷たい。


「……ふざけているんでしょうか?」


 セリスが眉を顰めながら俺に尋ねてきた。知らん。俺に聞くな。


「グォォォォォォ!!」


 俺達の居場所に気づいたロックゴーレムが組成した魔法陣から巨大な岩が何個も飛んで来る。おいおい、あちらさんは殺る気満々だぞ?遊んでる場合じゃないだろ。


「こ、ここは僕が!!」


 オドオドしながら前に出たアウロラが俺達を守るように一枚の布を広げた。その布にぶつかった岩は完全に勢いが死に、左右に流れていく。


「こ、この布は風を纏っているんだ!そ、そんな岩なんて跳ね返しちゃうぞ!」


「このような布一枚で降り注ぐ岩から我々を守るとは!アウロラ嬢にはいつも驚かされるな!」


 魔法障壁でいいだろうが、それ。なんでこいつらは頑なに魔道具を使おうとしたがるんだよ。


 ま、まぁ余裕の表れなんだろうよ。こいつらが内包している魔力量が半端ないのは確かだし、魔法陣が得意なのも間違いないからな。あの程度の魔物なんてお遊びの範疇なんだろ。


 必殺の岩を躱され、怒り心頭になったロックゴーレム達の移動速度が上がった。さて、そろそろ討伐してもらいたいんだが。


「な、なに!?俺の魔道具を食らってもまだ元気に動けるだと!?」


 当たり前だろ。驚いていることに驚きだわ。さっさとその自慢の邪眼とやらで消し去ってくれ。


「わ、私の光も効いておりません!冥府の神よ!どうかお力添えを!」


 光ってただのイルミネーションだろ。そもそもロックゴーレムも泥人形も目がないから見えてないだろうが。


「わわわっ!ちょ、直接来られたらこれで跳ね返せないよ!」


 跳ね返すことにこだわりすぎだっつーの。近づいてくる前に魔法で吹き飛ばせばいいだろ。


「まずいな……」


 ピエールのこめかみから一筋の汗が流れる。いやいやいや……そういうのいいから。


「やべぇぞ!せ、迫って来てやがる!ど、どどどどうしよう!?」


 は?リードリッヒ?急にどうした、お前?


「ヒィィィ!!こ、こっちに来ないで!!」


「怖いよ!やだぁぁぁぁぁ!!」


 ソフィアもアウロラもキャラ忘れるくらい本気で怯えているんですが。


「くっ……かくなる上は我輩が皆を守る……!!」


 そう言いながら前に出したピエールの腕は信じられないくらい震えていた。いや、腕だけじゃない。全身が冷水でも被ったみたいにガタガタ震えていやがる。そんな状態でもなんとか魔法陣を組成しようとするピエールだったが、全く集中できていないせいか、完成することなく魔法陣は消えていった。


「ピ、ピエール!?どうしたというのですか?」


 困惑しながらセリスが声をかける。だが、ピエールに返事をする余裕もなく、身体中から冷や汗を流しながら、力なくその場にへたり込んだ。


「恐怖が……圧倒的な恐怖が我輩を縛り付ける……」


 恐怖?え?まじでどういうこと?セリスもピエールに寄り添いながら完全に困り果てていた。他のヴァンパイヤ達もブルブル震えながら三人で身を寄せ合っている。


 まさか、こいつら……。


 そんなヴァンパイヤ達を気遣うわけもなく、魔物達はもう間近まで迫っていた。俺は動くことができないヴァンパイヤ達の前に立ち、即座に魔力を練り上げると、風属性の一種ソロ最上級魔法クアドラプルを組成する。


「森を吹き飛ばしちまうけど、勘弁な。”狂風の津波タイダルエアウェイブ”」


 俺の魔法陣から放たれた風の高波が、周りに生えている木ごとロックゴーレム達を奇麗に洗い流していった。こうやって森を荒らすのは、魔の森のトラウマが蘇るから嫌だったんだよな。あの、重力魔法をアルカに見せたやつ。もう植林作業はこりごりです。


 俺は魔物が残っていないことを確認し魔法陣を消すと、ピエール達の様子をうかがう。まだ身体の震えは収まってはいないが、俺が魔物を退治したことに安堵しているようだった。それを見て、俺の予想が正しいことを確信する。


 知らなかった。こいつらにこんな秘密があったとは。厨二病だけが特徴だと思い込んでいたけど、それは間違いだったみたいだな。


 そう……ヴァンパイヤって種族は、この上なく臆病のようだ。

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