第239話 力を持つことは闘う義務にはならない
魔物の脅威は去ったということで、俺達は城へと帰ってきた。各自、自分の部屋に戻ったので、俺は今、ピエールと二人っきりで部屋にいる。目の前のソファに座るピエールは流石にもう震えてはいないが、表情はすぐれない。普段から血色は悪いが、今は卵が腐ったような顔色をしている。
「……戻りました」
セリスが遠慮がちに部屋へと入ってきた。
「お疲れさん。どんな感じよ?」
「皆さん大分落ち着きを取り戻したようで、今は部屋で安静にしています」
「そうか……」
ほとんどパニック状態に近かったしな。完全に復活するにはもう少し時間がいるだろう。
それにしても意外だったな。だってヴァンパイヤっつーのは人間からしたら魔族の中でも恐怖の象徴だったんだぞ?圧倒的な力を有しているから、出会ったら待つのは死のみだって学園でも言われたし。
「……情けないところを見られてしまったな」
ボソボソとか細い声でピエールが呟く。さっきまで見せていた強者の覇気のようなものは一切感じられない。
俺はセリスと顔を見合わせると、肩をすくめながらピエールに話しかけた。
「いや、別にそんなことは……」
「軽蔑したであろう?ヴァンパイヤの長でありながら、あの程度の魔物に臆するとは」
「軽蔑したっていうよりは驚いたな」
「ふっ……」
ピエールが自嘲の笑みを浮かべる。あの程度ってことはピエール自身、魔物達の力量は把握していたんだな。そして、自分の力が奴らよりも遥かに優っていることも。それでもなお、恐怖で身体が動かなくなったってことだ。
「もう知ってしまったであろうが、我輩達ヴァンパイヤは恐怖に異常なまでの反応を示してしまうのだ」
「まぁ、それは見ていたらなんとなく……」
あれが演技だとしたら大したもんだ。舞台俳優でもあそこまで真に迫った怯え方なんて出来やしない。リードリッヒ達は好き好んで魔道具を使っていたわけじゃないってことだ。怖くて魔法陣が描けず、近寄ることもできないから仕方なく魔道具で魔物達に対抗しようとしたんだな。
「でも、ヴァンパイヤは強いだろ?それこそ他の魔族とは一線を画するくらいに。それなのにあからさまに格下の相手でも恐怖を感じるのか?」
「我輩達には寿命がない。だから死というものが貴殿らよりも更に遠くにある。そんな我輩達が命を失うのは一体いつなのか……それは何かと争いを繰り広げた時だ」
確かに、寿命がないんなら誰かに殺されるか、自分で死ぬかの二択になるわな。ヴァンパイヤは身体が丈夫だから病気とかにはかからないだろうし。
「争う事で生を実感するとともに、死を認識してしまう。それが恐ろしいのだ。相手の強さの多寡ではない、争うという行為自体に恐怖を感じてしまう」
「なるほどな……」
長く生きているからこそ、死ぬのが怖いわけだ。俺は逆だと思っていたけど。でも、人生の階段を俺なんかよりも遥かに高くのぼってるんだもんな。そら、そこから飛び降りるのは足がすくむわ。
「……勇者が私の街に攻め込んでくると知り、援軍を頼めないかお爺様が尋ねた時にルシフェル様がおっしゃっていました。『勇者に太刀打ちできるのはピエールくらいだけど、彼は性格上厳しい』と」
「って事は、フェルは知ってたって事だな」
「そのようです」
まぁ、魔族を統べる王なんだからそれくらい知っていて当然か。
「今まではどうしてたんだ?魔物が攻めてきたのは初めてじゃないだろ?」
「……普段であれば、魔王に報告して力を借りていた。だが、今回は指揮官とセリス嬢がいる手前、そういうわけにもいかなかったのだ」
そういう事か。気持ちはわからんでもない。ピエール的にはヴァンパイヤの欠点を知られたくなかったんだろう。
「改めて礼を言うぞ、指揮官。我輩達を守ってくれてありがとう。貴殿がいなければ、取り返しのつかない事になったやもしれない」
「なーに、気にすんな。それが俺の仕事だ」
「先程はあぁ言ったが、この街の……いや、ヴァンパイヤの抱える問題はそれかもしれないな。恐怖に打ち勝ち、争いから逃げない強い心を持つこと」
「問題、ねぇ……」
俺は自分の顎を指でなぞる。まぁ、そういう考え方もあるか。恐怖を克服すれば、今回みたいな事があっても、自分達の力で乗り越える事が出来るだろうしな。だけど、本当にそうなのか?
「俺はそうは思わないけどな」
「え?」
俺がきっぱりと言い放つと、ピエールが驚いた顔でこっちを見てきた。
「争う事が怖いなら争わなければいいだけだって。確かにお前らヴァンパイヤは強いけど、それは戦わなきゃいけないって理由にはならねぇ。強者は戦え、なんてルール魔族領にはないだろ?」
「い、いや……確かにそうであるが……」
「争うのが怖いってのは欠点になるかもしれないけど、争うのが嫌いっていう美徳にもなるんだよ。それを問題だ、って言うのは簡単だが、おいそれと無くしていいもんじゃねぇと俺は思うぞ?」
「…………」
「もしまた魔物が攻めてきたり、危険を感じたりしたらいつもみたいにフェルに言えばいいんだよ。それで不都合が起こった事はないんだろ?ピエール達は魔道具作りに専念して、そういう野蛮な事は慣れてるやつに任せればいい。俺もお前らの事は知ったからな、次からは俺に頼みに来ても構わねぇよ」
少し面倒くさいけど、戦いたくないやつに戦わせるよりかは百倍マシだ。
「……くくっ」
途中から黙って俺の話を聞いていたピエールが小さく笑う。
「指揮官はそういう風に考えるのか。なかなかどうして……魔法陣の腕だけではなく、器も広いんだな」
「……おだてても何にもでねぇぞ?」
「本心から言ってるのだ」
うるせぇ。それがわかるからこんなに照れてんだろうが。横でセリスがクスクス笑っているのが腹立つ。
「あーもうこの話は終わり!!そんな事より究極の魔道具だろ!?作るの手伝ってやるから詳細を話せっつーの!!」
褒められ慣れてない奴が照れ隠しする場合は十中八九逆ギレする。俺もその例に漏れることはない。
「そうだったな……指揮官と我輩が力を合わせれば伝説を蘇らせる事など容易いに決まっておる!」
ようやっと調子が戻ってきたみたいだな。厨二モードがウザいことには変わらないが、やっぱりピエールはこうでないとなんか落ちつかねぇわ。
「それではまず手始めに素材の収集から始めることにいたそう。……と、言っても必要な素材でこの城にないものは二つくらいなのだがな」
「二つか。なんだ、思ったより簡単そうだな」
「侮るなかれ。その二つの素材の入手が困難を極めるのだ」
あー、そういやそんなこと言ってたっけ。確か、その素材を見ることなく死んでいく者がほとんどだ、とかなんとか。
「だが、実際にこの目で指揮官の実力を目の当たりにし、我輩は確信した!貴殿ならその二つの素材を入手することができると!!」
「わーってるよ。ちゃんと探して持ってくるから。で?その素材ってなんだ?」
できれば魔物の素材とかがいいんだけど。そっちのほうが楽そうだし。
「ふむ、では指揮官が手に入れてくる素材を言い渡そう。ずばり'キングベヒーモスの剛角'と'エンシェントドラゴンの生き血'だ!!」
……………………はい?
「地上最強生物と言われるキングベヒーモスの頭に生えている角と、数千年数万年生きた竜の王に流れる血が必要なのである!特に後者は生きている状態で採らないと意味がないぞ?」
「いや、えーっと、それはきついんじゃ……」
「なに、心配することはない!我輩は貴殿が戻ってきたときに、すぐにでも魔道具作成に取り掛かれるようしっかりと準備しておく!!」
「あ、そうじゃなくて……」
「では健闘を祈る!!」
そう言うと、ピエールはそそくさと部屋から出て行った。いやいやいやおかしいだろ!そいつらってついさっき俺が厄介者認定した魔物じゃねぇか!!その素材が必要とかふざけんじゃねぇぞ!?
まじで安請け合いなんてするもんじゃねぇ!!
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