第237話 同じ言語を使っているとはいえ意思疎通が図れるとは限らない

 ピエールから紹介を受けた俺達は、そのまま三人のヴァンパイヤの部屋へと赴き、それぞれどんな魔道具を作っているのか見せてもらった。だが、そんなのは全カットだ。だってどこに行っても俺達二人がひたすらわけのわからない厨二病の話を聞いてるだけだぞ?ただの拷問だっつーの。


 流石に味気ないからどんな様子だったか俺の口から説明すると、


 リードリッヒの部屋は金属のガラクタがそこら辺に転がってたな。こいつはそういう系統の魔道具を作るのが得意らしい。たしかに、炎の剣とか大地を揺るがす槌とか好きそうだよな。

 ソフィアの所には電灯とかシャワーの部品みたいのがあった。そういう家具関係はソフィアの領分なんだってさ。後は木彫りの気持ち悪い人形がいたるところに置かれてた。夜、あの部屋にはいたくない。

 アウロラの部屋もわかりやすかったな。もうほとんど服屋さん。俺のコートを見て、自分が作ったって嬉しそうに言ってたし。


 まぁ、こんな感じだ。ヴァンパイヤによって得手不得手があるみたい。その中でもピエールは万能に何でもこなすんだってよ。


 それにしても魔道具作りは想像以上に大変そうだった。同じ魔法陣を何度も何度も繰り返し組成して埋め込んでたからな。あれはかなり緻密な魔法陣の操作を要求されるぞ。大きさも形も全く同じ魔法陣を組成しなきゃいないから、神経がすり減るわ。俺には無理。少しだけヴァンパイヤ達を見直したよ。


 と、いうわけで、三人の部屋を見て回って思ったことがある。早速セリスに相談してみよう。


「な」


「他の種族と平等に視察をしてください」


 俺が顔を向けると、間髪置かずにセリスがきっぱりとした口調で告げる。一文字で俺が言おうとした事を看破しやがった。くそが。


「……視察たって、どうすりゃいいんだよ?」


「いつものようにヴァンパイヤ達が抱える問題を調べ、それを解決に導けばいいではないですか」


 馬鹿め。あいつらが抱えているのは問題じゃなくて重い病気だ。しかも完治しないやつ。そう言ったところで軽く流されるだけだから言わないけど。


 あー、今回の視察も一筋縄ではいかないみたいだな。キャラが濃いやつが多すぎんだよ。


 俺は気が進まないまま、ピエールの部屋の扉を開いた。


「なにやら異世界から戻ったかのような顔をしているな。無理もない……貴殿らは魔道具の神秘に触れたのだからな」


 なるほど。俺は異世界転移していたのか。どうりでコミュニケーションが図れないと思った。もう二度とあっちの世界には行かないようにと切に願う。


「くっくっく、貴殿ならすぐに慣れる。いや……あの常軌を逸した力……むしろ指揮官自身があちらの世界からの転生者なのかもしれないな」


 そうだったのか。こっちの世界に転生してきてよかったわ。あんなのが蔓延る世界にいたら五分ともたないぞ。まじで。


「……クロ様、現実逃避している場合ではありません」


 適当なことを考えていたらセリスに窘められた。はぁ……しゃーない、仕事すっか。


「あー……ピエール?この街が抱える問題とかないのか?」


「この世に生を授かった時から誰しも問題を抱える。生きるということはそういうことではなかろうか」


「いや、そういうことじゃなくて。魔道具を作る過程で困っている事とかさ」


「困難、挫折、苦悩……それらを克服した時にこそ真の魔道具が開眼する」


「あーうん、そうだね。でも、俺が聞きたいのは街をこんな風にしたいとかそういうのなんだけど」


「理想を掲げるのはいいが、現実をしっかりと見据えなければならない。そうでなければ理想にその身を焼き尽くされる。その後に待つのは……破滅のみだ」


 あぁダメだこいつ会話ができねぇ。俺はまだ異世界転移したままだったらしいわ。


「なんかねぇのかよ。希望とか願いとかさ」


「願い、か……」


 俺の放った投げやりの言葉を聞いて、ピエールが思案深げな表情を浮かべる。どうせまた厨二っぽい発言考えているんだろ。聞き流す準備は出来てる。


「願いならある。究極の魔道具を作ることだ」


「きゅ、究極の魔道具ぅ!?」


 なんか予想の斜め上の答えが返ってきた。


「左様。魔道具作りに携わる者なら誰でも一度は夢に見る代物だ」


「そ、そんな魔道具があるのか……」


 つーか、それはお前の願いだろうが。俺は街としての希望や願いを聞いたつもりなんですけど。そして、この流れやばくない?


「その魔道具を作るには隔絶した魔法陣の腕が必要なのだ。それこそ針の穴に糸を通す以上の精度で魔法陣を操れるものが、な」


「そうなのかー。やっぱり究極の魔道具は難しいんだなー」


「素材もまた特別なものになる。容易には手に入れることはできない。その素材を目にすることなく死んでいく者達がほとんどであろう」


「素材集めまで大変なのかー。そりゃ諦めた方がいいなー」


「だが、もしもその素材を手にすることができたとしたら、この理想は現実のものとなる!」


 おい、俺が気のない返事してるだろ。空気読め。勝手に盛り上がってんじゃねぇよ。


「指揮官よ!この街に問題はないかと問うたな!?答えはイエスだ!!この街には伝説に挑む力が足りない!!」


握りこぶしを作りながら不意にピエールが立ち上がった。


「しかし、我輩の目の前にはその伝説に立ち向かうことができる超越者がいる!これは天からの思し召しという他ない!」


「…………いや、俺は」


「魔王軍指揮官クロ!我輩とともに難攻不落の伝説に挑もうではないか!!」


 街をより良くするために来たんだが。そんな俺のセリフをかき消すようにピエールが力強く告げる。俺とピエールの温度差がやばい。夏と冬なんて生易しいもんじゃねぇ、熱砂の砂漠と豪雪の雪山くらいの差はある。


 俺の後ろにいたセリスが嬉しそうにパンっと両手を叩いた。


「よかったじゃないですか!これで目標ができましたよ!!」


 だから、さっさとその究極のガラクタを作って視察を終わらせろ、そう言っているように聞こえるのは私だけでしょうか?こりゃ、断れそうにないですね。


「……わーったよ。その究極の魔道具作りに協力させてもらう」


「本当か!?くーっはっはっは!!まさか夢にまで見たあの魔道具に挑戦する日が来るとは」


 ピーッピーッピーッ!!


 突然、ピエールの部屋にある赤いランプがけたたましい音を立てながら点滅し始めた。それまで嬉しさの絶頂だったピエールの顔が一瞬にして真面目なものになる。


「まさか……恐れていたことが起こったという事か……!?」


「おい、どうした?この赤いのはいったい何なんだ?」


 ピエールの表情から察するに、かなりやばい状態みたいだ。セリスも気を引き締めなおし、何が起こっても対応できるようにしている。


「……これは我輩が作った魔道具だ。我が領地の外側に張り巡らされた見えない線に何者かが触れると、音を鳴らし知らせる役目を担っている」


「ってことは……」


「あぁ」


 ピエールがこれまで見せたことないような真剣な表情で俺に目を向けてきた。


「我輩の領地に招かれざる客が訪れたようだ」

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