第234話 幻想を抱き、黎明にむせび泣く(適当)

 俺の目に飛び込んできたのは終焉の景色。大地を育む太陽の光は分厚い雲に阻まれ、青白く光る雷だけが不気味に雷鳴を轟かせている。まさに終末を迎えた世界そのもの。この地を観測しているのは血に濡れた赤い月だけ。それ以外は闇が覆いつくすこの空間はまさに混沌カオスが生んだ


「クロ様まで変な口調にならないでください。頭が痛くなります」


 考えていることにダメだしされた。久しぶりのエスパー発動。とりあえず空気を読んでみたんだよ。間違いなくここは厨二病ホイホイの場所だ。つーか、本当に雲と月が共存してやがる。って事は、あれは多分……。


「ようこそ、我が失意の楽園エデンへ」


 ピエールがお腹のあたりに手を添え、優雅にお辞儀を決める。不思議だ。普段はあれほど浮いているというのに、なぜだかここだとしっくりくる。むしろ、浮いているのは俺たちなんじゃね?とすら思えてくるぞ。


「あそこに見えるのが、神の裁きを受けし天の使いがその羽を休める場所、ブラッドフルムーンである」


 ピエールの指差す先にあるのは黒い湖に浮かぶ一つの城。それを見て、俺とセリスは顔を見合わせた。


「なんていうか……」


「えぇ……魔王城よりも魔王がいそうな城ですね」


 うん、そうなんだよね。大きさ自体はフェルの城と同じか、少し小さいくらいなんだけど、おどろおどろしさが段違いだ。暗くてどんよりしてるし、コウモリとか飛んでるし、異様な気配が漂ってるで普通のやつならまず近づかない。


「あの城が街なのか?」


「いかにも。我々ヴァンパイヤはデスターク城に住まい、日々、魔道具の探究に勤しんでいる」


 名前まで魔王が住んでいそうな城。ここまでくると、魔王がいないことが逆に不自然に思えてくるレベル。


「それにしても他に建物が見当たらないな。ヴァンパイヤはみんなあそこにいるのか?」


「この世界に純血たるヴァンパイヤは五人しかいない。正に選ばれた種族、崇高なる存在なのだ」


 えーっと……要するにヴァンパイヤは五人しかいないから城一つで事足りるってことか?ずいぶん少ないんだな。つっても、生態系の頂点に君臨し、寿命もないとくればそんなもんか。ゴブリンみたいにわらわら沸いて出たら、それこそ人間達は終わりだしな。


「じゃあ、早速城の中を案内してくれ」


「くっくっくっ……是非もない」


 なぜか嬉しそうに言うと、ピエールは城へと続く桟橋を歩き始めた。俺はその後についていきながら、周りの様子を観察する。


 なんというか、生き物の気配をあんまり感じない。水場だってのに羽虫すら飛んでねぇ。ってかこの湖、てっきり周りが暗いから黒く見えているだけだと思ってたけど、実際に黒い水なんだな。僅かに魔力を感じるって事はあの雲や月、それに終始鳴り続けてる雷と同じだろう。


 城の前まで辿り着くと、重厚な城の扉が重苦しい音をたてながらゆっくりと開く。ピエールは静かに指を掲げ、パチンッと鳴らすと、城内の松明が一斉に燃え始めた。って、松明ってお前……ここは魔道具を作ってる場所だろ。照明魔道具くらい使えよ。


「ヴァンパイヤ以外にこの城へと足を踏み込んだ者は貴様らが初めてだ。光栄に思え」


 ピエールは誇らしげに俺達を一瞥してきた。当然俺達の表情が喜びに溢れかえっているわけがない。それでもピエールは満足そうな顔で、城内をスタスタと歩いていく。


 ふむ、まだこの城に入ってから全然時間が経ってないけど、思った事が一つある。とにかく、ラストダンジョン感が半端ない。この城にヴァンパイヤがいるせいかわからないけど、すごい圧迫感を感じるくせに、物音が全然しない。たまに聞こえるのは松明が弾ける音だけ。その松明のせいで、通路が程よく暗く、視界も悪い。絶対この奥には世界を支配しようとしている奴が眠ってるだろ、これ。


「なんとも不気味な雰囲気ですね」


「あぁ……幽霊とか出そうだ。セリスはそういうの大丈夫なのか?」


 お化け屋敷とかで怖がっている女子に抱きつかれる、男なら一度は夢見るだろ。


「大丈夫ってなにがですか?」


「いや、オバケが怖いとかさ」


「私のことを馬鹿にしているんですか?吸血鬼や虎男がいるこの世界でオバケなんて怖がっていられません」


 セリスがジト目を向けながらきっぱりとした口調で告げた。どうやら俺の恋人は幽霊を見ても会釈をして通り過ぎるタイプのようです。まぁ、言ってる事は理解できるんだけどな。


「敵地ならまだしも、たかだか薄暗い程度で怖がっていたら魔王軍の幹部など」


「おっ、でっかい蜘蛛がいるぞ」


「ひぃっ!!!」


 短い悲鳴とともに俺の首に抱きつくセリス。なるほど、やはり悪くない。


「えーっと……幹部がなんだって?」


「ゴ、ゴホンッ!!」


 セリスは顔を真っ赤にさせながら、咳払いとともに離れていく。それを俺はニヤニヤしながら見つめていた。


「さ、さぁ!ピエールはどんどん先に行ってますよ!後を追いましょう!」


「はいはい」


 セリスが澄まし顔で、それでも他に虫がいないか気にしながら、俺の前を歩いていく。なんでもそつなくこなす優秀な女性が見せるこういう可愛らしさに男ってのは騙されるんだろうな。



 ピエールに連れられ城内を歩くこと五分ほど、なんか大広間みたいなところに出た。と、いっても何かがあるってわけじゃない。趣味の悪い石像とでかい階段が部屋の真ん中にあるだけだ。


「ふむ……」


 ピエールは階段の前に立ち止まると、口元に手を添え、なにやら考え事を始めた。


「どうした?」


「我輩の街は魔と同化している。さすればその神秘と触れ合いながら、じわじわと脳に刻み込むべきではなかろうか」


「……つまり、どういうことだ?」


「恐らくヴァンパイヤは魔道具作成を生業にしているため、その製造過程を追っていきながら街を紹介した方が理解しやすい、ということではないでしょうか?」


 俺が顔を向けると、セリスがスラスラと答えてくれた。すげぇな、おい。全然分からなかった。つーか、この厨二、自分のホームだからか持病が悪化してんぞ。


 セリスの言葉を聞いて、ピエールは満足そうに頷いた。


「そういうことだ。では、まずは貴殿らを神秘の卵が生み出されるサンクチュアリへと案内しよう」


 そういうとピエールは大階段の裏側に移動し、床を調べ始める。すると、壁だと思っていたところが、ギギギと音を立てながら左右に割れていった。おぉ!隠し階段か!厨二はよく分からんが、こういうのは好きだ!


「しっかりと我輩について来い。そうでなければあの世とこの世の狭間に取り残されることになるぞ」


 目を輝かせている俺を見て、僅かに口角を上げたピエールが現れた地下への階段を降りていく。あの世とこの世の狭間って1階と地下1階の間だろ。ただの階段だ、それ。

 そういえばいつも思うんだけど、なんで0階ってないんだろうか。1階はプラス1、地下1階はマイナス1ってイメージだから間に0がないとなんとなく落ち着かない。もしかしたらピエールの言うように1階と地下1階の間には何か重大な秘密があり、異世界との入り口が


「適当な事を考える天才ですか、あなたは?アホなことに頭を使っていないでさっさと行きますよ」


 今日も俺の恋人は辛辣この上ないみたいです。くそが。

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