第233話 寝起きは色々と気まずい

 ゆっくりと目を開く。寝室の窓から朝日が差し込んできていて、手をかざさないと眩しくて仕方ない。あぁ、だが生きている事を実感できる。昇天してもおかしくなかったからな、あれは。


 昨夜の事はあまり記憶にない。と、いうよりはほとんど意識がなかったと言っても過言じゃねぇ。それほどにセリスがすごかった。


 多くは語らない。ただ一つ言える事は昨日の事を色で例えるとピンク。ショッキングピンクなんて目じゃないほどのどぎついピンク。だけど、やった事はショッキング。快楽地獄なんて言葉だけで本当にそんな状況があるなんて思ってもみなかった。ありとあらゆるものが色欲の悪魔に絞り尽くされました。


 俺はベッドから身体を起こすと、ちらりと横に目を向ける。そこには真っ赤な顔を俯かせ、裸のまま布団にくるまり、ベッドの上に正座をしているセリスの姿があった。


「……おはよう」


「…………う…………ます」


 口の中でごにょごにょしているせいで、なんて言ってんのかまるでわかんない。そして、なんて声をかけたらいいのかもわからない。


「……あー、あれだ。うん……昨日は凄かったな」


 とりあえず無言がきつかったから話しかけて見たけど、藪蛇だったかも知れん。さっきまでは顔だけだったのに、いつもは真珠のように白く透き通ってる肌が、今は風呂でのぼせ上がったタコみたいになりましたとさ。


「……あの……本当にすみませんでした……」


 ボソボソと話しながらセリスは布団をギュッと握りしめる。


「いや……別に謝ることじゃねぇよ」


「ですが……」


「まぁ、中々にハードだったけど、あれはあれでエキセントリックでエクセレントなエクスペリエンスだったよ」


 極力いつも通りに返事しようとしたら、ギルギシアンみたいな言い方になっちまった。あの野郎……なんも悪くないけどまじで許さん。


 俺はギクシャクしながら空間魔法から着替えを取り出し、手早く着替える。セリスはまだ布団ミノムシのままだ。


「あぁ……酔っ払っていたとはいえ、あんなに恥ずかしい事を……今すぐに死んでしまいたいです」


「ま、まぁそんなに気にすんなって。あぁいうセリスも偶には嬉しいぞ?」


「……本当ですか?」


 セリスが上目遣いでこちらを見てきた。うっ……まずい。昨日のせいでそういうのに今は耐性がない。


「と、とにかく腹が減ったから朝飯作ってくれ!味噌汁が飲みてぇわ」


「……わかりました」


 セリスは俺の言葉に頷くと、布団の中でモゾモゾと動き出した。セリスのやつ、やっと布団から出る気になってくれたか。やれやれ……毎度のことながらセリスの酒癖は刺激が過ぎるって言うんだよ。



 朝ご飯を作り始め、アルカが起きてきたくらいでやっとセリスの調子が戻ってきた。少しビクビクしながら聞いてみたけど、昨日アルカはぐっすり眠っていたみたいだ。まじで助かった。もし、あれやこれやを聞かれていたら、セリスは今自分の手に持っている包丁ですぐさま自分の胸を貫くだろう。


 今日はマリアさんが来ないみたいだがら、二人で朝の鍛錬を行う。憂いがなくなったアルカは正直言ってやばい。気を抜かなくてももっていかれそうになるんだけど。ってか、今の俺達が手加減なしで魔法を撃ちあったら城が大変なことになるな、こりゃ。鍛錬する場所を考えなきゃいけないかもな。


 適度に汗を流し、シャワーを浴びたら、朝食を作り終えていた。食べた後、アルカはゼハード達と一緒に村を復興させに行くらしい。パンをかじりながら嬉しそうに話してくれた。本当、アルカとメフィスト達が仲良くなってくれてよかったよ。俺は親だけど、やっぱり同族っていうのはまた違った繋がりだからな。また、あの村にメフィストが住むようになるのも、そう遠くはないんだろうな。


 そんなこんなで、アルカとお別れし、やって来たのはヴァンパイヤの街……じゃなくて魔王城の城門前。驚いたことにセリスもピエールの治める街に入ったことがないらしい。だから、転移魔法も使えないからこうやってピエールを待っている所だ。


「まさかセリスが行った事のない街があるとはなぁ……」


「私だけではありません。他の幹部達にも話を聞いてみましたが、誰一人訪れたことがないようです」


 まぁ、あの厨二病ピエールがいる所だから誰も好き好んで行かねぇわな。でも、待てよ?


「みんなってライガもか?あいつは魔道具作成に必要な素材とか集めてるんだろ?」


「そういったときはヴァンパイヤが自らゴアサバンナに取りに来るみたいですよ?発注の時も同じです」


「出来上がった魔道具は?」


「完成した魔道具を空間魔法に収納し、ヴァンパイヤが各街に配りに行くようです」


 はぁー……随分徹底しているんだな。なんか街に来てほしくない理由でもあるのか?でも、俺が視察に来るように仕向けたのはピエールだし、他の種族を街に呼びたくないわけでもないのか。


「待たせたな。選ばれし者達よ」


 そうこうしているうちに全身黒で固めたヴァンパイヤがやって来た。相変わらず血色の悪い顔をしている。


「いや、別に待ってねぇよ。なぁ?」


「はい、私達も今来たところです」


「クックック……強さの中に垣間見える優しさ、それは闇をも打ち払う巨大な光となろう」


 そして、相変わらず患ってやがる。もう既に街に行きたくないんだけど。


「と、とりあえず行こうぜ。えーっと……街の名前なんだっけ?」


「堕天使の休息所、ブラッドフルムーン……分厚い黒い雲が空を覆いつくし、血の涙を流す月が静寂しじまに浮かぶ」


 雲があるのに月が出ているんですね。それはとっても不思議な街なんだろうなぁ。


 俺は遠い目をしながらピエールに掴まり、厨二病の巣窟であろうブラッドフルムーンに転移したのであった。

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