第235話 その場のテンションに身を任せる奴は次の日絶対後悔する

 やたら長い階段を降りた先に現れたのは何も置かれていない真四角の部屋。かなりの広さだけど、壁一面が白いから完全に豆腐だ、これ。


「クロ様……この部屋は……」


「あぁ、ただの壁じゃねぇな」


 俺の言葉を聞いたピエールが不敵な笑みを向けてくる。


「ふっ……黄泉の声が聞こえたか……。流石は魔族に魂を捧げ、その血を闇に注ぎし」


「わりぃ、ピエール。もうちょい俺達の言語に合わせて話してくれないか?」


 マジで言ってることわかんないんだよね。黄泉の声よりお前の声が全然頭に入ってこねぇよ。


 ピエールは少しだけ不服そうに顔をしかめると、咳払いを一つついた。


「……流石は魔王軍指揮官だな。この部屋のカラクリに気がつくとは」


 普通に話せんじゃねぇか。最初からそうしろ。


「この部屋は我輩達が魔法陣の試射をするところだ」


「はー……だからこの壁は魔道具になってるのか」


「左様。魔法障壁に似たバリアを自動で展開する」


 え、なにそれ。めちゃくちゃ便利やん。アラモ砦に使いたいんだけど。


「とは言っても、この部屋で魔法陣を組成した者から自動で魔力を吸い上げ展開する、という意味なのだがな。これを持ってしても、溢れ出る闇の波動を抑えることはできぬ」


 じゃあそんなに使えないか。結局魔法陣を組成しないと発動しないんなら、砦の守りにはならねぇ。まぁ、こういう魔法陣の練習場には最適な魔道具ってこったな。


「この場で魔道具の種が生まれ、我輩達が水をやり、やがて芽吹いていくのだ」


「魔道具の種、ねぇ……確か魔道具ってのは何らかの道具に魔法陣を埋め込むんだったよな?」


「はい。ですからここではその埋め込む魔法陣の研究をする、ということでしょうかね」


 なるほど。それで魔道具に使えそうな魔法陣が出来上がったら次のステップに移るってわけか。ちょっと面白そうだな。


「だが、それは容易いことではない。なぜなら、媒体によって魔法陣の許容範囲というものがあるからだ」


「許容範囲?媒体って事は鉄とか銅とか素材によって埋め込める魔法陣の大きさに差があるってことか?」


「大きさだけではない。属性や魔法陣の性質も異なる」


 ふーん、まぁ、当然といえば当然か。石と金属じゃそもそも耐久力も違うし、木材なんかに火属性の魔法陣なんて組み込めるわけねぇしな。


「その辺りは実際に魔道具作成を見せながら説明していくとしよう」


「おっ、見せてくれるのか?」


「考えるのではなく、感じるのだ。そうする事で魔法陣の声を聞くことができるだろう」


 そう言うと、ピエールは身体中に魔力を滾らせた。


「我輩が今から生み出すのはこの城に必要不可欠なもの。深淵から出ずる断罪の炎だ」


 ピエールのかざした手から超高速で最上級魔法クアドラプルの魔法陣が編まれていく。その速度、その大きさ、その精密さに魔法陣の理解があるセリスは思わず息を呑んだ。流石はヴァンパイヤ、頭の中は残念だが、魔法陣の腕は本物みたいだ。


「さぁ、現れよ!この目も眩む世界を暗く照らせ!"暗黒の魔力を抱くブラックダークネス漆黒の黒炎ブラックメギド"!!」


 おい、黒って何回言うんだよ。まじで頭痛が痛ぇ。


 若干、魔法名に呆れたものの、その性能自体は凄まじいものだった。ピエールの魔法陣から出てきたのは巨大な黒い火柱。一瞬で天井まで燃え上がり、四方八方へと広がっていく。


「こ、これはっ!?」


 隣でセリスが目を丸くしながら、黒い炎を見つめていた。あぁ、確かにすげぇな。こんな魔法陣は俺も組んだことがない。


 驚くセリスを見て、ピエールが上機嫌な様子でこちらにドヤ顔を向けてきた。ふむ、そうだな。ピエールが今見せた魔法陣を一言で表現すると……


 無駄に洗練された無駄のない無駄な魔法陣だな。


 魔法陣ってのはその描いた軌跡によって効果が変わるもんなんだ。複数の火の玉を飛んでいかせたり、どでかい火炎をお見舞いしたりするのは、どういった魔法陣を描くかによってこちらの自由にできる。

 その中でも難しいのが生物に模した魔法の詠唱なんだけど、それよりも更に高難度の処理がある。それはピエールが今やってみせた魔法陣に施されていた。

 黒い炎ってのがそれかって聞かれると、答えはNOだ。色を変えるってのはそこまで複雑じゃない。それよりも形状を変化させる方が難しいからな。


 じゃあ何がすごいのかって?魔法の形を変える形状変化よりも更に難解な操作……こいつは炎の性質を変化させたんだ。


 ピエールの魔法陣から轟々と燃え上っているっつーのに、この部屋は全然暑くはならない。空気が焦げ付くような匂いも一切ない。熱気も全く感じない。そう、この炎は熱が一切ないのだ。


 俺はこんな魔法陣、組成したことがない。いや、あるわけないだろ。だって、燃やすために火を起こすんだからな。こんなの魔物に放ったところで目くらましぐらいの役にしか立たない。


 というわけで一つ気になることがある。


「なぁ、ピエール?」


 俺は愉悦の表情を浮かべながら、黒い炎を出し続けるピエールに声をかけた。


「これでどんな魔道具を作るつもりだ?」


 素朴な疑問。こいつは言った、この城に必要不可欠なものを生み出すって。控えめに言ってこんなゴミ魔法を埋め込んだ魔道具が一体どう必要なのか。はっきり言って興味が尽きない。


 ピエールは魔法陣をかき消すと、自信満々な笑みを俺に向ける。


「この黒い炎を射出する魔道具を我輩達の住む城の城門に取り付けるのだ」


「はぁ……それで?」


「異界より呼び出された炎がここへと訪れた者達を歓迎する。そして、その者は恐怖と絶望に支配されることになるだろう」


 なるほど、ゴミ魔法を使って粗大ゴミを作るわけか。エコロジーのかけらもねぇな。


 セリスが困り顔でこちらに身を寄せながら、声を潜めて俺に話しかけてくる。


「……それに何の意味があるのでしょうか?」


「知らん。俺に聞くな」


 俺はカウンセラーじゃねぇんだ。患者の心境なんてわかりっこない。


「くっくっく……これが我輩の力だ。魔法陣の申し子よ、これをどう見る?」


 ……魔法陣の申し子って俺の事?なんかめっちゃ恥ずかしいんだけど。照れとかじゃなくて。

 これはピエールが俺の魔法陣の腕を認めてくれているって解釈でいいのか?うーん……悪い気はしないんだけど……なんだかなぁ。まぁ、視察に来ているわけだし、今回はこいつに付き合ってやるとするか。


「魔法陣に長けていると聞いてはいたが、これは期待以上だったな。まさに荒涼とした地に現れた一筋の光……いや、闇といったところか」


「……クロ様」


 やめろ。そんな痛い子に向けるような目で俺を見ないでくれ。そして、ピエール。若干嬉しそうにしてんじゃねぇよ。


「そ、そんな才気を秘めた魔族が作り出した魔法陣、それを飛躍させるのが魔王軍指揮官たる我が宿命さだめ


 やばい、めちゃくちゃきつくなってきた。セリスの生暖かい視線に心が耐えられん。こんなことをやり続けてるとか、ピエールって鋼の心臓の持ち主だろ。


 でも、俺が気の迷いで始めたことだ。最後までやりきるしかない。


「その目にしかと焼き付けよ!この地に足を踏み入れようとする無礼な輩に、永遠とわの苦痛を与える守護者ガーディアンを!!”闇から馳せ参じたブラックメギド漆黒に染まる黒炎の骸ブラックスケルトン”!!」


 やけくそで組成したのは、ピエールのものとほとんど変わらない最上級クアドラプル魔法陣。構築速度だって大きさだって負けやしねぇ。だけど、描いた軌跡はピエールのやつよりさらに複雑。


 俺の魔法陣から生まれた黒い炎は天上へと立ち昇ることなく、その場で形を成していく。


 それは十字架に張り付けにされた黒き骸骨。断罪されてもなお、この世に破滅をもたらし続ける死の象徴。


「お、おぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ピエールが興奮した面持ちで、食い入るように骸骨を見つめていた。その瞳は初めて魔法陣を目にした子供のようにキラキラと光り輝いている。対するセリスさんは全くの無表情。辛い。


「や、やはり我輩の目に狂いはなかった!!指揮官!!貴殿こそ闇に愛された宵闇の暗黒騎士ブラックナイトだ!!」


 こうして俺は人として大切な何かを失うことで、ヴァンパイヤの長の信頼を勝ち取ったのであった。この行為に果たして意味はあったのか、いや、意味を求めること自体に意味がないのかもしれない。その事に気が付けた自分は人間を超越した存在に―――。


 いや、もう本当、厨二は勘弁してください。

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