第225話 男は喜び庭かけまわる

 そろそろ時間になったので適当なところで雪合戦を切り上げた俺達は魔王城にある会議室に向かっていた。


「うー……さぶっ。こんな事なら厚着しておくんだった」


 相変わらずパンツ一丁のマジキチスタイルを貫いているギーが俺の隣でブルブル震えている。厚着も何もまず上着を着ろ。見てるこっちが寒いわ。


「鍛え方が足りねぇんだよ、お前は。しっかり鍛錬を積んでれば雪玉なんてへっちゃらだろうが」


「……そうだな…………へっちゃらだ……」


「お前は反則だろうが!!」


 ライガの横を歩いているボーウィッドがうんうん、と賛同するように頷くと、ギーが納得いかない様子で声を荒げる。それに関してはギーに一票だな。全身フルプレートの兄弟に雪玉ぶつけてもなんの手応えもなかった。


「あなた方には呆れて物が言えません」


 そんな俺達の少し後ろを、幹部会用のボンテージを着たセリスが心底呆れた様子で歩いている。三ヶ月に一度しか見られない姿だからしっかり目に焼き付けておかないとな。この服を着ているセリスのエロさは天井知らずや。


 幹部三人に雪玉をぶつけたショックでマキが気を失った後、マリアさんは小屋でマキの看病をしてくれたんだけど、特にする事もなかった俺達はなんやかんやで雪合戦をやり始めた。男四人と子供一人、白熱しないわけがない戦いに終止符を打ったのが、会議を前にリーガルから街の報告を聞きにチャーミルに赴き、こっちに帰ってきたセリスとフローラルツリーからやって来たフレデリカだった。

 雪まみれの俺達を見てため息、小屋で寝るマキを見てため息。マリアさんにマキの事を頼み、アルカに別れを告げると俺達に会議室へと行くように促したのだった。


 無駄に雰囲気が出ている扉を開き、会議室へと入っていく。そこにはヴァンパイヤのピエールの姿はあったが、恐怖の大魔王の姿はなかった。まぁ、あいつが時間前にここにいるわけないわな。

 ピエールは腕を組み、目を瞑っていたが、俺達が入ってくると僅かに目を開き、こちらに目をやる。そして、すぐに目を閉じ、自分の世界に戻っていった。いつものことなので特に気にする事なく俺達は自分の席につく。


「まったく……大切な会議の前なのですから、子供みたいに雪如きではしゃがないでください」


「雪如きって、雪が降ったら雪合戦するだろ」


「まぁ、するわな」


「しないわけがねぇ」


「……避けられない戦いだ……」


 俺が目を向けると、三人とも当然とばかりに首を縦に振った。そんな俺達を見て、セリスが頭を抱えて盛大にため息をつく。


「やっぱ雪合戦は楽しいべぇ。セリスもやればいがったのに」


「……遠慮させていただきたいですね」


 身体の大きさから部屋に入れないギガントが中庭からセリスに無垢な笑みを向けた。流石にギガントに対して悪態をつくわけにもいかず、セリスは微妙な表情を浮かべる。

 途中からギガントも雪合戦に参戦したんだけどな、まじで強かった。いや、的がでかいのはいいんだけど、俺達程度の雪玉じゃてんで効いてないんだよな。その上、ギガントの雪玉は大砲だ。受ければ昇天必至。


「寒くねぇか?」


 俺が窓越しに声をかけると、ギガントは笑顔で手を振り返してきた。


「んだ。みんなが作ってくれたかまくらはあったけぇだ。ありがとな」


 仕方がないことだけど、俺達は室内でギガントだけは寒空の下ってのはなんとなく寝覚めが悪いからな。会議前に中庭を埋め尽くす巨大なかまくらを作ったんだけど、気に入っているみたいでよかった。


「お待たせ♡」


 艶やかな声とともに会議室へと白衣姿のフレデリカが入ってきた。俺はギガントからフレデリカに視線を移し、声をかける。


「マリアさんに話があるとか言ってたけど、なんの話をしてたんだよ?」


「ふふふ……秘密よ」


 ……この笑みは何かよからぬ事を企んでいるやつだ。俺にはわかる。少なくとも俺にプラスに働くことはない、絶対に。


「こりゃ、また面倒臭いことになりそうですなぁ、旦那?」


 ギーがニヤニヤ笑いながら俺に意味ありげな視線を向けてくる。お前に言われなくともわかっとるわい。


「……あまりマリアにお前の性悪をうつすんじゃねぇぞ」


「あら、筋肉猫のくせに随分な言いようね!マリアと私がどんな話をしようとあんたには関係ないでしょ?」


「あいつは俺達の訓練に参加してるからな、部下みたいなもんだ」


 ライガの言葉を聞いたフレデリカは驚きに目を見開いた。まぁ、人嫌いだったライガからは想像もつかない発言だよな。


「へぇ……あんたもクロに堕とされちゃったわけか」


「妙な言い方すんじゃねぇよ」


「そう思うと、憎たらしかったあんたも可愛く見えてきたわ」


 フレデリカはからかうように笑いながらライガの頭を撫でる。ライガが顔を歪めながらその手を払いのけると、フレデリカは気にせず席に座った。


「それにしてもあのお城の子……マキだっけ?あんた達、あの子に何したのよ?」


「俺は何もしてねぇよ。大方ライガの強面が怖かったんじゃねぇか?」


 俺が気のない感じで答えると、ライガがこちらをギロリと睨みつける。


「あぁ?俺のせいだって言うのか?俺は突然雪玉が飛んできたから普通に誰が投げたか聞いただけだ」


「お前は普通の顔が怖いんだよ」


「鏡を見てから物を言え、ギー。そこに緑の化け物が映ってっから」


 ギーの軽口に対し、ライガが吐き捨てるように言った。


「……マキさんが投げた雪玉が不運にも転移してきたギー達に当たってしまったんです」


「あぁ、それでうわごとのようにごめんなさい、てぶつぶつ呟いていたのね。可哀想に」


 見兼ねたセリスが説明すると、フレデリカは納得したように息をつく。


「あんた達、一般の魔族の子を怖がらせないの。それが上に立つ者の矜持でしょ」


「俺は別に怖がらせてなんか」


「魔王軍の幹部に雪玉なんて当てちゃったら生きた心地がしないでしょ、普通」


「あのぉ……俺はマキにボコボコ雪玉当てられたんですが……」


「クロは黙ってて」


「はい……」


 すげぇ納得いかねぇ。マキのやつ嬉々として俺に雪玉ぶつけてだぞ。


「とにかく!そこら辺の意識をもっと高く持ちなさい!」


「ちっ……うるせぇな、わかったよ」


「はいはーい」


「……大事なことだな……気をつけることにしよう……」


 三人の悪ガキ、お母さんに怒られるの図。どうしてこう、魔族の女幹部は母性が強いんだ。


「楽しそうな話をしてるね……」


 そんな話をしていると、いつの間にやら最恐の魔王様が会議室の扉の前に立っていた。


「いいなぁ、雪合戦……楽しかったんだろうなぁ……僕も誘って欲しかったな……」


 訂正、最恐にいじけている魔王様だった。フェルは夢遊病者のようにふらふらと自分の席に向かうと、力なく腰を下ろす。


「どうせ僕なんか仲間に入れてもらえないんだ……魔王様はみんなの嫌われ者だよ……」


 一点を見つめながら恨み言を連ねるフェル。そんなフェルを見て、俺達はなんとも言えない表情を浮かべる。


 こうして、俺が魔族領に来てから三回目の幹部会が締まらない感じで幕を開いた。

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