17.俺が究極の魔道具を作り上げるまで
第224話 武蔵坊弁慶は立ったまま壮絶な最期を迎えた
城の中庭が銀世界に包まれている。俺はゆっくりと白い息を吐き出すと、ギロリと辺りを見回した。油断することはできない。少しでも気を抜けば俺はこの美しい雪原の下に埋もれることになるだろう。
敵の姿は未だに捉えることはできない。奴らは周到に姿を隠し、俺に狙いを定めている。常に神経を張り巡らし、周囲の警戒を……。
ズシャッ!!
「いえーい!指揮官様の顔面いただいたり!!」
顔から雪を垂らしている俺を見て、城の女中であるマキが意気揚々と飛び出してきた。満面の笑みを浮かべながら、その手には二、三の雪玉が握られている。
「ふっふっふっ……雪合戦の鬼と言われたこのあたしを甘く見ないでふんぎゃっ!!」
自信満々で口上を述べていたマキの顔に雪玉がクリーンヒット。たまらずその場で尻餅をついた。
「マキちゃん!そんなに堂々としてたら格好の的なのっ!」
「クスッ!それはアルカも一緒だよ?」
「なっ!?きゃー!」
自分で積み上げた雪山から顔を出したアルカにマリアさんが笑顔で雪玉を当てる。アルカはそのまま雪山に倒れ込み、全身雪まみれになった。
うん。説明不要だとは思うけど、今俺達は四人で雪合戦の真っ最中です。
いやー、朝起きたら一面の雪景色よ。テンション爆上がりってもんだ。ハックルベルの村でも王都でも雪なんてほとんどお目にかかったことはなかったからな。降るには降るが、すぐに溶けちまって積もることなんてなかった。だから、こんなに雪が積もっている景色を見せられちゃ、黙ってらんねぇってもんだ。
早速、アルカを誘って外に出て雪だるまを作ってたら、いつものようにマリアさんが来てさ。雪かきをしに来たマキを捕まえて雪合戦に興じているってわけだ。
「ぐぬぬ……よくもやったなアルカ……これでも喰らえ!雪玉百花繚乱!!」
マキは顔についている雪を払い除けると、全方位に雪玉をばら撒き始めた。こいつはやばい。雪で足がとられるせいで満足に動けないってのに、範囲攻撃なんか避けられるはずがねぇ。
慌てて残りの二人に目を向けると、アルカは雪などないように縦横無尽に中庭を駆け回って空から降り注ぐ雪玉を回避し、マリアさんはいつのまにか作っていたカマクラに避難していた。えっ?マリアさん、まじでそれいつ作ったんですか?
俺は歯を食いしばり、両手を交差させ、雪玉による絨毯爆撃に備えた。ぐっ……なんて量してやがる!とても防ぎきれねぇ!つーかマキのやつ、雪合戦になった途端いつものどんくささが嘘のように消し飛んだんだが、一体どうなってやがんだ!?
「ほれほれほれ〜!!あたしの雪玉は無限だよ〜?」
俺は落ちてくる雪玉から顔を庇いながら、チラリとマキの方に目を向ける。あいつ!俺に雪玉を放りながら同時に雪玉を生成しているだと!?どんな離れ業だ!?
「隙ありっ!!」
雪玉の雨を華麗に躱しながら、アルカがマキに鋭い投球を見せる。が、完全に読んでいたマキは目をギラリと光らせ、口角を上げた。
「甘いよ、アルカ!!ほいっ!!」
目にも留まらぬ速さで放たれた雪玉はアルカの雪玉とぶつかり四散する。相討ちかと思われたが、飛び散る雪をかき消すように投げられた第二射がアルカに襲いかかった。まさに隙を生じぬ二段構え。
「ふべっ!!」
「さっきあたしに一発当てられたことは褒めてやろう!だが、二度目はない!!この雪上の女王の前に跪くのだっ!!ふはははっ!!」
あいつはどこの魔王だよっ!つーか、あだ名は雪合戦の鬼じゃなかったのかっ!!
「くっ……攻撃が激しすぎてカマクラから出ることができない……!!」
マリアさんが安全地帯から悔しげにマキを見つめる。マキのやつ、手数が半端ないっつーの。まじで隙がない。俺とマリアさんを完全に足止めしておきながら、アルカへの完璧な対処を見せやがって……。あいつは雪の化身か何かかっ!?
「くそっ!!魔法さえ使えればどうって事ないってのに!!」
「はっはっはー!!魔王軍指揮官と言っても大した事ないですねー!!」
俺が悔しげに唇を噛むと、マキは高らかに笑い声を上げた。
あーちなみに魔法の類は一切禁止。
「こうなったら……!!」
俺は覚悟を決めて自ら雪の海に飛び込む。そして、必死に手でかき分けながら雪の中を一心不乱に進んでいった。
そもそも雪合戦ってのは雪玉を相手にぶつける遊びだ。それなのに俺は雪の中にいる。これは雪合戦を根底から覆している気がしないでもないが、マキのバカにこれ以上好き勝手させられん!!
俺はこっそりと雪から顔を出し、バトルフィールドを覗き込む。俺というターゲットを見失ったマキの攻撃は、全てが堅牢な雪のカマクラに注がれていた。
「甘い!!甘いよっ、マリアさん!!そんなものであたしの攻撃を防げると思ってるの!?」
「っ!?カマクラにヒビがっ!?」
まじかよ。なんで雪玉で雪の塊破壊してんだよ。慌てるマリアさんをよそに、マキは上機嫌で雪玉を投げ続ける。マキの猛攻に耐えきれなかったカマクラが音を立てて崩れた。だが、そこにはマリアさんの姿はない。
「……逃げたか。だが、ここら一帯はあたしのテリトリー。逃れることなどできるはずもない」
マキは持っていた雪玉を握りつぶすと、身をかがめ、周囲を警戒し始めた。その眼光は獲物を求める猛禽類のそれ。あれは本当にマキですか?
「…………クロ君」
隠れて様子を伺っていた俺に、誰かが声をかけてくる。振り返っても誰もいない。と、思ったらマリアさんが雪の中からひょっこり頭を出した。
「……マリアさんも雪の中に避難したのか」
「マキちゃんの怒涛の攻撃を前にこうするしかなかったの」
たしかに、傍目から見てもやばかった。あれを魔法無しでやってんだから恐れ入る。
「パパ。マリアお姉ちゃん」
いつのまにかアルカもこちらに寄ってきていた。俺達はマキから見つからないように頭を寄せる。
「とりあえず、あの女王様をなんとかせにゃならん」
「そうだね。一対一で向かってもマキちゃんには勝ち目がないよ」
「マキちゃん凄いの!いつものマキちゃんとは別人みたい!」
そうなんだよね。普段のあいつなら雪に足を取られてその場に倒れ込んで雪に埋もれるはずなのに、アルカ以上に俊敏な動きを見せやがる。つーか、いつもの五倍は動きにキレがあるぞ?なんで雪が降った方が動けんだよ。
「……ここは休戦を申し入れたいと思うんだがどうだ?」
「マキちゃんに一矢報いるまでってことだよね?私は賛成」
「アルカも!」
よし、なんとか俺の提案は受け入れられた。後は俺達三人でマキにどう立ち向かうかということだが。
「囮作戦なんてどう?」
「おとり?」
マリアさんの言葉にアルカが首を傾げた。
「クロ君がマキちゃんの気を引いて、その隙に私とアルカが後ろからマキちゃんに雪玉を投げつけるの」
「おぉ!なんかそれうまくいきそうなの!」
「却下だ」
俺にあのマキの雪玉を食らい続けろというのか。雪のカマクラ壊すほどの威力だぞ?絶対耐えらんねぇわ。マリアさん、腹黒すぎる。
「信じられないが、雪の上でのあいつの視界は360度だ。しかも、今は攻撃の手を止め、索敵に全神経を置いている。あいつに勘付かれずに後ろに回り込むのは不可能だ」
今、こうして話し合いができているのはマキからかなり距離が離れているため。ここからマキの背後に移動するなど、リスクが高すぎる。
「……そうだね。確かにクロ君の言う通りだ」
「でも、それならどうしたらいいの?」
アルカが困った顔で俺に視線を向けてきた。ぶっちゃけマキに勝てる確実な方法なんて思いつかない。ってか、あんのか?
「……左右に広がり三人同時にマキへと攻撃を仕掛ける。単純だが、効果は高いはず。あいつが雪玉を投げる手は二本だから、一人は確実にマキに当てることができるはず」
運頼みの原始的な戦略。雪を使った範囲攻撃を見せたマキに通用する気がしないが、これ以上の作戦は考えられない。
マリアさんもアルカもコクリと頷くと、早速行動に移った。アルカは右、マリアさんは左へと雪の中を移動していく。その間も、マキの捜索の手は緩まない。
「くくくっ……誰も姿を見せないところを見ると、三人で手を組んであたしを倒そうって魂胆か?まさに笑止千万っ!!三人如きであたしに勝てるはずがないっ!!」
誰かマキに変なもん食わしただろ?少なくとも怪しげなキノコをダースで食べたのは間違いないはずだ。
俺は慎重に左右へと目を向ける。どうやらマリアさんもアルカも位置についたみたいだ。この作戦で大切なのはタイミング、バラバラに攻撃したら意味がない。各個撃破されてお陀仏だ。俺達はピタリと息を合わせて、あの悪魔に攻撃を仕掛けなければならないのだ。
まだだ……まだ待つんだクロムウェル……もう少し敵を引き寄せろ……あと少し……マキが来たら……3……2……1……!!
今だっ!!
「そこだっ!!!」
俺達三人が立ち上がるのと同時に、マキは三つの雪玉を容赦なく放つ。まさかっ!?三方向に投げられるというのか!?侮った!!雪上の女王を侮った!!
俺は咄嗟に腕で顔を防ぎ、来たら衝撃に備えて目を固く閉じた。
…………何にも来ない。
恐る恐る目を開けると、なぜかマキは俺達に背を向けている。ん?どういうことだ?
「おいおい……オレ様に雪玉なんか投げつけてきた奴はどこのどいつだ?」
あれ?この暑苦しい感じの声は……。
俺はマキの向こうに立っている人影に目を向ける。そこにはギーとボーウィッド、そしてライガの三人が、仲良く顔から雪を滴らせていた。なんでこいつらが揃いも揃って魔王城まで来てるんだ?
……あっ、そういや今日は幹部会があるんだった。
「おー、お前ら来たのか。意外と早かったな」
「……兄弟……おはよう……」
「まさか魔王城に来ていきなり雪玉ぶつけられると思わなかった」
ギーとボーウィッドが顔から雪を払い落とす。ライガは怪訝な表情を浮かべ、マキを見ていた。
「ん?どうした?」
「そいつ……」
マキがどうかしたのか?俺はライガが指差しているマキに近づき、その顔を覗き込んだ。
「こ、こいつ……立ったまま気絶してやがる」
雪上の女王、雪合戦の鬼、マキ。
幹部相手に雪玉をぶつけてしまったショックで、ここ魔王城中庭にて儚く散っていった。
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