第223話 とっても幸せです

 コトッ……。


 何かの物音に、アルカはフッと目を開けた。しばらくぼーっとしていが、自分が家のベッドで寝ていることを思い出す。

 昨日の巨人族との宴は楽しかった。巨人族はとても優しい者達ばかりで、みんな喜んでアルカと遊んでくれた。幹のように太い腕にぶら下がって、振り回してもらったことを思い出し、アルカは布団の中でクスリと笑う。


 もう一度眠りにつこうと思ったアルカだったが、どうにも目が覚めてしまったらしく、眠れる気がしない。二度ほど寝返りを打ったアルカは諦めた様にゆっくりと身体を起こした。そして、寝間着から着替えると、二階で寝ているクロとセリスを起こさないように、静かに小屋の外へと出ていく。


 空はまだ薄紫色だった。凍てつく早朝の空気がアルカの肌を刺すように刺激する。魔王城もまだ眠っているようだ。普段は、女中が忙しなく働く音で騒がしい城内が、今は物音一つしない。


 アルカは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐きだした。


 ここ最近、本当に色々あった。幼馴染との再会。仲間からの拒絶。人間のいる建物への潜入。仲間達の危機。そして、和解。


「……教えてあげたいの」


 誰もいない中庭でアルカが囁く。自分に起こったことを、土の下で眠る両親に伝えたかった。砦建設の手伝いをし始めてからは、村に赴いていなかったので、もう随分両親に会いに行っていない。


 クロとセリスに一言告げてから行くか迷ったアルカであったが、黙って行くことにした。二人を起こすのを躊躇したのもあるが、それ以上に両親の所へ行く、とクロ達に言うのが憚られたからである。


 転移魔法を組成し、やって来たのは随分久しぶりに感じる自分の村。こんなに朝早く来たことはなかったが、村は相も変わらず静かだった。誰かのいびきも、朝餉の支度の音も、時間帯を気にして控えめにされる話し声も何も聞こえない。それは、日中でも同じこと。


 アルカはいつものように村の中心にある墓へと向かう。誰もいないのなんて当たり前。なぜならここは忘れ去られた村。自分以外にここへと足を運ぶのは、ロニくらいだ。だが、彼もこんな朝早くに来ることなんてない。


 そんな事を考えながら墓までやって来たアルカの足がピタリと止まる。




 アルカが墓参りに行くといつも奇麗な花束が置かれていた。


 自分以外に仲間を悼んでくれる人がいることは嬉しかった。


 誰だろう、って思った。


 その人は本当に優しい人なんだと思った。




 果たして、その者が……いや、その者達が今、アルカの目の前に立っている。


 朝日を受けた金色の髪は普段にもまして光り輝いていた。夜も終わりだというのに、そのコートはいついかなる時も漆黒に染まっている。


「あっ……あっ……」


 震える口から漏れ出した声でアルカに気が付いた二人が、同時に振り返った。


「ん?アルカじゃねぇか。どうした?こんなに朝早く」


「クロ様が小屋を出るときに音を立てたから目を覚ましてしまったのではないですか?」


「……そりゃ、悪いことしたな。すまん」


 セリスが呆れたような目を向けると、クロは申し訳なさそうに頭を下げた。アルカはいまだ驚きのあまりその場から動くことができない。


「ど、どうして……?」


 アルカがかすれた声で二人に問いかける。


「ん?あー、時々ここに来ているんだよ。……ここはアルカを産んでくれた、俺にとって大切な人が眠る場所だからな」


「……この人はいつもこっそり一人で訪れていたんですよ?言ってくれれば、私も同行したと言うのに」


「途中から目ざとく気づいて、付いてくるようになったくせによく言うぜ」


「彼らのことを大切に思っているのはあなただけではありません。私だって、アルカに出会わせてくれたことを感謝しているんですから」


 アルカのかけがえのない場所。かけがえのない人達がいる場所。


 そこにいたのは、自分の大好きな二人。自分が大切に思っている二人。自分を大切にしてくれる二人。


 嫌だと思ってた。


 親代わりになって自分を育ててくれる二人が、自分の本当の両親の所に行くことが。


 傷つけると思ってた。


 目一杯愛情を注いでくれているというのに、未練がましくこんな所に来ていたら。


 嫌われると思ってた。


 いつまでも本当の両親のことを大切に思っていることが知られてしまったら。


 だが、そんなことはなかった。


 自分の大切な人達は、自分と同じようにここを大切な場所だと思ってくれている。


 その事がアルカはただひたすらに嬉しかった。


 アルカの目から大粒の涙がボロボロとこぼれる。それを見た二人がオロオロと慌て始めた。


「ア、アルカ!?」


「ご、ごめんなさい!アルカをのけ者にするような真似をして!もう少しアルカが大きくなったら一緒に連れて来ようと話していたのですが……!」


 アルカはブンブンと首を振る。そして、そのまま二人に向かって走り出した。


「パパぁ!!ママぁ!!ありがとう……ありがとうっ!!」


 伝えたい。自分の中ではち切れんばかりの感謝の気持ちを伝えたい。でも、言葉が出てこない。幼稚な自分が歯がゆい。もどかしい。


「アルカ……」


 涙を流し、何度もお礼の言葉を叫びながらしがみつくアルカに、二人は顔を見合わせると、微笑みながらその身体を優しく抱きしめる。


 クロとセリスにはアルカの気持ちがちゃんと伝わっていた。


「……お礼を言うのはこっちの方だ」


「そうですね。……私達を親だと思ってくれて、ありがとうございます」


 溢れんばかりの温もりが込められた言葉がアルカの身体を包み込む。アルカは顔を上げると、涙でくしゃくしゃになった顔で、精一杯の笑顔を二人に向けた。


 昇り始めた朝日が、そんな三人の姿を優しく照らしていく。






 お空にいるパパとママ。



 いつも見守っていてくれてありがとう。



 生きていると、いろんなことが起こります。



 楽しいことばかりじゃない。


 

 辛いことや悲しいことも。



 挫けそうになることもあります。



 でも、心配しないで?



 アルカは今、とっても幸せです。

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