第212話 子供にとっては何でも遊び

 ロニと出会ったその日、アルカは小屋に帰ってもいつもと同じように振舞おうとした。これは自分達メフィストの問題。人間であるクロに相談して、巻き込むわけにはいかない。そう考えての事であったが、アルカの父親はそこまで容易い相手ではなかった。


 ―――なにかあったのか?


 戻ってから二言、三言しか交わしていないというのにクロは自分にそう問いかけてきたのだ。まさか、こんなに早く自分の変調に気がつくとは思ってもみなかった。狼狽えながらもなんとか誤魔化したアルカに、クロはそれ以上何も言ってはこなかった。


 翌日もアルカは自分の村へと足を運ぶ。


 ゼハードから近づくな、と言われても、ここは自分の両親が眠る地なのだ。はいそうですか、と大人しく言うことを聞くつもりはない。


 先に置かれていた花束はピンク色をしたシクラメン。今日もアルカよりも先に、誰かがこの地に訪れていた。アルカはその花束から温かさを感じながら、いつものように自分の持ってきた花を隣に添える。そして、静かに墓を見ながら、昨日の事を思い出していた。


 裏切り者の魔王。


 人間と変わらない敵。


 お前はもうメフィストの仲間ではない。


 頭に浮かぶのはゼハードに言われた言葉ばかり。幼いアルカでもゼハードの言っていることは理解できた。だが、それを鵜呑みにするには、ルシフェルにもクロにも他の魔族にも、アルカは関わりすぎていた。


「ルシフェル様は裏切り者なんかじゃない……パパだって……」


 こんな場所で一人、悔しさ交じりで呟いたところで何の意味もない。そんなことはわかっているが、アルカは口にせずにはいられなかった。ゼハードに自分の知っているクロ達を伝えることができない、それがアルカにはとても歯がゆい。だが、いくら言葉を並べたところでゼハードは聞く耳を持たないだろう。それほどに彼の瞳は怖いくらいの憎悪に満ちていた。

 しかし、果たして伝える必要などあるのだろうか?メフィストの生き残りがいる、と知らなくてもアルカ達は平穏に過ごしていた。それは、ゼハード達も同じことが言えるだろう。それならば、ゼハードの言う通り、関わり合いにならない方が互いのためになるのではないか?


 いくら考えても、成熟しきっていない頭では結論を出すことはできなかった。


「……やっぱり今日も来たんだな、アルカ」


 ぼーっと墓を見つめていたアルカは、名前を呼ばれそちらに目を向ける。そこには瓦礫の上に立ち、自慢げな様子で笑うロニの姿があった。それを見てアルカはくりくりの目を丸くする。


「ロニ君っ!?外に出たらダメだってゼハードさんに言われてなかった!?」


「へへんっ!!俺レベルになれば大人の目を盗んで抜け出すことなんてわけないさ!!いつものことだっつーの!!伊達に叱られてないからな」


 それは威張れるようなことではない気がするが、ロニがあまりにも自信満々に話すのでアルカは素直に感心していた。


「す、すごーい!!後で絶対怒られると思うけど、ロニ君にはそんなの関係ないんだね!!」


「お、おう!!ま、まーな!!」


 洞窟を抜け出したことがバレた時の事が頭をよぎり、ロニの顔が引きつる。だが、妹分のアルカの前で情けない顔は見せられない。


 ロニは勢いよく瓦礫の上から飛び降りるとアルカのもとまで移動する。


「弱っちいアルカをほっておけないだろ!!俺はアルカの兄貴みたいなもんだからな!!」


「ロニ君……」


 ロニの温かな気づかいを全身で感じた。アルカは目を涙ぐませながらロニの顔を見つめる。


「ま、まぁ、どうしたらいいのか全然わからないんだけどな」


 アルカの視線にドギマギしながら、ロニは頬をポリポリとかいた。


「ゼハードの野郎は頭が固いんだよな……でも、大丈夫だ!!絶対アルカの事認めさせてみせる!!俺に任せとけ!!」


「……ありがとう」


 ロニはやはりロニのままだ。村で暮らしていた時もそうだった。アルカが困っているとき、悲しいとき、怖いとき、いつも「俺に任せとけ!!」と言って、アルカを助けてくれた。兄弟のいないアルカであったが、彼女にとって今も昔もロニは頼りになるお兄ちゃんなのである。


「ロニ君のおかげで元気が出たの!!」


「そ、そうか!!よかった!!やっぱりアルカは笑っている方が可愛いからな!!」


「本当?えへへ」


 アルカが飛び切りの笑顔をロニに向ける。その瞬間、顔を真っ赤にしたロニの頭から湯沸かし器のように蒸気が噴き出した。


「と、とにかくだ!!ゼハードを説得するにはまだもう少し時間がかかる!!だからアルカはその間チャーミルの街で生活……いや!敵情視察をしていてくれ!!」


「敵情視察?」


「そうだ!!いつの日か敵対勢力になるかもしれないからな!!その日のためにアルカは俺達のスパイになってチャーミルの街を監視しておくんだ!!」


「うーん……よく分からないけど、チャーミルの様子を見ておけばいいのかな?」


「そういうことだ!!」


 いまいちロニの言っている意味が分からなかったアルカが眉を寄せながら言うと、ロニは威勢のいい笑顔で頷く。


「そうすればゼハードもアルカが味方だってわかってくれる!!それで俺達はこうやって村で会って情報交換するんだ!!」


「うんうん!それで!?」


 なんだかごっこ遊びをしているようで、とてもワクワクしてきたアルカが期待に満ちた視線をロニに向けた。ここから先のことは何も考えていなかったロニは、アルカからキラキラした眼差しで見られ、思わず狼狽する。


「あー……その後はだな……えーっと……一緒に……そうだ!!一緒に森を探検しよう!!」


「森を探検?」


「あぁ!!この森はまだまだ危険でいっぱいだからな!!俺とアルカがその危険を真っ先に見つけて、みんなに知らせるんだ!!そうすれば俺達はみんなを救ったヒーローってことになる!!」


「ヒーロー!?」


 なんとも甘美な響きであった。森の危機を知らせてクロとセリスに目一杯褒められている自分を想像して、アルカの口角がみるみる上がっていく。


「それはすごくいいの!!」


「そうだろ?俺たち二人は今より『フレノール探検隊』となった!!隊長は俺でアルカは副隊長だ!!」


「わかったの!ロニ君!!」


「ちっちっち!!隊長と呼べ!!」


「はいっ!!隊長!!」


 アルカが笑顔で敬礼をした。ロニはニヤけながら満足そうにうんうんと頷いている。


「そうと決まれば今日から行動開始だ!!……魔物が出ても副隊長は俺の後ろに隠れているように!!隊長の俺がしっかりとアルカを守ってやる!!」


「わかりました!!隊長!!」


 フレノール樹海に生息する魔物でアルカに敵う者はいない。だが、そんなことは知らないロニはアルカの事を慮って力強い口調で告げた。アルカはアルカで、そういう役回りだと思って元気よく返事をする。


「よし!出発だー!!俺についてこーい!!」


「わわわっ!!待ってよロニく……隊長ー!!」


 意気揚々と森に向かって走り出したロニの背中を、アルカは慌てて追って行った。


 この日から、二人だけの小さな探検隊は、フレノール樹海に潜む危険を見つけるべく、活動を開始したのであった。

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