第211話 疑わしきは黒
見つめ合う少年と少女。ロマンティックな雰囲気になるには少々幼すぎる。二人ともぽかんと口を開いたままお互いの顔を見ていたが、先に動いたのはアルカにロニと呼ばれた少年の方であった。
「ほ、本当にアルカか!?生きてたのか!?」
「う、うん」
ロニはものすごい勢いで近づくと、迫真の表情でアルカの両肩を掴む。アルカはブンブンと前後に大きく揺さぶられながら、戸惑いを隠せない表情で頷いた。
「一体どこにいたんだよ!?死んじまったと思って皆諦めていたんだぞ!?」
「え、えーっと……」
ロニの問いかけにアルカは閉口してしまう。どこにいたと言われても、アルカはいろんなところに足を運んでいたのだ。とりあえず、直近で寄った街の名前を答えることにする。
「チ、チャーミルの街から来たんだよ」
「チャーミル!?……そういうことか。他の悪魔族の連中に保護されたのか」
アルカの言葉を聞いてロニが一人で勝手に納得していた。やっとロニの手から解放されたアルカはホッと息を吐きつつ、懐かしい友達の姿を観察する。
少しくせっ毛な赤い髪も、勝気そうな目も、この村で一緒に遊んでいた時と何も変わらない。それが何となく嬉しかったアルカは小さく笑みを浮かべた。それを見たロニが顔を真っ赤にして後ずさりをする。
「ななな、なに笑ってんだよ!?」
「ふふっ!ごめんね!ロニ君が全然変わってないから嬉しくて!」
「ふ、ふんっ!!変わったっつーの!!これでも大人に交じって魔物の狩りとか参加してるんだぞ!?」
ロニが腕を組みながらそっぽを向いた。その仕草もアルカの知っているロニそのものである。
「と、とにかくアルカが無事でよかった!これで仲間が増えるぜ!!」
「仲間?」
「あぁ!俺達は今、ここから少し離れた洞窟で生活してるんだ!!……って言っても、生き残ったメフィスト達だけだからそんなに人数はいないけど」
ロニは忌々しそうに崩れた家々に目を向けた。まさか生き残りのメフィストが違う場所で生活していたなんて、アルカは驚きを隠せない。
ロニは村の残骸から視線を外すと、チラッとアルカの顔を見やる。
「……アルカのお父さんとお母さんは?」
「……死んじゃったよ」
「……そうか。俺と同じだな」
ロニは悔しそうに顔を歪め、強く拳を握りしめた。アルカも残念そうに眉を落として顔を伏せる。ロニの父も母もアルカに優しく接してくれた。その事を思うと、胸が締め付けられる思いにとらわれる。
「まぁ、いなくなっちまった人の事をとやかく言ってもしょうがないな。大事なのはアルカが生きていたってことだ!なぁ、アルカ!俺達の所に来いよ!!」
「えっ?」
予想外の勧誘に、アルカは目を丸くしながらロニの顔を見つめた。ロニからしたらアルカの反応の方が以外で、思わず眉を顰める。
「おいおい、何驚いてんだよ?」
「いや、だって……」
アルカが困り顔で言葉を濁した。そんなアルカを見てロニは肩をすくめながら大きくため息を吐く。
「相変わらずウジウジしてんなーお前は。チャーミルの街の奴に良くしてもらってるのか?」
「うん。アルカの事をうんっと可愛がってくれる」
むしろ可愛がりすぎ、と言ってもいいくらいであった。リーガルは「アルカは目の中に入れても痛くないのぉ」と、本当にアルカの事を目の中に入れようとしたくらいなのだから。
「……とは言っても、あいつらは魔王軍に属しているんだ。アルカは知ってるか?新しい魔王軍指揮官の事を」
「知ってるよ!だってそれは……!!」
「魔王の奴、俺らの村を無茶苦茶にした人間と手を組みやがったんだ!マジで許せねぇよな!!」
それはアルカのパパだよ、そう告げようとしたアルカだったが、憎しみに満ちたロニの顔を見て、思わず口を噤んだ。
「そんな奴が率いる軍にいる必要なんてねぇだろ!!魔王は魔族を裏切ったんだ!!だから、アルカ!!俺達と一緒に来いよ!!」
「ア、アルカは……!!」
強引にロニが手を引こうとするが、アルカはその場を離れようとしない。アルカ自身、クロの事をどう説明したらいいのかわからなかった。
「いいから来いって!!来ればこっちの方がいいってわかるから!!」
アルカのはっきりしない態度に意固地になるロニ。彼の頭の中は妹分だったアルカを仲間にすることでいっぱいであった。
「―――ロニ、こんな所で何をしている?」
そんな二人に何者かが声をかける。アルカとロニが同時に目を向けると、眼鏡をかけた厳格そうな大人のメフィストがこちらに鋭い視線を向けていた。
「ゼ、ゼハード……!!」
ロニはその男の顔を見た瞬間、アルカの腕を離し、顔を引き攣らせながら目を左右に泳がす。その様子はまさに悪戯が見つかった子供のそれ。
「ゼハードさん……」
アルカもこちらを睨んでいる男に見覚えがあった。名前はゼハード、村長の一人息子で、村では誰よりも率先して働くような、とても真面目な男だった。
「アルカか……なぜお前は生きている?」
身を案じるというよりも責めるような口調。敵意が込められているかと思えるほどの視線に、直視することなど叶わず、アルカは思わず視線を逸らした。そんなアルカを庇う様にロニが両手を広げてアルカの前に躍り出る。
「ゼハード!!確かに言いつけを破って村に近寄ったのは悪かったけど、その結果アルカを見つけることができたんだ!!そんな目で俺達の新しい仲間を見るなよ!!」
「新しい仲間?」
「そうだよ!!アルカは俺達の仲間だ!!」
「ふむ……」
ゼハードは口元に手を添え、何かを考え始めた。しばらく黙って思案にふけっていたゼハードは、チラリとアルカに視線を向ける。
「……どうやって生きてきた?子供のお前が一人で生活していたわけではあるまい」
「ア、アルカは……」
「チャーミルの奴らが保護していたんだよ!!一応、同じ悪魔族だしな」
「なるほど」
ゼハードは静かにうなずくと、口元から手を離した。
「ならば仲間とは認められないな」
「なっ……!!」
はっきりと告げられたゼハードの言葉に、ロニは口を大きく開けたままその場で硬直する。そんなロニを無視して、ゼハードはアルカに冷たい視線を向けた。
「裏切り者の魔王に仕える悪魔族、それは我々にとって人間と変わらない敵なのだ。そこに、短い時間とはいえ身を寄せていた者を仲間とすることはできない」
「そんな……そんなの関係ないだろ!!チャーミルの奴らが悪いだけでアルカは悪くねぇだろっ!!」
「だとしてもだ。悪魔族の奴らがアルカを使って我々の隠れ家を探る可能性だって考えられる」
「そ、そんなわけ……!!」
「ない、と言えるのか?」
ゼハードがギロリと目を向けると、ロニはたじろぎながら口を閉じる。そのまま小さく息を吐くと、ゼハードは眼鏡をクイっと上げた。
「とにかく、お前が何をわめこうが私の判断は覆らない。私は生き残ったメフィスト達を守るという使命があるのだ」
「……くそぉ……」
「さぁ、さっさと帰るぞ。掟を破った罰として当分の間外出を禁ずる」
ゼハードはロニに近づき、その首根っこを掴みひょいっと持ち上げる。ロニは手足をバタつかせるも、抵抗虚しくそのまま連行されていった。ゼハードは立ち去り際にアルカへと声をかける。
「……忠告しておく。もう二度とこの地に近づくな。お前はもうメフィストの仲間ではない。我々に関わるな」
そう言うと、ゼハードはロニを掴んだまま森の中へと消えていった。
一人残されたアルカ。その胸中は言葉では表現できないほど複雑な思いが交錯していた。
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