第180話 友の友は友
これは厄介なことになったな……いや、厄介なのか?よくわからん。正直、状況に全くついていけないんだが。
セリスの判断で俺の正体を明かしたらしいけど、それはまぁいい。あいつの判断ならそれが最善だったんだろうし、フローラさんの時はそそくさとその場を退散できたけど、今回、マリアさんは魔族領まで来ちゃってるからね。追及されたら誤魔化しきる自信がない。
「えーっ!!マリアお姉ちゃんって歩いてここまで来たのっ!?」
「うーん……途中で馬車に乗ったりもしたけど、基本徒歩でかな?」
「すっごーい!!」
後ろで仲良く話している二人にチラリと目を向ける。相変わらず俺の娘は誰とでもすぐに仲良くなれますね。羨ましい限りです、ホント。
まじでどうすんの、これ。普通に考えたら人間界に帰ってもらうのがいいんだけど、俺の事ばらしちゃってるからなぁ……それはエルザ先輩も同じことか。ったく、フェルの野郎、結構面倒くさいことしてくれたわ。
つーか、マケドニアでの事報告しようと思ったのに、その話題を出したら「クロなら絶対上手くやれるって信用してるから!」とか何とか言ってさっさと自分の部屋へと戻りやがったからな、あいつ。適当なこと言ってマリアさんを押し付けたいだけなのが見え見えなんだよ。くそが。アベルの事とか気になることがあったのによ。
俺はあれこれ思考を巡らせながら、それでもいい解決策なんて一つも思い浮かばないまま小屋へとたどり着き、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
「おっ、クロ。どこ行ってたんだよ?メイドの姉ちゃんがテンパって大変だっ」
バタンッ。
そして、勢いよくその扉を閉める。緑の化け物と白銀の鎧、そして毛深いおっさんが気怠そうに机に突っ伏していた気がするが、見間違いに違いない。そもそも客人を迎えるのにこんなボロ小屋ふさわしくないに決まっている。場所チェンジだ。
「ここがクロムウェル君のおうち?」
と、思ったけどいつの間にかマリアさんが俺の隣まで来ていた。さっきまで俺の後ろでアルカとお話していましたよね?もしかして瞬間移動とかできます?
俺がどう説明しようか迷っていたら、徐に小屋の扉が中から開かれた。俺とマリアさんが同時に目を向けると、扉の前に立っているライガが訝しげな表情を浮かべながら俺とマリアさんを交互に見る。
「……まだ酔いがさめてねぇのか、俺は。あり得ない光景を見ている気がするんだが」
「あのっ……!!えっと……!!」
「朝まで馬鹿みたいにお酒を飲んだりするからです。顔でも洗ってきた方がいいんじゃないですか?」
突然、二メートル以上ある大男に顔を覗き込まれ、狼狽するマリアさんを庇う様にセリスがライガを家の中へと押し込んだ。腑に落ちない様子のライガであったが、渋々さっきまで座っていた椅子に腰をおろす。
「……説明はしてくれるんだろうな?」
「…………」
ギーは頭にのせていた氷袋を面倒くさそうに机に置き、ボーウィッドは何も言わずにマリアさんを見つめていた。
「わーってるって。俺だってまだ混乱してるんだからそう急かすな。……コレットさん」
とりあえず、俺はマリアさんを家の中へと招き入れる。そして、セリスに目で合図すると、セリスはアルカを連れてどこかへと転移していった。おそらくリーガル爺さんの所だろうな。
小屋に残されたのは魔族の幹部三人と人間二人。まさに異色なメンバー。どっからどう見ても魔族に襲われる一般市民の図。さて、どっから説明していいのやら……。
「あ、あのっ!!マ、マリア・コレットですっ!!よ、よろしくお願いしますっ!!」
沈黙に耐えきれなかったのか、いきなりマリアさんが自己紹介をしながら頭を下げる。それを見て顔を見合わせた三人だったが、ギーが少し戸惑いながらもマリアさんに声をかけた。
「ママリア?」
「マリアですっ!!」
顔を真っ赤にさせ、手をぶんぶんと横に振って否定するマリアさん。相変わらずの小動物っぷり、ごちそうさまです。
しばらく値踏みをするように眺めていたギーは座りながらゆっくりと上体を反らして伸びをした。
「……そんな丁寧に名乗られちゃ、こっちも返さないわけにはいかないわな。俺は魔人族、トロールのギーだ。よろしくな、マリアの嬢ちゃん」
「えっ、あっ、はい!こ、こちらこそ!!」
まさか自己紹介が返されるとは思っていなかったマリアさんが慌てた様子でギーに答える。ギーは面白そうにマリアさんを一瞥すると、ボーウィッドとライガに視線を向けた。
「……デュラハン族……ボーウィッド……」
「獣人族、ライガだ」
「ちなみに全員魔王軍の幹部だからな」
「幹部……!?」
ギーから聞かされる衝撃的な事実を前に、マリアさんは口をパクパクさせるが、うまく言葉が出てこない。そんなマリアさんを見てギーはクックッ、と楽し気に笑った。こいつ、絶対マリアさんで遊んでやがる。
「おい、ギー。からかうのは後にしろ。俺は人間の小娘がなんでこんな所にいるのかをさっさとクロから聞きたいんだよ」
ライガが怖い顔でギーのことを睨みつける。小娘って……まぁ、このおっさんから見れば俺もマリアさんもそんなもんか。ギーは心底楽しそうに笑みを浮かべながらライガの方を向いた。
「そう言うなって。クロが連れてきた人間だぞ?面白い奴に決まってるだろ?」
「……けっ!!」
不機嫌そうに舌打ちすると、ライガはマリアさんに視線を向ける。あれ?意外な反応……。もっと人間のマリアさんには敵意むき出しだと思ったのに。
「……兄弟…………俺も気になっているんだ……説明を頼む……」
「あ、あぁ、そうだったな。わりぃ」
やべぇ、ボーウィッドに言われて自分の役割を思い出したわ。つっても、上手く説明できる気がしねぇ。むしろ俺がして欲しいくらいだし。でも、俺がしないわけにはいかねぇよなぁ……。
「えーっと……コレットさんは俺が人間界にいたときの同級生だ。うん……後はとても優しい人だ」
「や、優しいだなんて……」
なんか隣でマリアさんが耳まで赤くして照れてるんですけど。別に変なこと言ってないよな?
「そんなことはどうでもいいんだよ。なんでお前以外の人間がここにいるかって聞いてんだ」
ライガがぶっきらぼうな声で俺に告げる。うるせぇな。わかってるよ。
「あー……あれだ。俺がフェルに殺されたと思ってその敵討ちに……敵討ち?」
あれ?そうなのか?マリアさんって敵討ちに来たのか?フェルとセリスはなんかそんな感じなことを言っていた気がするけど……。
自分の言ったことに首をかしげながら俺が目を向けると、マリアさんは少し緊張した面持ちで三人に向き直った。
「わ、私は……クロムウェル君の最期を魔王ルシフェルさんに問いただしに来たんです!」
あっ、そうなんだ。
「クロムウェル?」
「俺の本当の名前だ」
ギーが眉をひそめたので俺が間髪入れずに答える。
「冴えない名前だな。まさに名は体を表すってやつか」
「ぶっとばすぞ、てめぇ」
「……ギーはほっとけ。ってことはあれか?お前はクロのことをルシフェルに聞くためだけにこんな所まで一人で来たっつーのか?殺されても文句は言えねぇっつーのに?」
「は、はい!!」
ライガの鋭い視線にも一歩も退かずにマリアさんは頷いた。つーか、ライガ。あんまりマリアさんを怖がらせるんじゃねぇよ。
少しの間マリアさんを見ていたライガだったが、つまらなさそうに視線を外すと、机に置いてある水を一気飲みする。えっ?今ので納得しちゃった感じなの?
「……意外とお前好みの理由だったか……?」
「……うるせぇ」
ボーウィッドの軽口に顔を歪めながら、ライガは乱暴にコップを机に置いた。割ったら弁償だからな。
そんなライガを無視して、ギーは頬杖をつくとニヤニヤと笑みを浮かべながらマリアさんを見つめる。
「へー、結構な理由じゃねぇか。ちなみにそれはセリスも知ってんのか?」
「えっ?は、はい。セリスさんとルシフェルさんには話してます」
「ほぉ……よくセリスと衝突しなかったな」
セリスと衝突?何言ってんだ、この緑の禿は?
「なんでそれだけでセリスと衝突しなくちゃいけないんだよ」
「あー、お前はわからなくていいんだよ。期待もしてないし」
むかっ。なんか知らんが腹立つ。呆れたように俺のことをひらひらと手で払うギーを睨みつけるが、何の効果もなし。くそが。
なんのこっちゃわからないが、マリアさんはギーの言いたいことを理解しているようだった。
「……セリスさんと衝突なんてしてません。あの人はとても優しい方でしたので」
「……そうか」
ギーは笑いながら肩をすくめると、徐にその場で立ち上がった。それにならう様にボーウィッドとライガも立ち上がり、小屋の扉に向かって歩き出す。
「ん?もういいのか?」
「あぁ。久しぶりの再会なんだ、部外者はいない方がいいだろ?」
「……そういうことだ…………またお邪魔させてもらう……」
「若い奴らの鍛錬の様子を見なくちゃならねぇからな。お前に無理やり連れてこられたせいで育成計画がパーだ。……まぁ、悪くはなかったがな」
そう言って中庭に出ると、三人はそれぞれ転移の魔法陣を組成し始めた。少し戸惑った様子のマリアさんが三人を見つめる。ほどなく転移の魔法陣が完成すると、三人はマリアさんに目を向けた。
「困ったことがあったらなんでもいいな。マリアの嬢ちゃんになら力になってやるよ」
「……あぁ……兄弟の旧友だ……無碍にすることはできない……」
「ふんっ!!根性はありそうだからな。俺のところに来たらビシバシしごいてやる!」
「あ、ありがとうございますっ!!」
マリアさんは三人の発言に目を丸くしていたが、慌てて頭を下げる。……なんか思ったよりも平和に終わったんですが。人間が魔族領に来てるって言うのにそんな感じなの?じゃあ、俺がフェルに初めて紹介された時の、あの居たたまれなさはなんだったの?
三人の幹部達は完全にテンパっているマリアさんを見ながら、自分が治める街へと戻っていった。
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