第181話 からあげはみんなの人気者


「……おいしいっ!!こんなにおいしいご飯は初めて食べた!!セリスさんは料理も上手なんだね」


「お口に合ったみたいでよかったです」


 少しだけ緊張した面持ちでマリアさんが食べるところを見ていたセリスがフッと表情を緩める。


「ママの手料理は天下一品なんだよ!!特に唐揚げはアルカの大好物!!」


「ふふっ、そうだね。こんなおいしいお料理を毎日食べられるアルカが羨ましいな」


 アルカのほっぺたについたご飯粒をとってやりながら、マリアさんは優しく微笑んだ。何という心温まる光景。今ここに二人の天使が夢の共演を果たした。なお、俺は若干、蚊帳の外の模様。


 女三人寄ればなんとやらというが、にぎやかなのはいいことだ。俺は静かに唐揚げへと手を伸ばし、口へと運ぶ。ん、うまい。


「泊めてもらう上にこんなおいしい晩御飯までごちそうになって、なんか悪い気がしちゃうよ」


「そんなことないよ!!ねっ?パパ?」


「えっ?あ、うん。そうだな」


 完全に油断していた俺は、アルカの突然の不意打ちを前に慌てて唐揚げを飲み込み、適当に相槌を打った。そんな俺を見て、マリアさんはくすりと笑う。


「もうすっかりお父さんだね」


「あぁ、こんなことになるなんて俺自身も思ってなかったよ」


 ちなみに、マリアさんはアルカが俺の本当の子じゃないことを知っている。いや、知ってるも何も年齢的におかしいのは誰でもわかることだけどな。詳しい事情まで知ってるってことだ。

 と、言うのも、ボーウィッド達が帰った後、二人っきりになるや否や魔族領でのことを根掘り葉掘り聞かれてさ。必死に思い出しながら話してたんだけど、途中で小屋に戻ってきたアルカも混じったせいで話が進まない進まない。結局、セリスが食事の支度を整えるまでに話せたのは、俺が火山を吹っ飛ばした所まで。その話を聞いたマリアさんは流石に目を丸くしていたな。


「はぁ……それにしても、魔王軍指揮官になって色々活躍してるって話を聞くと、なんだかとっても遠い人のように思えてきちゃったよ」


 マリアさんが持っていたお茶碗を机に置き、寂しそうな笑みを浮かべる。


「活躍っていうか、ただ好き放題やってるってだけな気がするけど」


「そうですね。少しは自重していただきたいものです。いつも冷や冷やさせられるこっちの身にもなっていただきたいですよ、まったく」


 セリスが呆れた様子でかぶりを振った。むっ、何たる言いぐさ。マリアさんの手前、ここは威厳を見せてやらねばならない。


「はんっ!そこまでじゃねぇだろ。偶に羽目を外すくらいだっつーの」


「ほとんど毎日ですね」


「はぁ?一週間に一度くらいだろ?」


「毎日です」


「み、三日に」


「毎日」


「……はい、毎日です。すいません」


 俺、弱すぎワロえない。威厳(笑)。だってあんな怖い目で睨まれたら誰だってそうなる、俺だってそうなる。


 そんな俺達を見て楽しそうに笑うマリアさん。アルカと同じ癒し系であることは間違いない。


「本当に二人は仲がいいんだね」


 仲がいい?今のやり取りを見てそう思ったの?流石にそれはないよ、マリアさん。つーか、なんでセリスは気まずそうな顔をしてるんだよ。


「あー……そんなことより、さっきの話の続きでもする?」


 あんまり自分の話をするのは好きじゃないけど、なんとなくこの話は避けた方がいい気がしたので無理やり話題転換。こういう時は本能に準ずるのが吉。


「そうだね。……あっ、でも先に聞きたいことがあったんだ」


「聞きたいこと?」


 なんだろう、魔族の事かな?俺の周りにはバカばっかりだから聞いても損しかしないよ?

 マリアさんは俺の顔に目を向け、何か言おうと口を開いたが、なぜかすぐに閉じてしまった。とても気になる反応。


「どうしたの?パパなら何でも答えてくれるよ?」


 アルカも不思議そうにマリアさんを見つめる。何でもは厳しいぞ、アルカ。俺にもプライバシーというものが……。


「マリアさん、遠慮せずに聞いてください。なんでもクロ様に答えさせますので」


 ないみたいです。答えさせるって。


「……うん、じゃあ」


 二人に勇気をもらったのか、マリアさんは意を決した様に顔をあげた。そして、俺のことをまっすぐに見据える。


「……クロムウェル君は本当にアベル君を殺したの?」


「えっ?」


 驚いた声をあげたのは俺ではなくセリス。目を大きく見開きながらマリアさんの顔に目をやった。俺は大して驚かんよ。さっきもメリッサ城でエルザ先輩から同じようなことを聞いたし。


「アベル?そういえばさっきのお姉ちゃんも同じこと言ってたね。誰?」


 アルカが首をかしげながら俺の方を見る。そうか、アルカはあいつの名前を知らんのか。


「緑のことだ」


「あー!!ママにひどいことした人だ!!」


 アルカは納得した様にポンッと手を叩いた。その隣でセリスが鋭い視線を俺へとむけている。


「……どういうことですか?」


「んー、俺もよくわからん。なんか人間の世界じゃそういうことになっているらしい」


 コンスタンのおっさんの様子もおかしかったし、ハメられている気がしないでもない。つっても、俺のことをハメたところであいつらになんかメリットあるのか?


「そういうことになっているってことは……」


「あぁ。殺しちゃいないよ。フルボッコにしただけ」


「フ、フルボッコ……」


 マリアさんが顔を引き攣らせている。ってか、人間のマリアさんにこれ言っちゃまずかったかな?この噂に城のお偉いさんが一枚かんでたら、事実を知っているマリアさんが不利益を被る可能性も。


「えーっと、今のは聞かなかったことにして」


「えっ!?そ、そんなの無理だよぉ!」


 だよね。俺もそう思う。


「じゃあ、他の人には言わないようにしてくれればいいよ。あー、他の人間ってことね」


「わ、わかった……」


 マリアさんが真剣な表情でコクコクと頷いた。うん、これで大丈夫だろ。マリアさんは約束を破って言いふらすような子ではないはず。


「……でも、よかった。魔王軍指揮官の正体がクロムウェル君ならアベルさんの命を奪ったりしないと思ったから」


 マリアさんは心底ホッとした様に息を吐く。……結構、殴りまくったんだけどなぁ、主に顔を。これは内緒の方向で。


「あっ、ここではクロ君って呼んだ方がいいかな?」


「ん?そうだね。一応ここではクロで通っているからそっちのがいいかな?」


 どっかのショタコン魔王のせいでな。別にクロムウェルって呼びにくくねぇだろうが。って、あれ?マリアさんって俺の事、名前で呼んでたっけか?違ったよう気がするけど、そうだった気もする。正直、学園にいた頃の記憶が曖昧だ。


「な、なら私のこともマリアって呼んでくれないかな……?」


 マリアさんが緊張しながら上目遣いで聞いてくる。あ、名前で呼んでいい感じか。心の中じゃとっくに名前で呼んでいたんだけどね。


「そう?ならマリアさんって呼ばせてもらうよ」


「う、うん」


 マリアさんは照れたようにはにかみながら、顔を赤くさせた。なんでや。照れるポイント、一ミリでもあったか?まぁ、なんだか嬉しそうだし、別にいっか。


 俺は会話もそっちのけで、難しい顔をしながら一人考え事をしているセリスに目を向ける。


「つーことで」


「勇者アベルの生死を確認ですね。確かに、気になります。サキュバスを探索に出させましょう」


「見つけても手を出さないようにな。いつでも俺がそこに向かえるように、常に一人は傍に付けておいてくれ」


「勇者アベルは生きていると?」


 俺は当然のように首を縦に振る。あのクソ野郎がそう簡単にくたばるとは思えない。元気になったら絶対復讐とか考えそうだからな、あいつ。監視はつけておくにこしたことはない。


「わかりました。明日、お爺様に依頼しておきます」


「頼んだ」


 諜報活動ならサキュバス・インキュバスがお手のもんだろ。アベルの奴には効かないらしいけど、他の人なら騙せるし、任せるならプロに限る。


 俺とセリスの会話を聞いていたマリアさんは感心したような表情を浮かべた。


「すごい……まさに以心伝心って感じだね」


「そうか?普通じゃない?」


「ううん。あんなに短い言葉で伝わるなんて、お互いをよく理解しているってことだよ」


 なんかそう言われると照れるな。でも、お互いをよく理解しているっていうかセリスがすごいだけなんだよな。その察しの良さに慣れちゃってたから気づかなかったけど、やっぱりこいつの理解力は半端じゃない。俺もあれこれ説明するのが面倒だから、すげぇ助かってるけど。


「パパー!!さっきみたいに面白いお話してー!!」


 おっと、仕事の話なんてアルカにはつまらなかったよな。面白い話かぁ……もうあんまりないんだよな。それこそ、勇者アベルをタコ殴りにした話か、どっかの虎と殴り合った話ぐらいだ。どちらも血なまぐさいことこの上ない。特に食事中にライガの話をするのは、葬式でブレイクダンスを踊るくらい不謹慎だ。


「なら、アルカが今日のことをマリアさんに話してあげなよ。俺と二人でマケドニアに行った時の話をさ」


「はーい!!」


「えぇ!?マケドニアに行ったのっ!?」


 意気揚々と手をあげるアルカと目を白黒とさせているマリアさん。アルカの話に多彩なバリエーションで驚くマリアさんを見ながら、俺は食事を楽しんだ。


 そんなこんなでいい時間になったというわけで、後片付けはセリスと、食事のお礼とマリアさんがやってくれることになった。俺とアルカは先に二人でお風呂タイム。さんざん湯舟でふざけまくってから出ると、二人は椅子に座ってお茶をしていた。


「大分賑やかでしたね。これはまたお湯をはらないといけませんかね」


 アルカと二人で遊んでいたからセリスの雷は落ちない。これが俺一人だったら、落雷による感電死は免れなかったな。


「ふぁ~ぁ……」


 アルカが俺の隣で眠そうに瞼をこする。


「今日は王都で暴れまくったみたいだからな。ほら、セリスとマリアお姉ちゃんに挨拶しな」


「ふぁ~い……ママ、マリアお姉ちゃん、おやすみなさい」


「はい、おやすみなさい」


「おやすみ」


 二人が笑顔を向けると、アルカはおぼつかない足取りで自分の部屋へと入っていった。さて、俺もさっさと眠ることにしよう。

 

「どこに行くんですか?」


 そそくさと階段を上っていこうとする俺をセリスが呼び止める。


「どこってベッドだよ。俺も眠いんだ」


「クロ様は下です」


「へっ?」


 なんで下なの?前は頑なに上に行かせようとしていたくせに。


「今日は前にクロ様が使っていたベッドで寝てください」


「えー……」


 正直、ギルギシアンで買ったベッドの寝心地が良すぎて、他のベッドで寝たくないんだけど。つーか、てっきりそのベッドはマリアさんが使うんだと思ってた。


「あんな汚いベッドを客人に使わせるのですか?」


 汚いベッド、ってお前。普通に傷つくんですがそれは。……まぁ、セリスの言うことも一理あるか。俺がずっと使ってたベッドにマリアさんを寝かせるわけにいかねぇわな。


 これ以上口答えしたところで無駄なのは明白なので、俺は一つため息をつくと、渋々前に使っていた俺の部屋へと入っていった。







「……嫌ですからね」


 クロが部屋に入ったことを確認すると、扉を見つめたまま静かにセリスが口を開く。


「私がマリアさんの立場だったら、たとえ恋人同士だとしても、自分の想いを寄せる相手が他の女性と一緒に寝ている家で眠ることなんてできません。それに……」


 一つ息を吐くと、セリスは優し気な笑みをマリアに向けた。


「マリアさんとは二人きりでガールズトークを楽しみたいですからね」


「セリスさん……」


 マリアは一瞬泣きそうな顔を浮かべたが、すぐに笑顔になる。


「マリアさんは先にお風呂に入ってください。替えの服はありますか?」


「着替えは持ってきてるよ。だから平気」


「そうですか。お風呂の場所はあちらです」


 マリアは持ってきたリュックから着替えを取り出すと、セリスが示した方へと歩いていく。が、途中でその足を止めた。


「セリスさん」


「はい?」


「……ありがとう」


「……はい」


 何に対するお礼かなど、聞かなくてもわかっている。セリスは洗面所へと入っていくマリアの背中を見つめながら、自分が入れた紅茶をゆっくりとすすった。

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