第115話 告白はフる方もフラれる方も辛い

 フローラルツリーにやってきた俺は、迷わずフレデリカのいる部屋を目指す。そして、部屋の前まで来ると、深呼吸してからその扉を開けた。


「ん?あら!クロじゃない!!」


「よぉ。闘技大会ぶりだな」


 入ってきたのが俺だと分かると、フレデリカが満面の笑みを浮かべる。俺は適当に挨拶を返すと、早速本題に入った。世間話などしている余裕はない。


「ちょっとフレデリカに聞きたいことが───」


「聞いたわよ?セリスが秘書を辞めたんですって?」


 だが、そんな俺の思いとは裏腹に、フレデリカは妖艶な笑みを浮かべながら、いつものように俺に近づいてくる。


「あぁ。そんなことより……」


「もう後釜は決まったの?それとも今日はそのお誘い?」


 フレデリカがその豊満な胸を俺の身体に押し付けてきた。普段の俺ならテンパりまくるところだが、今の俺は何も感じない。


「後釜の話じゃない。俺が聞きたいのは……」


「あら、そうなの?でも、立候補する余地はあるわよね?」


 フレデリカが人差し指を俺の首元に這わしてきた。俺はその手を掴みながら、少しだけ苛立ちの混じった口調になる。


「フレデリカ、俺の話を聞いてくれ。俺はセリスの事を」


「クロ」


 突然、フレデリカが真剣な声を上げた。その余りにひたむきな視線に俺は思わず口ごもる。


「私の気持ち……気づいているわよね」


 スカイブルーの瞳が、俺の目を射貫いて放さない。フレデリカはいつもの大胆さはどこ吹く風か、恐る恐るといった感じで俺の身体にすり寄ってきた。


「私は……あなたが好き」


 静かに紡がれる思い。


 あぁ、知ってたよ。流石の俺も気づいてたさ。


 始めはからかわれているだけだと思ってた。だけど、フレデリカと親密になればなるほど、痛いほどその思いが伝わってきた。


 俺は、少しだけ震えながら俺に身を寄せているフレデリカに目を向ける。


 この身体を抱きしめてやれば、震えは収まってくれるだろうな。この思いに応えれば、フレデリカは笑ってくれるんだろうな。


 でも、ダメなんだ。


 本気で惚れている女に気がついちまったから。


 俺は俯きながら優しくフレデリカの肩を掴むと、ゆっくりとその身体を引きはがす。


「フレデリカ、ごめん……俺は……」


「……なーに辛気臭い顔してるのよ」


 顔を上げると、フレデリカは優しく微笑んでいた。その笑顔に、俺は胸が締め付けられそうになる。


「わかっていたわ。ここで私を選ぶような男なら、私はきっとあなたの事を好きになってはいなかったから」


 フレデリカは未練なく俺から離れると、自分の椅子に腰を下ろした。


「セリスの事でしょ?あの人が突然、おかしくなってしまった理由」


「……あぁ、それが聞きたい」


 せっかくフレデリカが気にしていない振りをしてくれているんだ。いつまでも俺が落ち込んでいてどうする。

 フレデリカは俺の顔を見ながら小さくため息を吐いた。


「残念ながらそれについては教えてあげられないわ。……これは、あなたがセリスから直接聞かなければならないことだと思っているから」


「……そうか」


 フレデリカがそう言うなら、そうなんだろう。無理やり聞き出しても仕方がないことだ。


「ありがとう。……邪魔したな」


 長居してもあれだよな。多分フレデリカは……今は俺と一緒にいるのが辛いと思うから。


 足早に部屋を出ていこうとした俺にフレデリカが声をかける。


「……セリスがあなたになんて言っていなくなったのは知らないわ。ただ、これだけは言える」


 俺が背中越しに顔を向けると、フレデリカは俺を元気づけるような笑みを向けてきた。


「あの子を信じた、自分を信じなさい」


「……サンキュ」


 フレデリカに背中を押された俺は、決意を固め、フレデリカの部屋を後にする。




「あーぁ……フラれちゃったな……」


 自分の思い人が出ていった扉を見つめながら、フレデリカは小さい声で呟いた。


 でも、これは仕方がないことなのだ。なぜなら、自分はクロの事が好きなのと同じくらい、セリスの事も好きなのだから。


 あの二人が幸せになってくれれば、自分も幸せを感じることができる。


「そうは言っても、辛いものは辛いわね」


 自分がどれほどクロの事を思っていたか、とどまることを知らない涙がそれを教えてくれた。誰かを本気で好きになったことなどなかったフレデリカは、今初めて失恋の辛さを知る。


「他にいい人見つけなくちゃ……って無理よね」


 自分を必死に護ってくれた人。自分を救い出してくれた人。


 そんなクロだから好きになった。


 それを超えるような男が現れるなんて……考えられない。


 フレデリカは自分のハンカチで目を拭いながら、扉の方に目を向けた。


「それで?あなた達二人は私が泣き止むまで、待っていてくれるつもりなのかしら?それなら一日くらい、そこで待ちぼうけを喰らうことになるけど?」


 フレデリカの声に応えるように扉が開く。そこには微妙な表情を浮かべたギーとボーウィッドの姿があった。


「あぁ……あれだ。久しぶりだな」


「そんなに久しぶりじゃないでしょ」


 フレデリカがジト目を向けると、二人は遠慮がちに部屋へと入ってくる。


「何の用で来たのよ?まさか、失恋した私をからかいにきたんじゃないでしょうね?」


「そんな世の中の女を敵に回すような真似するか!……こいつだよ」


 ギーはフレデリカの机に先程持ってきた酒瓶を置く。フレデリカは訝し気な表情をギーに向けた。


「……慰めに来たぞ、兄妹……」


「えっ……?」


 フレデリカが驚きの目を二人に向ける。ギーは照れ臭そうにポリポリと頬を掻いた。


「まぁ……一応、兄妹の盃を交わしちまったからな。失意に暮れる妹は放っておけないってことだ」


「…………誰が妹よ。姉に決まってるでしょ」


 そう言うと、フレデリカは勢い良く立ち上がり、部屋の扉へと歩いていく。ギーが慌てて声をかけた。


「お、おい!どこ行くんだよ!?」


「決まってるでしょ!『ブラックバー』よ!!そんなんじゃ全然足らないわ!!」


「全然足らないってお前……酒弱いじゃねぇか……」


「なんか言った!?」


「言ってません」


 フレデリカにギロリと睨まれ、ギーは思わず敬語になる。それを見てフレデリカは満足そうに頷いた。


「さーて!今日はオールね!行くわよ、弟達!!」


「……誰が弟達だよ」


「……アニーに声をかけた方が良さそうだな……」


 フレデリカは意気揚々と部屋を飛び出す。何はともあれ、少しだけ元気が出たフレデリカを見て、ギーもボーウィッドもホッと安堵の笑みを浮かべるのであった。

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