第96話 女心が分からないときは女友達に頼れ
朝食を終えると、俺とアルカは中庭へと移動した。あのピクニック以来、隠れてご飯を作る必要のなくなったセリスは、料理も後片付けも俺の家で済まし、俺達の稽古中は一人で家事をやることが多くなった。
今も絶賛皿洗い中なのだが、朝食の時の事を考えると少し気になるところ。
「どうしちゃったんだろうね、ママ」
アルカも心配している様子。だが、両手に作られた魔法陣からは、しっかりと俺めがけて魔法が放たれていた。
「うーん……怒っているでも、いじけているでもないからな。本当に様子がおかしいとしか言いようがない」
俺はきっちり魔法障壁でアルカの魔法を防ぎながら答える。日に日に無詠唱の威力が上がっている気がするのだが、気のせいではないだろう。
「またパパがママを困らせるような事をしたの?」
「失敬だぞ、アルカ。あいつを困らせることなんて……偶にしかやらないぞ、うん」
容赦なく振るわれるアルカの拳を器用に受け流していく。いや、今回ばかりはマジでわからん。俺、なんかしたかな?セリスに関しては自分に自信が持てないよ。
「……世界で一番物騒な親子ね、あなた達」
おや?この艶やかな声は?
俺はアルカのパンチを受け止めると、声のした方に顔を向ける。そこには全体的に青みがかかった美女が、引きつった顔でこちらを見ていた。
「あっ!フレ
初対面の時のよそよそしさが嘘のように、アルカは一直線にフレデリカの下まで走って行き、その身体に抱きついた。慣れてしまえば、こんなもんだよな。うちの子は俺と違って、距離を詰めるのが抜群に上手い。
フレデリカも微笑みながら、アルカを抱きしめる。
「おはよう、アルカ」
「うわぁ……フレ
「うふふっ、アルカは少し汗の匂いがするかな?こんな朝早くから何をしているの?」
フレデリカが優しく尋ねると、アルカはフレデリカの腕から飛び上がり、優雅に地面に着地をする。そして、誇らしげな表情で胸を後ろにそらした。
「へっへー!アルカは闘技大会に出場するんだよ!」
「闘技大会に?」
フレデリカが目を丸くしている。俺は魔族の闘技大会を見たことはないが、アルカみたいに小さい子は参加しないんだろうな。
「闘技大会に子供の部なんてあったかしら?」
「アルカは子供じゃないもん!」
「……そうね。アルカが子供の部に出たらシャレにならなそうね」
アルカが頬を膨らませながら反論すると、フレデリカはすぐに考えを改める。まぁ、そうだよな。さっきの俺との稽古を見てれば、アルカの実力が子供のそれじゃないことに気がつくわな。
「アルカならいい線いくんじゃないかしら?なんだって、今をときめく魔王軍指揮官の娘なんだから」
何が今をときめくじゃ。アイドルじゃねぇんだぞ。でも、アルカが褒められて嬉しそうにしているから、オールオッケー。
「そういえば口うるさい秘書はどうしたのよ?」
「ん?あー、セリスなら小屋の中だよ」
「へー……」
フレデリカは一瞬、小屋に目を向けると、すぐに俺の方に悩ましげな視線を向けてきた。なんだか嫌な予感がする。
「今がアピールのチャンスってわけね」
アピールってなんだよ。よくわからんが、良からぬ事を企んでいる事だけは確かだ。これは早急に話題を変えねばならない。
「つーか、お前何しにきたんだよ?」
「えっ?あ、そうそう。大事な事を忘れていたわ」
フレデリカは何かを思い出した風に手を叩くと、ビシッと俺に指をさしてきた。
「いい、クロ!命が惜ければ、あの飲み会での私の事は忘れなさい!」
「はぁ?」
突然、何言い出したんだこいつ?あの飲み会のフレデリカって……。
「あの可愛らしいフレ
「そ、そうよ!アルカ!あなたも忘れなさい!」
フレデリカが照れ隠しのつもりで、アルカの脇腹をくすぐる。当のアルカはキャッキャッ言いながらはしゃいでいた。美女と美少女の戯れか……ありだな。
「フレデリカがあんなに酒に弱いとは思ってなかったぞ?」
「私だって思わなかったわよ!フローラルツリーのお酒はもっとマイルドなんだからね!ゴブ太達が出すお酒が強すぎるのよ!……まぁ、美味しかったけど」
そうなんだよ。あいつらの出す飲み物も食べ物もマジで美味いんだよな。ついつい飲みすぎちまう気持ちもわかる。
「おかげで二日酔いが本当に酷かったわ。今日やっと起きれるようになったんだから」
今日まで二日酔いだったのか?飲んだのって三、四日間前だよな。どんだけ寝込んでんだよ。だから、この前行った時いなかった……って、あっ。
「そういや、このあいだお前の事、訪ねたんだよ」
「あー……そういえばそんな話をレミから聞いたわ。何か用だったのかしら?」
「おう。これをお前に渡そうと思ってな」
そう言いながら、俺が空間魔法から取り出したのは、アーティクルで買った扇子。
本当は昨日三つの街に行ったんだけどな。フレデリカだけはいつもの部屋にいなかったんだよ。まさか、まだ二日酔いでダウンしていたとは思わなかった。
ボーウィッドも米酒のお土産を喜んでくれたし、フレデリカも気に入ってくれればいいんだけどな。ギー?なんかあいつは難しい顔をしながら猿の置物とにらめっこしてたよ。
「お前が人間界に行きたそうだったからな。お土産買ってきてやったぞ」
「えっ、本当に!?クロが私にプレゼント!?」
なんかめちゃくちゃ喜んでくれたんだけど。使い方もわからないのに、その場で飛び跳ねながら扇子を胸に抱いてんだけど。
「ありがとう!一生大切にするわ!」
フレデリカは顔を紅潮させながら、大事そうに扇子を握った。お、おう。もっとクールに喜ぶと思ったが、まぁ嬉しさが伝わってくるからオッケーだ。
「で、なんで俺の腕に抱きついてんの?」
「えっ?感謝の気持ちを示そうと思って」
俺の腕にしがみつきながら、フレデリカが平然と言った。いや、感謝の気持ちは十分伝わったから。ってか、そのデカメロンを恥ずかしげもなく押し付けるんじゃねぇ!久しぶりだから耐性がねぇんだよ!
「アルカもお土産もらったんだよー!ほらっ!」
アルカは嬉しそうにつけている黄色い髪留めを見せた。
「あらっ、可愛い髪留めね。茶色い髪にぴったりよ。アルカの可愛らしさが更に際立つわね」
「えへへ……そうかな?」
アルカが照れ臭そうに顔を逸らすのを見て、フレデリカは優しげな笑みを浮かべる。いや、そういうのはいいから、さっさと俺から離れろ。これをあいつに見られたらまたややこしいことに。
「あら、フレデリカ。いらしてたんですね」
終わった。最高に最悪なタイミング。俺はゼンマイ仕掛けの人形のようになりながら、声のした方に振り返った。
「セリスじゃない?おはよう」
「おはようございます。こんな朝早くに珍しいですね」
セリスが手に箒を持ちながら、暖かな笑顔を向けた。刺々しさは一切見当たらない。俺は自分の腕を確認する。うん、ちゃんとフレデリカは抱きついているよな。
「私は部屋の掃除をしなければなりませんので、この辺で失礼します」
セリスはぺこりと頭を下げると、そのまま小屋の中へと入っていった。唖然とした表情を浮かべる俺に、フレデリカがジト目を向ける。
「クロ……あんた、またなんかしたの?」
「……それが、まじで心当たりがねぇんだ」
まさか、フレデリカの過度なスキンシップに一切反応をしないとは。今は指揮官としての仕事中じゃないからか?いや、そんなことないと思うんだけどな。
「って事は諦めちゃったのかしら?」
「諦めたって何をだ?」
俺が聞き返すと、フレデリカは意味深な笑みを浮かべる。
「私がクロを奪ってもいいって話よ」
「っ!?だ、だめだよ!ママからパパを奪うなんて……フレ
フレデリカの言葉に、俺よりも先に反応したのはアルカだった。フレデリカは慌てているアルカに手を伸ばすと、その身体を優しく抱き寄せた。
「アルカ、今日から私のことをママって呼んでもいいのよ?」
「フレママ?……なんか言いにくいから嫌だよ!」
「……悪気はないんだろうけど、結構傷つくわね」
フレデリカは頬をひくつかせながらアルカから離れると、セリスのいる小屋へと目を向けた。
「そういうわけで、私はクロの奥さんアピールをするために小屋に行くけど、問題ないわよね?」
「えー!?そ、そんなのだめもがぁ!!」
「あぁ、構わねぇよ」
反対しようとしたアルカの口を押さえながら俺は頷く。あいつも、フレデリカにだったら心の内を話すかもしれない。
「頼んだぞ」
「そう言われちゃうとやる気でちゃうわね。クロはアルカと訓練の続きでもしておきなさいな」
フレデリカは軽く手を振って応えると、そのまま小屋へと入っていった。よし、セリスのことはフレデリカに任せて俺はアルカとの訓練を続けるかな。
俺がアルカの方を向くと、不貞腐れたように頬を膨らませていた。
「なに怒ってるんだ?」
「……パパはフレ
とられるのは俺自身なんですがそれは?俺は苦笑いを浮かべながらアルカの頭を撫でる。
「フレデリカはあんなこと言ってたけどな、あいつはアルカと同じでセリスが心配なだけだ」
「……そうなの?」
「あぁ。……そもそもフレ
「……それもそうだね!」
アルカが満面の笑みを浮かべる。相手の本質も見抜くのはアルカの特技でもあるからな。例え付き合いが短かろうが、フレデリカの人柄はちゃんとわかっているんだよ。
「じゃあ、稽古を再開するか!」
「はーい!」
そして、俺達はセリスのことをフレデリカに託し、親子の対話(物理)を再開したのだった。
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