9.俺が自分の気持ちに気づくまで

第95話 上の空の奴は、なぜか変なものを食べても気がつかない

 陽の光も届かない薄暗い地下室。


 誰も好んで近寄ろうとはしないこの場に、青年が一人、歓喜に打ち震えていた。


「やったぞ……ついにやった……」


 その青年の言葉に反応する者はいない。なぜなら、周りには散乱した本と、言葉を交わせない小動物しかいないのだから。


「これであいつの物は全て僕の物になる……」


 だが、青年はそんなこと気にしない。元々、誰かに話しかけているわけではないのだ。ただ喜びを感じるがあまり、口から言葉が自然と飛び出しているだけ。


「やっと……やっとあの人も、僕の事を見てくれるようになる……」


 想像するだけでみるみる顔に笑みが広がっていく。


 青年のそれは、もはや歓喜などではなく、狂気に近しいものに変わっていた。



 いつもの朝食、俺はセリスの入れてくれたコーヒーを飲みながら、さりげなくアルカに話しかける。


「あー……アルカ?最近どうだ?」


 さりげなくってなんだっけ?こんな違和感バリバリだったっけ?


「最近どう?」


 アルカがクリクリお目目を俺の方に向けながら、首を傾げた。そんな反応になるよな。アルカは悪くない、アルカは可愛い。


「魔法陣の練習は励んでいるかい?」


 いつも通りに話そうと思えば思うほど、普段とはかけ離れていく不思議。これで一つ論文書けんじゃねぇか?書かねぇけど。


「うーん……よくわからないけど、昨日もパパとお稽古したから、アルカの魔法陣の事はパパの方がよく分かってるんじゃないの?」


 おっしゃる通りです。ちゃんと毎日手合わせしているから、アルカの実力は把握しています。そして、アルカはグングンその力を伸ばしております。


 いやー、まじでメフィストってすげぇわ。上級魔法トリプルなら単体、中級魔法ダブル以下なら複数の魔法陣をノータイムで組成出来るようになったからな。

 まだ試してないけど、そろそろ基本属性の最上級魔法クアドラプルくらいなら撃てるんじゃないか?身体強化バーストは相変わらず、中級ダブルより上はできないみたいだけどな。


 なんか、別に慢心王になっても問題ない気がしてきた。そこら辺の魔物じゃ、例えアルカが油断してたって、もう足元にも及ばないだろ。アルカが傷つく可能性がないなら、今のままでいいか?


 いやいや、やはり慢心は良くない。戦う時に相手を見下すような人にはなって欲しくないからな。


 俺はわざとらしく咳払いをすると、アルカの方に向き直る。


「そういえば、近々魔族の闘技大会があるんだが、アルカも出てみないか?」


「闘技大会?」


 アルカがパンにジャムを塗りたくっていた手を止めて、俺の方を見つめた。


「魔族達の……そうだな、力比べってところかな?アルカもお父さんと訓練してきてだいぶ強くなっただろ?」


「へー……力比べかぁ……」


 おっ、アルカの瞳がキラキラと輝いていやがる。これは好感触だな。


「それに闘技大会にはいろんな魔族が出るからな。中には手強い相手もいるかもだぞ?」


「手強い相手っ!?」


 なんかめちゃくちゃ食いついてきたんだけど。どこぞの戦闘民族か、この子は。


「出る!アルカも闘技大会に出たい!」


「お、おう、そうか。なら、闘技大会までお父さんと修行だな!」


「やったー!!」


 アルカは嬉しそうにパンを頬張った。……戦いに代わる楽しい事を見つけてやらないとまずいかもしれない。このままだとアルカがバトルジャンキーになってしまう。


 ま、まぁ、この闘技大会で色々教わることになるだろうから大丈夫だろ!今は闘技大会までの間、のほほ〜んとアルカに修行をつければいいな。


 あの後、すぐにアーティクルで起きている事をフェルに報告しに行ったら「ご苦労様!何かあったら声かけるから、闘技大会まではゆっくり身体を休めていてよ!」って、あっさり休暇を申しつけられたんだよ。

 またなんか面倒臭そうな依頼が来ると思ったのに、結構な肩透かしを食らったな。


 そんなこんなで久々に休みをいただき、アルカと何をしようか考えていると、アルカがセリスに笑顔を向ける。


「ママも闘技大会出るの?」


「…………」


「ママ?」


「えっ?あっ、はい。このイチゴジャムは美味しいですね」


 慌てて答えたセリスに、俺とアルカは顔を見合わせた。イチゴジャムの話はしてないし、そもそもお前がパンに塗っているのはマスタードだぞ?


 なんかアーティクルの街から帰ってきてからというもの、セリスの様子がすこぶるおかしい。心ここに在らずというか、しょっちゅうぼーっとしていて、今みたいに会話をろくに聞いていない。


 考えられる原因は、フローラさんだよな。


 なんか二人で話してたみたいだし。フローラさんがセリスに何かしら言った可能性が高いんだけど……。

 そもそも、フローラさんとは全然親しくないから、俺の事で知っていることなんて、たかが知れてんだよなぁ。

 そうなると、フローラさんが余計な事を言ったっていう線は薄くなるんだけど。なら、原因はなんだって話になる。


 俺はコーンスープに口をつけながら、前に座っているセリスを観察した。


 焦点の合わない目でひたすらパンを口に運んでいる。お前、辛いの苦手じゃなかったか?シャレになってない量のマスタードだぞ?

 それでもセリスはノーリアクションでパンを食べていた。


 こりゃ、だいぶ重症だぞ。

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