第97話 大人の店に行くときは自分に言い訳してしまう

 しばらく夢中になってアルカと戦っていると、不意に強大な気配を感じ、そちらに目を向ける。そこには笑みを携えた残虐の魔王の姿があった。


「やぁ、二人とも朝から精が出るね。とは言っても、もう昼かな?」


「ルシフェル様、こんにちは!」


「おう」


 俺達は稽古を一旦中止し、フェルの近くに寄る。


「その様子を見る限り、アルカも闘技大会に出るのかな?」


「そうだよー!アルカは強い人達と戦いたいんだー!」


「いい気構えだね。流石は次期魔王様だよ」


「えっへへー!」


 おい、勝手に人の娘を魔王にすんな。もし無理矢理にでもそうするつもりなら、この魔王軍指揮官を倒してからにしろ。


「魔王候補は他を当たってくれ。で?一体何の用だよ?」


「あっ、うん。今日はクロじゃなくてセリスに用があったんだ」


「セリスに?」


 こりゃ、珍しいこともあったもんだ。こいつがここに来るのは俺に無理難題を押し付ける時か、アルカと遊ぶ時だけだっつーのに。


「私に何かご用ですか?」


「おわっ!セリスいたのかよ!」


「はい。お昼ご飯の用意ができましたので、それをお伝えに」


 っと、もうそんな時間か。いやそれよりも。

 俺はセリスの少し後ろにいるフレデリカに目を向けた。……なんか心なしか怒っているような。


「あっ、フレデリカもいたんだ!二人とも相変わらず綺麗だねー」


 歯の浮くようなセリフもフェルが言えば絵になる。だが、相手に響くかどうかはまた別のお話。セリスもフレデリカも少しだけ肩を竦めただけだった。もう少しリアクションがあんだろ。ほら、フェルも若干顔を引きつらせてんぞ。


「えっと……セ、セリスにお使いを頼もうと思ってね!はい!」


「……書状ですか」


 セリスはフェルから書状を預かると、すぐに空間魔法に収納した。


「私に渡したという事は……」


「そう!リーガル宛だよ!お昼ご飯を食べた後でいいから行ってきてくれないかな?」


「わかりました。それではクロ様、アルカ、お昼ご飯にしましょう」


 セリスは用件だけ聞くと、さっさと小屋の中へと戻っていく。あれー?なんかあんまり態度が変わっていないような気が……むしろ悪化してる?


「おい、フレデリカ……」


「私は何も聞いてないし、何も知らないわ」


 明らかにイラついている様子。こりゃ本格的に只事じゃねぇぞ。

 

「フローラルツリーに戻るわね」


「えっ?」


 フレデリカは不機嫌そうに俺に背を向けると、小さい声で呟く。


「クロ……あなたは悪くないわ。悪いのはこんな運命を背負わせた誰かさんよ」


 それだけ告げると、フレデリカはやるせない表情で転移していった。残された俺の頭には疑問符しか浮かばん。


「……午後は暇だから、僕がアルカの稽古をつけてあげてもいいけど?」


 フェルが澄まし顔を向けてくる。俺がチラリと目を向けると、憎たらしいくらい晴れやかな笑みを浮かべた。くそが。


 はぁ……やっぱそうなりますよね。



 昼食を終えて、後片付けを済ませたセリスについて行く形で、俺はチャーミルへとやってきた。


「……使いを頼まれたのは私ですが?」


 隣を歩くセリスが素っ気ない口調で告げる。いやーそうなんだけどさ。中々看過できないような態度してるでしょ、君。今も何とも言えない距離を置いて歩いてるし。


「チャーミルは視察対象じゃないけど、魔王軍指揮官として街の様子を見ておかないといけないからな」


「あなたがそんな殊勝なことを考えるわけありません」


 すっぱり切られた。その通りなんだけど、ここまではっきり言われると傷つく。


「あー……あれだ。お前が心配なんだよ」


 どうせ隠してもこいつにはバレるんだ。正面から聞いた方がいいだろ。その証拠に、心配だって言っても驚いた様子はないし。


「アルカもフェルもフレデリカも、セリスの様子がおかしいって思ってるんだぞ?」


「そうですか……それは申し訳無いことをしました」


 言葉だけの謝罪。心なんて全然こもっちゃない。これは少しぐらい本音をぶつけないと効果ねぇか?


「なぁ、セリス。俺はお前のことを信頼しているし、大事な秘書だと思ってる」


「っ!?」


「そんな俺を、セリスは信用してくれないのか?悩みを打ち明ける相手として相応しくないか?」


「そん、なことは……!!」


 セリスが血が滲むほど自分の唇を噛み締める。それでも自分の心の中にあるものを話そうとはしない。

 何がこいつをそこまでさせるのだろう。俺はその原因を突き止め、こいつを救ってやりたい。


「……クロ様はここで待っていてください」


 気がつけばリーガルの屋敷に辿り着いていた。俺は肩を竦めながらも素直に頷く。そんな俺に、セリスは悲痛な表情を向けた。


「もう少し、もう少しだけ待ってください。今はまだ……覚悟が足りませんので」


「……わーったよ。お前の気が済むまで待ってやるよ」


「……ありがとうございます」


 セリスは心の底から申し訳なさそうに頭を下げると、そのまま屋敷へと入っていった。


 うん、話す約束もしてくれたし、少しは状況が好転したかな?


 それにしても、リーガルとの話が終わるまで待ってなきゃいけないんだよな。暇だ。かと言ってあの狸爺さんの所になんて絶対行きたくない。


 結構、時間かかるだろうなぁ……この街の奴らが向けてくる目は尋常じゃないから、あんまり街をウロウロしたくないんだけど。

 つっても、ここにいたら門番の兄ちゃんにめっちゃ睨まれるんだよな。


 とりあえず、街の方に行ってみるか。それも、なるべく人の少なそうな方に。


 待てよ?セリスがいない間に、チャーミルの店のサービスを視察しておいた方がいいか?悪質なものだったり、過度なサービスが提供されていたら大問題だもんな、うん!ここは指揮官として、しっかりチェックせざるを得ない!一軒とは言わず、何軒も体験してみないといけないな、これ!まったく指揮官も大変だぞ、これ!


 鼻息荒く歩いていると、不意に俺の直感が反応する。

 目を向けた先にあるのは、薄汚れた建物の入り口。人の目はおろか周りに人の気配しかない。何の変哲も無いくせに、異様な存在感を示してやがる。


 誘われてんのか?


 少し悩んだ俺だったが、その薄気味悪い建物の中に入っていった。



 セリスが屋敷から戻ってきたのは夕方になってからだった。正直、マジで待った。人はやることなさ過ぎると、生きている意味について考えるんだな。


「大変お待たせしまし……た?」


 セリスが少し呆けたような顔で俺を見てきた。なんだよ、俺の顔になんかついてるか?まさか、俺のイケメンフェイスに見惚れちまったか?うるせぇよ。


「どうした?」


「……いえ、なんでもありません」


 セリスが俺から目をそらす。ん?その反応気になるぞ?


「アルカも待っていることでしょうし、早く戻りましょう」


「お、おう」


 俺が何かを聞こうとする前に、セリスは早口でまくしたてると、さっさと転移の魔法陣を組成した。

 この感じ、さてはあの爺さんになんか言われたみたいだな。まぁ、話せるようになるまで待つって約束したんだ。気長に待つことにしよう。


 中庭に戻ってきた俺は早速小屋へと足を進める。大分時間が経っちまったからな、フェルとの稽古を終わらせて、小屋の中で一人待ちくたびれているだろうよ。


 扉を開くと予想通りこちらに駆けてくる音が聞こえた。


「おかえりなさい!パ……」


 あれ?両手を広げて待っているのに、いつまでたっても天使が舞い降りてこないぞ?

 俺が目を向けると、アルカは不思議そうな顔で俺とセリスのことを見つめていた。そして、その場で反転すると、何も言わずに自分の部屋へと戻っていく。


 えっ?どういうこと?なんで飛び込んでこないの?なんで何も言わないの?


 これってまさか……。


 俺がセリスに目を向けると、セリスは肩を竦めながら首を左右に振った。


 俺の天使が反抗期を迎えてしまったようです。

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