第45話 恐怖政治はなんだかんだで有効

 俺は目の前で列を作って並んでいるオーク達を睨みつけた。人数は百人ほど。誰一人として整列させられている理由がわからない様子。


「これで働いているやつ全員か?」


「はい……全員が牛舎にいましたので」


 タバニが額の汗をぬぐいながら答えた。働いているやつ全員……つーことは全員牛舎でだべってたってことかよ。ますますもって気に入らねぇ。


「俺は魔王軍指揮官のクロだ」


 俺は厳かな口調で名乗りをあげる。驚いたそぶりが無いところを見ると、指揮官が来ることは全員知っているようだった。俺が来る事を承知であの態度だったってことか。ほほう?


「知っての通り、今回俺は視察としてこの場所に来ている。その意味がわかるか?」


 俺の問いかけに何人かのオークが微妙な表情で頷き応える。あとのオーク達は未だに困惑しているようにキョロキョロと周りを見回していた。


「お前らの仕事振りを見に来たって事だよ」


 オーク達がビクッと身体を震わせる。その反応……少しは自分達の勤務態度に自覚はあるわけだな。俺はそんなオーク達の顔を一人一人睨みつけていった。


「まだ視察を初めて三十分ほどだと言うのに、お前らの怠慢さは目に余る。休憩時間だかなんだか知らないが、一箇所に集まって全員でだらだらしやがって……仲良くお昼寝じゃねぇんだよ。動物のために身を粉にして働きやがれ。今のお前らがここにいる価値なんてほとんどねぇよ。ゴブリン達を派遣して世話させた方がよっぽどましだっつーの」


 ましって言うかそっちの方がいいんじゃねぇか? それなりの期間一緒に農作業したから、あいつらの真面目さとひたむきさは十分知っている。とは言え、あいつらにはあいつらの仕事があるか……やっぱりこいつらをどうにかするほかねぇな。

 俺の言葉に多くのオーク達が顔を顰める。おいおいおい……そんな顔する権利あると思ってんのか? 愛くるしい動物達をほったらかしにしてグータラしていた君達が。

 俺はそんな粘りつくようなオーク達の視線を完全に無視して話を続ける。


「今日から俺がこの手でお前らを矯正してやる。地獄を見ることになるだろうから、覚悟しておけよ」


 しんっと場が静まり返った。怪訝な表情を浮かべて俺の話を聞いていたオーク達からは、今は敵意しか感じられない。自分達の職場楽園が得体のしれない奴に踏み荒らされそうになってるのが気に食わんらしい。だったら、その楽園とやらを完膚なきまでにぶち壊してやるよ。虐げられている動物達を救えるのは俺しかいない。


「…………ふざけんなよ」


 オーク達の中からぽつりと声が聞こえる。まぁ、そうなるわな。俺はどうでもよさそうに、眉を吊り上げて前に出て来たオーク達を見た。五人か、思ったよりも少なかったな。二十人くらいは反発してくると思ったが……俺の想像以上にオーク達は面倒臭がり屋らしい。


「……なんか文句あるのか?」


「あるに決まってるだろ。俺達はこれまでだってこのスタンスでやってきたんだ。それで問題になったことなんか一度もない」


「なのにわけのわからない奴がいきなりしゃしゃり出てきて、俺達を矯正するだと……!? 調子に乗ってんじゃねぇ!!」


 おー吠える吠える。威勢がいいやつは嫌いじゃねぇぞ。


「そもそも人間とかいう群れなきゃなにもできないクズが、一人で粋がってんじゃねぇぞ!」


「袋にされたくなかったら、さっさとここから失せろ!」


 あー……いけませんねぇ。人間の恐ろしさをわかっていないと、お前らすぐに戦場で死ぬことになるぞ。これは魔王軍指揮官として教育を施さなければなるまい。

 俺はちらりとセリスに視線を向ける。セリスは心配そうな表情を浮かべながら、俺といきり立つオーク達を交互に見ていた。どちらを心配しているかなんて聞くまでもない。


「……俺は魔王軍の指揮官だぞ?」


 俺が最後通達を突きつける。これで引かなきゃ知ったこっちゃない。


「だからどうした!? そんなの関係ねぇ!!」


「ビビらせようと思ってんなら無駄だぞ!」


 まったく……俺がビビらせるために言ったと思うか? 魔王軍の指揮官になる男が普通の人間なわけないだろ。バカが。


 俺は一瞬で最上級クアドラプル身体強化バーストを発動すると同時に、転移魔法で五人の懐に入り込む。そのままあほ面引っ提げて立ち尽くしているバカ五人を容赦なく蹴り飛ばした。


「口ほどにもねぇ奴らだな。偉そうに吠えるんなら、もう少し根性見せろっつーんだよ」


 遠く離れたところでピクピクと痙攣けいれんしているオーク達を見て、俺はつまらなさそうに吐き捨てる。再び静まり返るオーク達。俺は何事もなかったかのように転移魔法で元の場所まで戻った。背後に顔を向けると、タバニは口をあんぐりと開けたまま固まっており、セリスは頭に手を添え左右に首を振っていた。


「……やり過ぎです」


「そんなことねぇだろ。ちゃんと手加減した」


 俺は蹴り飛ばしたオーク達を指差す。全員もれなく白目は剥いているが、ちゃんと生きてんじゃねぇか。それどころか、脂肪の厚そうな腹を蹴ったから大したダメージを受けてないっての。

 セリスは俺の顔を見ながら盛大にため息を吐いた。


「まぁ、魔王軍指揮官に逆らったツケなので致し方ないことですが……それにしても、らしくないんじゃないですか?」


 俺はセリスの視線から逃れるように顔を背ける。俺だってこんな恐怖で縛るなんて真似したくねぇよ。でも、こいつらを変えるには三日しかないんだ。正直、やり方に拘っている時間なんてない。誰だよ三日視察に期限を設けた奴! マジで後先考えてねぇよ! あっ、俺か。くそが!


「他に文句のある奴はいるか?」


 俺が静かに言うと、全員が背筋をピンっと伸ばし必至に首を左右に振る。うんうん、やっとわかってくれたみたいだな。


「よし、じゃあこれから俺が動物達との接し方を懇切丁寧に教えてやる」


「「「「…………」」」」


「……返事は?」


「「「「は、はひぃ!!!!」」」」


 俺の底冷えするような声にオーク達がピシッと敬礼で返した。俺は満足気にうむ、と一つ頷くと、セリスの方へ向き直る。


「今日はもう帰っていいぞ。あと明日もセリスは休み。アルカと一緒にいてくれ」


「えっ……ですが」


「これは指揮官としての命令だ」


 俺は有無を言わせぬ口調で言い切った。セリスは不承不承といった感じで頷き、そのまま転移魔法で城へと帰っていく。よしよし。これからこいつらを調教しなきゃいけないんだ、セリスの目には少々刺激が強すぎるだろう。


「さて、と。邪魔者もいなくなったところで早速行くぞ。お前らついてこい! そこで寝転がってサボってる奴らも引きずってこいよ!」


「「「「はい……」」」」


「声が小さい!!!」


「「「「はいっ!!!」」」」


 オーク達は慌てて俺が蹴り飛ばした奴らを肩に背負い始めた。こういうやり方は好きじゃねぇんだけどな、もうやるって決めたんだ。こうなったら徹底的にこいつらをしごきぬいてやる!


✳︎


「はぁ……」


「ママ? どうしたの?」


「えっ? あっ……なんでもないですよ」


 自分のため息に敏感に反応したアルカにセリスは笑顔を向ける。

 二人が今歩いているのはアイアンブラッドの街。突然休みを言いつけられたセリスは、アルカの希望で一緒にボーウィッドを訪ねに来ていた。


 相変わらず他の種族などほとんどおらず、街中を歩いているだけでアルカとセリスはかなり目立った。だが、よほどセリスと一緒にいられるのが嬉しいのだろう、そんなことは御構い無しにアルカは鼻歌を歌いながら、腕をルンルンと振っている。そんなアルカをセリスが微笑ましく見つめていた。


「今日はねー、ボーおじさんが工場を案内してくれるんだ!」


「そうなんですか。それは楽しみですね」


 嬉しそうに報告してきたアルカにセリスは笑顔で答えた。転移魔法を覚えてからというもの、アルカはしょっちゅうアイアンブラッドの街に遊びにきているようだった。その証拠に、道行くデュラハンがアルカを見ると何も言わずに手を振っており、アルカも元気に応えていた。


「アルカはこの街で人気者なんですね」


「うん! みんなあまり喋らないけど、アルカに優しくしてくれる人達ばっかなんだー!」


「それは良かったですね」


 それを聞いても特に驚くことはない。デュラハンは他種族と関わりたくない種族だと勝手に思い込んでいた以前の自分であれば、決してそんなことはなかっただろう。自分の心境の変化にセリスは思わず苦笑いを浮かべた。


「それでね! みんなパパに感謝してるんだ! だから、みんなが優しくしてくれるのはパパのおかげなんだよ!」


「……そうですか」


 突風のように現れ、デュラハン達の常識をぶち壊していったクロ。今ではボーウィッドの工場だけでなく、他の工場でも食事処が作られているらしい。


 全くもって変わった人だ。

 常軌を逸した魔法陣の腕前を持ちながら、それを鼻にかけたりはしない。

 敵の種族であるはずの魔族のために無茶も平気でしてしまう。

 いつもやる気のない顔をしているくせに、時折全力で何かに打ち込もうとする。

 

 その姿は……なんというかカッコ良かった。


 それでも……。


「やっぱり気になりますね……」


 今日もクロは朝早くから一人でオーク達の所に行っている。昨日の夜、真夜中過ぎに帰ってきたクロにどんな様子なのか尋ねたら、全く問題ない、と言っていた。その言葉を鵜呑みにするのであれば何も心配することはないのだが、セリスはその時のクロの不敵な笑みがずっと頭に引っかかっていた。


「……面倒事を起こさなければいいのですが」


 セリスはアルカに気づかれないように小さく息を吐くと、アルカと共にボーウィッドの工場兼自宅へと歩いて行った。

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