第44話 契約の内容はよく確認すること
四角い魔法陣を覚えたゴブリン達の成長は目覚ましいものだった。俺達が教えたのは霧のような水を撒く水属性魔法、土を耕す地属性魔法、雑草を刈り取る風属性魔法、そして移動の時間を短縮するための転移魔法の四つ。
最後の転移魔法に関しては他の三つに比べられないほど難しいもんでかなり苦労したけど、あいつらの勤勉さと俺達の熱心な指導の甲斐もあって、なんとか青空教室に参加したゴブリン達は全員習得することができたんだ。
ゴブリン達に魔法陣を教えてから三日、俺は倉庫の影からゴブリン達の様子を観察している。段違いの成長を遂げたゴブリン達の作業のスピードは、今までが嘘のように上がっていた。まぁ、当然だろうな。俺達が魔法陣を教えたのは三十人ぐらいなんだけど、それでも十分すぎる数だろ。それだけいれば俺一人が魔法を使ってやるのと同じくらいの時間で畑仕事を終えることができるはずだ。
まぁ、今は畑仕事をやるゴブリンとまだ魔法陣を習得していない奴に教えるゴブリンと半々に別れてはいるが、それはそれで魔法が使える奴が増えるので、作業のスピードはもっと上がることになる。
ということで、ベジタブルタウンにおける俺の仕事は終わりってことだな。
「……やっぱり行ってしまうんでやんすね」
突然後ろから声をかけられても別に俺は驚かない。少し前からそこにいるのは気配で察していたからな。
俺が振り返るとガリガリゴブリンのゴブ郎と、太っちょゴブリンのゴブ衛門が遠慮がちに俺の様子を窺っていた。……二人だけか。
「ゴブ太監督はこないよー。クロ吉がいなくなって清々するって言ってたけど、本音は寂しがるところを見せたくないんだろうねー」
俺の視線が何かを探すよう左右に動いた事に気がついたのか、ゴブ衛門が肩を竦めながら教えてくれた。はっ……口うるさい癖に愛嬌のあるあいつらしい理由だな。
「そっか……まぁ、仕事がきつくて脱走するんだから監督には会わねぇ方がいいかもな。お前らもサボるのはほどほどにしておけよ?」
俺は苦笑いを浮かべながら二人の脇を通り抜ける。そんな俺を二人は黙って見ていた。少し歩いところで、俺はピタッと足を止める。
「……なぁ? お前ら二人と、あとゴブ太は他の街に興味とかないか?」
俺は二人に顔を向けずに問いかけてみた。突飛な質問に二人が戸惑っているのを背中越しに感じる。いきなりそんなこと言われたら困るよな。でも、俺にとっちゃ重要な事なんだよね。
「……ないわけじゃないでやんすけど、そういうのは領主様の許可なしにはできない決まりでやんすからねぇ」
「そうだねー。領主様は監督と違って全然ちょろくない相手だからねぇー」
「そうか……」
やっぱりギーを説得しないうちには話が前には進まないってこったな。せっかくいい人材に巡り合えたってのに。
「あーでもゴブ太はわからないよー?」
「そうでやんすね。ゴブ太はここが結構気に入っているみたいでやんすから」
確かにな。あいつの農場に対する愛情は本物だった。いくらギーの許可があったところで、違う街で店を出してくれって言っても首を縦には振らないかもしれない。
「まーでもー? 指揮官様の頼みなら断れないかもなー」
……はい?
慌てて振り返ると、ゴブ郎もゴブ衛門もニヤニヤと笑いながら俺のことを見ていた。それだけで俺はすべてを悟る。
「ばれてたのか……」
「バレないとでも思っていたでやんすか?」
「うんうんー。クロ吉みたいな捕虜なんか、この世界どこを探してもいないよー?」
なんだと? 完璧に捕虜である自分を演じきっていたはずだが……? とはいっても、農業生活二日目ぐらいから捕虜っていう設定を忘れてた気がするけど。
「人間が魔王軍の指揮官になったって話は有名でやんすからねぇ……でも、多分気がついているのは拙者とゴブ衛門くらいでやんすよ?」
「他のゴブリンはおっとりしているからねぇー」
お前に言われたらおしまいだな。まぁ、こいつがおっとりしているのは話し方だけで、意外と抜け目のないやつか。
「ゴブ太は……って聞くだけ愚問だな」
「そうでやんす。ゴブ太は基本あほでやんすから」
「気がついていたらクロ吉とは呼べないだろうなー」
あー、確かにあいつは弱い奴には強気で出て、強い奴にはへこへこしするタイプだな。……でも、弱い奴に強気に出ても高が知れてるから憎めねぇんだよ。
「まっ、そういうわけだからさ。もしかしたらまた顔出すかもしれねぇわ」
「拙者達はダラダラ仕事していると思うから、またいつでも来るでやんすよ」
「その時はなんか美味しいもの持ってきてねぇー」
こいつら……俺を魔王軍指揮官って知っておきながらこんな態度だからなぁ。だから、気に入っちまったのかもしれねぇけど。
俺は二人に背を向け、セリスと待ち合わせをしているベジタブルタウンの入り口へと向かう。さて、と。やるべきことはやりきった。ちゃんとあの野郎から課されたゴブリン達の抱える問題も解決してやったわ。首を洗って待っていろよギー。絶対あの三バカはアイアンブラッドで酒場を経営してもらうからな!
*
俺達は執事のトロールに連れられ再びギーの部屋に訪れた。
「あー戻ったか。どうだった?指揮官さんよ」
相変わらず似合わない部屋で、ギーが自分の仕事を進めながら尋ねてくる。
「ゴブリン達に魔法陣を教えることによって仕事の効率を段違いに上げた。これで少ない人員でも、今まで以上の成果が見込めるはずだ」
「ん? ゴブリン達が魔法を使えるようにしてくれたのか?」
「あぁ。そうでもしないと、一生問題を解決できそうになかったからな」
「そうか、そいつはよかった。ご苦労さん」
おっ、これは中々いい感触な気がする。人手不足もなくなったってことでこのまま引き抜きの話に持っていきたいところなんだけど……後ろにセリスがいるんだよなぁ。酒場の件を知られたらどうせ小言を言ってくるだろうから極力バレたくないんだけど、どうすっかなー。
「じゃあ、次はミートタウンの方をよろしく」
「…………はっ?」
セリスをどう出し抜くかで悩んでいた俺はギーに言われた事が一瞬理解できなかった。呆気にとられた顔でギーに目をやると、奴は小馬鹿にするように息を吐く。
「何驚いてるんだ? まずはベジタブルタウンに行ってくれって言っただろ? 『まずは』って。そこが終われば当然次の場所だ」
……そういえばそう言ってた気がする。いやいや、だとしてもありえないだろ。ゴブリンで結構時間を使っちまったんだ。これ以上付き合ってられるか。
「生憎だが俺にも仕事が」
「俺達が治める街の視察が仕事なんじゃないのか? なら他の場所も見て回るのが筋だろ」
うわ、正論すぎて腹立つ。俺は後ろにいるセリスに目を向けると、セリスはさも当然のような顔をしていた。こっちも腹立つ。
「まぁ、ミートタウンは別に問題を抱えているわけじゃないから、何日か様子を見てくれればそれでいい」
「……三日間だけだぞ?」
俺が顰めっ面で指を三本立てると、ギーは満足そうに頷いた。
「今回は指揮官が来るってあらかじめ報告しておくから」
「いいのか?」
「あぁ。ゴブリンの時は特別だ。あそこの監督役は権力者に弱いからな。本来の姿が見れないと思って、あえて隠してもらったんだ」
流石は領主様。ゴブ太のことをよくわかっていらっしゃる。
「じゃあ視察の方よろしく」
ギーは机の書類に視線を戻しながら適当に手を振った。ったく……本当に食えない野郎だな。
✳︎
なんとなくギーの手の平の上で踊らされているような気がして気に入らないが、仕事は仕事だ。さっさとミートタウンの視察を終わらせてギーにヘッドハンティングする許可をもらうことにしよう。
セリスの転移魔法でやって来たミートタウンはベジタブルタウンと同じくらいに広大で、見渡す限り牧場だった。牧舎らしき建物以外は本当に何もない場所。そして何より臭い。マジで家畜臭い。
ゴブリンの時とは違い、三日間という短い期間だけだ。この黒コートに家畜の臭いが染み込む前に視察を切り上げちまおう。
セリスと二人でしばらくミートタウンを歩いていると、柵で囲まれた放牧地で飼われている羊を見つけた。
はー……羊毛でできた服とか羊肉は食ったことがあるけど、生で羊を見たのはこれが初めてだな。意外と愛らしい姿をしてんのな。結構な数がいるなぁ……って、なんか全員汚くねぇか? 羊って基本的に白い生き物なんじゃねぇの? こいつらどっちかっていうと黒に近い灰色だぞ。
「……なんか大分汚くない?」
「そうですね……私は畜産を知らないのでなんともいえませんが、こういった動物は洗わないのでしょうか?」
うーん……俺も詳しくないからなぁ……。でも、なんとなく洗ったり毛をといてやったりした方がいい気がするんだよね。素人考えであれなんだけど。
「指揮官様とセリス様。こんな所までわざわざご苦労様です」
そんな事を考えていたら突然背後から声をかけられる。俺とセリスが振り返ると、普通の服を着た少し毛の薄いイノシシが二足歩行していた。だが、イノシシには見えない。なぜなら毛の色が青色だからだ。
「俺はここの牧場を取り仕切ってます、オークのタバニって言います」
あーこれがオークか。学校の授業で聞いたことがあるな……確かゴブリンを使って人間の女を
とりあえず目の前に立つオークを観察してみる。なんていうかそんな雰囲気は一切ない。気だるそうなオーラ全開で、何に対しても興味がなさそうな表情。女を攫うくらいなら家で寝ていたいって感じだ。
つーか、こいつそもそも女に興味あんのか? セリスの方を全然見てねぇぞ。こいつは性格は終わっているが、見た目と胸は一級品だぞ? 性格は本当に壊滅的に破壊的で絶望的だが。
「……何か失礼な事を考えていませんか?」
「ソンナコトナイデス」
そして、怖い。魔王なんかよりずっと。
「領主様から話は聞いています。俺達の仕事っぷりを視察しに来たんですよね」
「あ、あぁ」
「そ、その通りです」
あまりに覇気が感じられない口調に、俺もセリスも戸惑いながら頷いた。だが、当の本人はまったく気にしていない様子。
「じゃあ仕事場まで案内します」
そう言うとタバニはのっそりと歩き始めた。俺達はその後に黙ってついていく。うーん……大分イメージと違うな。ゴブリンの時は大体想像通りだったんだが、オークってこんな感じなのか? いやいや、多分タバニのやつが特別なんだろう、うん。
俺達が案内されたのは何の変哲もない牛舎。沢山の牛が仕切られた小部屋で飼育されている場所なのだが、そこに足を踏み入れた俺達二人は目の前に広がる光景に唖然とする。
ここには牛にも負けないほどの沢山のオークがいた。うん、いるだけだ。別に世話をしているわけではない。それどころかそいつら全員、藁をベッドにダラダラと寝転がっていやがる。こいつら……凛々しい豚みたいな面してるから、どっちが家畜だがわかんねぇっつーの。
「えーっと……なにこれ?」
「やる事がないので今は休憩時間です」
特に悪びれる様子もなくタバニが告げる。そうかそうかそうか、休憩時間かーそれならしょうがないのかなー? なわけねぇだろ。
「……タバニ、1日のスケジュールを言ってみろ」
俺が硬い口調で言うと、タバニは頭をぼりぼりかきながら、蜘蛛の巣が張り巡らされている脳の引き出しをのんびり開け始めた。
「えー……朝はニワトリから卵を回収しますね。それから……牛の乳を絞って……羊から毛を刈る。その後、餌を与えています」
「ふむふむ……それで?」
なんだ、朝から結構な仕事をしてるじゃねぇか。ってことは、あれか。こいつらは仕事が出来すぎるから、時間を持て余してるってわけか。
「以上です」
「へ?」
「以上です」
思わず変な声が出ちまった。朝の仕事メニューを話したら、それ以上は面倒くさくなったかこいつ?
「おいおい……まだ昼以降の話は聞いてねぇぞ?」
「話しました」
「ほへ?」
「先ほど言ったのが一日のスケジュールです」
…………なるほどーそーいうことかー。
「今すぐ全員を外に集めろ」
「はっ?」
「今すぐだ」
「は、はい!」
ぼけっとした表情で俺を見ていたタバニも、射殺すように睨みつけると慌てて他のオークに声をかけにいった。俺はそれを一瞥し、さっさと牛舎から出て行く。
「ク、クロ様?」
セリスが困惑した様子で俺の後を追ってきた。だが、俺はなにも言わない。なぜなら今猛烈な怒りを感じているからだ。
牛舎をちらっと観察したが、糞の始末もろくにしてねぇじゃねぇか。水だって変えてないだろうし、餌だって適当にその辺にばらまいているだけだ。家畜だからってこんな扱いしやがって……絶対許さねぇ。
俺はなぁ!! 動物が大好きなんだよ!!
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