第39話 三人寄れば怖いものなし
あのさぁ……はっきり言って舐めてたわ。畑仕事舐めてた。
ゴブ太が使っている鍬とか鋤とかがさ、デュラハン印だったからついテンション上がって全力で耕してたんだけど、三十分で力尽きた。
振り上げては振り下ろし、振り上げては振り下ろしを繰り返してたらまず腕が死にました。続いて肩と腰、最後に全身。こんなに身体全体を使ってやるもんだとは思ってなかったわ……そういや村にいた畑のおっちゃんもやたらマッチョだったな。こんなん毎日やっていたらそりゃムキムキにもなるわ。
これだけの全身運動ならダイエットに最適だよ、なぁセリス? と、頭の中で考えていただけのはずなのに、なぜか遠くから岩の塊が飛んできた。……あいつ、日に日に俺の考えを読むのが上達していやがる。
そんなこんなでヘロヘロバテバテな俺のもとにやって来たゴブ太が、午前中の成果を見て鼻で笑った。
「やっぱり人間なんてこの程度だな! 人手が足りないっていうのに、こんなんじゃいてもいなくても変わらないだろ!」
「ハァハァ……うるせぇな……」
「口の利き方!! オイラは監督だぞ!!」
「
「心の声……」
ゴブ太はシュンと肩を落としたが、顔をブンブンと横に振り、気を取り直して俺を睨みつけた。
「おい! クロムウェル!! お前みたいな人間にも餌を用意してやったぞ!! ありがたく思え!!」
えっまじ? ご飯くれるの? めっちゃ腹減ってたんだよなー。
「さぁ、ゴブ太監督! さっさと行きましょう!」
「……お前めちゃくちゃ現金な奴だな」
ゴブ太がジト目でこちらを見てくるが、俺には関係ない。料理が美味いと噂の魔人族が作る飯が食えるんだ、楽しみじゃないわけないだろ。
食事場はベジタブルタウンで一番大きな倉庫だった。いや、俺が勝手に倉庫だと思っていたところは住み込みで働くゴブリンの寮だったようだ。
俺が食事場に入ると一斉に視線が集まる。……あれだな、デュラハンの視線が集まったときは思わずたじろいだけどこいつらの視線が集まっても別に何とも思わん。むしろ見てんじゃねぇよ、ってメンチ切りたくなるから不思議。
俺を見るゴブリンたちは様々だった。敵意を向けてくる者、怖がっている者、中には物珍しそうに見てくるやつもいた。
俺がゴブリンたちを観察していると、俺を案内したゴブ太は正面に置いてある大きな鍋まで走って行く。そして、鍋の前に立つと、腕を組みながら全員を睨みつけた。
「お前ら!わかっているだろうな!?おいらの名前を正確に言えたやつから順に、おいら特製のシチューをよそっていくからな!」
作ったのお前かよ。楽しみだったのになんかすげー不安になってきた。つーか、名前を言えたやつからってなんだよ。
ゴブリンたちが一斉に列をなした。仕方がないから俺も皿とスプーンを机からとって、それに加わる。
「オルルディオールメルランディル監督、ください!!」
「ぶぶー!ルが一つ足らない!つぎぃ!!」
「アルルディルメルランディー監督、ください!」
「全然ダメ!!つぎぃ!!」
おいおい……全然名前言えてねぇじゃねぇか。この雰囲気から察するにこれって毎日やっているんだろ?流石に覚えろよゴブリンども。
最初の方は口で言っていたゴブ太も、スピード重視に切り替えたのか、首を素早く左右に振るだけで不合格を言い渡す。ちなみに今のところ合格者はゼロ。
「オルルディオーランディル監督、ください!!」
「ディオールマルランディル監督、ください!!」
「オルルディオールランプティー監督、ください!!」
「おい、ゴブ太。よこせよ」
「ゴブ太監督、くれでやんす」
「ゴブ太監督、シチュー欲しいんだな~」
「はいストーップ!!!明らかに途中からおかしくなったよね!?誰かのせいでみんなつられちゃってるよね!?」
おいおい誰だよ団体行動を乱す奴は……勘弁してくれよ。俺は早くシチューが食いたいんだよ。
「なんで呆れ顔でキョロキョロしてんだよ!お前だよ!クロムウェル!!」
ゴブ太に指をさされ、きょとん顔の俺。全然意味が分からないんだが。
「オイラはゴブ太じゃないって言っているだろ!そして後ろの奴も何普通にゴブ太って呼んでんだよ!!」
俺は後ろにいたゴブリン達と顔を見合わせ、三人同時に肩を竦める。
「とにかく!お前ら全然おいらの名前言えないじゃないか!!今日は全員ご飯抜き!!」
「「「えー!!」」」
俺を含めたゴブリンたちが悲痛な叫びをあげた。だが、ゴブ太は不機嫌そうに顔を背けるだけ。
「横暴でやんす!!」
さっき俺と一緒にゴブ太って呼んだ、痩せほそっているゴブリンが抗議する。もう一人の太ったゴブリンも怒りの声を上げた。
「横暴なんだな~!!」
「そうだそうだ!!」
それに乗っかる形で他のゴブリンたちも怒声を上げ始める。食事場は一瞬にして反発デモの現場に様変わりした。
「横暴!横暴!」
「横暴!横暴!」
「なんと言われようと、ダメなもんはダメなんだ!!」
ゴブ太は鍋の前で仁王立ちを決めこむ。それを見たゴブリンデモ隊達のボルテージが更にヒートアップしていった。
「横暴!横暴!」
「横暴!横暴!」
「横暴!横暴!」
「寸胴!狭量!バカ!マヌケ!アホ!」
「横暴!横暴!」
「横暴!横暴!」
「おいぃぃぃぃいいぃぃぃ!!!一人ただの悪口の奴いたぞ!!」
ゴブ太がデブゴブリンとガリゴブリンと肩を組んで叫んでいた俺のことを睨みつける。俺は左右の二人に目配せすると、互いに頷きあいながらゴブ太の方に顔を向けた。
「「「ゴブ太!ゴブ太!」」」
「なんでお前ら息ピッタリなんだよ!!」
ゴブ太……お前中々キレのいいツッコミするじゃねぇか……。俺は言葉には出さないものの、心の中では称賛の拍手をゴブ太に送っていた。
「……なにやっているんですか、あなた達は」
途端に騒がしかった場が静まり返る。全員の視線が、呆れたような顔をしながら、こちらに歩いてくるセリスに集中した。
「セ、セリス様だ……」
「相変わらずお美しい……」
「セリス様の姿が生で見れた俺はもう死んでもいい……」
ところどころでそんな声が聞こえる。おいおい、ゴブリン達の中に眼科に行った方がいい奴らがいるみたいだな。なぁ?お前たち?
俺はなんか流れで肩を組んでいた二人のゴブリンに目をむけた。しかし、二人とも目をハートにしてセリスの姿に魅入っている。まじかよ。
セリスはゆっくりとした足取りでゴブ太の前に歩いていった。
「ゴブ太さん?皆さんにご飯をあげることはできませんか?」
「こ、こればっかりはいくらセリス様の頼みでも……」
おぉ!ゴブ太!ほぼ全員のゴブリンがセリスの魅力(笑)の虜になっているというのに、流石は監督役なだけはあるな!ちょっと見直したぜ!
「それにオイラはゴブ太じゃ……」
「ふふふ……そうでしたね」
セリスが優し気な笑みを浮かべる。
「でも、オルルディルオールメルランディルさん?私はゴブ太さんって呼び名の方が愛嬌があって可愛いと思いますよ?」
「可愛い、ですか?」
ん?なんか流れ変わったぞ?
「はい!親しみがあってとっても素敵です」
「とっても素敵……?」
いやいやゴブ太、早まるな。
ゴブ太はセリスから視線を外すと、きりっとした表情で俺達の方に向き直った。
「おいお前たち!今日からオイラの名前はゴブ太だ!今から名前をしっかり呼んだものに食事を配っていく!!」
ゴブ太、お前もか。
せっかく見る目あると思ったんだが、やはりセリスの猫かぶりにやられたか。あの女の中身はドロドロのヘドロのようになっていて……痛たたたたたた!!!
「クロムウェルさん?早く並ばなくてよろしいんですか?」
いつの間にか微笑を携えたセリス、いやセリスさんが俺の後ろに立っていた。セリスさ……セリス様、俺の背中の肉を指でつねって引き千切ろうとするのはやめてくださいませんか?
「と、とにかく俺達も並ぶぞ!ゴブ郎!ゴブ衛門!」
「「えっ?」」
二人が目をぱちくりさせながら俺を見ているが、構わず引っ張っていく。そして、俺達の番になったとき、三人同時にお皿を出した。
「「「よこせよ、ゴブ太」」」
「だからなんで息ピッタリなんだよ!!」
ゴブ太の叫び声が虚しく食事場に木霊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます