第38話 小さくて偉そうなやつは権力に弱い

 ギーの屋敷を出た俺達はしばし無言で歩く。さりげなくセリスの様子を見るが、その表情からは何も伺い知ることはできない。


 ───俺達の中でも特に人間を憎んでいるあんたが、その人間と行動を共にしなくちゃならないのがな


 ギーの言葉がずっと頭にこびり付いていた。セリスがそれほどまでに人間を憎んでいるだなんて話、本人からもフェルからも聞いたことがない。……でも、もしそれが本当なら俺といるのは辛いんじゃないのか?

 俺は迷いながらも、意を決して口を開く。


「なぁ、セリス……お前……」


 口から出た俺の声はえらく掠れていた。何緊張してんだよ。普段通りに話しかければいいじゃねぇか。


「……なんでしょうか?」


 俺はセリスの顔を見て喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 セリスはどうしようもない事を悟ったかのように、困った顔をしながら笑っている。その声にはいつもの刺々しさは一切感じられず、触れてしまえば壊れてしまう程はかなげなものだった。


 なんだよ、その顔……。


 俺は自分の拳を力いっぱい握りしめる。


「……俺はベジタブルタウンなんか行ったことねぇんだから、お前の転移魔法でさっさと行くぞ」


 聞けるわけねぇじゃねぇか、そんな顔しているやつによ。なんだかんだいつも一緒にいるから、顔見りゃ考えていることなんか大体わかるんだよ。話したくないのも、知られたくないのも。


 俺は目を見開いて驚いているセリスの顔を見たくなくて、不貞腐れながらそっぽを向くと、ずんずん前を歩いて行く。

 セリスはそんな俺の背中に微笑みかけるとこちらに駆け寄った。


「転移魔法で行くなら歩く必要ないですよ?」


「……わーってるよ」


 俺がちらりとセリスの顔に目をやるといつもの表情に戻っていた。それを見て俺は内心ほっと胸をなでおろす。

 ったく……気を遣わせんなよな。


✳︎


 そんなわけでセリスの転移魔法でやってきたベジタブルタウン。初めてここにやってきた俺の感想。


 うん、畑と田んぼだわ。


 まじでそれしかねぇ。時々、倉庫みたいのがあるけどそれだけ。

 なんかよく見ると緑の変な生物が畑仕事?をやっている。村にいた頃は狩りの仕事ばっかり手伝っていたからよくわからん。


「やい!そこのお前!」


 俺が辺りを見回していると、一メートルくらいの背丈の変な奴がこっちに近づいてきた。


「お前だな?領主様が言ってた捕虜になった人間っていうのは!あっセリス様、ご苦労様です!」


 俺に敵意むき出しの視線をぶつけた後、セリスに対しては改まって頭を下げる。何だその態度の違いは?っていうか捕虜って何の話だ?


「セリス様も大変ですねぇ……こんな奴のお目付役に任命されるとは……ギー様に話は聞いてますよ。捕まえた人間を労働力として使役するとは流石は幹部様!発想が違いますね!」


 変な奴は感心したような顔で何度も頷いている。はーなるほど……そういう設定にしたのね。それなら人間である俺が働いてもおかしくないわけだ。随分手回しが早いな、ギーさんよ?

 俺はセリスとアイコンタクトを交わす。セリスも把握したようで小さく頷き返してきた。


「おい!人間!本当は処分されてもおかしくないお前を、人手が足りないってことでしょうがなく使ってやるんだからな!ありがたく思え!」


 何だこいつ。身体は緑なのにジャガイモみたいな顔しやがって。こいつがセリスの言ってたゴブリンか?


「オイラはこのベジタブルタウンの監督役、オルルディルオールメルランディルだ!」


 名前なげぇよ!どんだけ「ル」をつかうんだよ!滑舌悪いやつお前のこと呼べねぇよ!覚えられねぇし、そもそも覚えるつもりもない。お前なんかゴブ太で十分だ。


「俺はクロムウェルだ。よろしくな、ゴブ太」


 一応偽名を名乗っておくか……って、別に偽名でも何でもないんだけどな。つーかゴブ太のやつ、俺が比較的愛想よく挨拶したのになぜか眉を怒らせてやがる。


「お、お前っ!!何だその態度は!?それにゴブ太じゃない!!オイラの名前はオルルディルオールメルランディルだ!」


「なげぇんだよ。なんだったらゴブ吉でもいいけど?」


 俺が耳の穴をほじりながら言うと、ゴブ太は顔を真っ赤にさせながらその場で地団駄を踏んだ。なんかピーマンからパプリカに変化したみたいだな、形はジャガイモのままだけど。


「むかー!!オイラはここの監督役だぞ!?」


「はいはい」


「お前なんかオイラの一存でどうにでもなるんだぞ!?」


「はいはい」


「はいは一回っでいいんだよっ!!」


「はいはい」


「本当に偉いんだぞ!?わかってるのか!?」


「うるせぇな、わかってるよ。あんまりしつこいとぶっ飛ばすぞ」


「あれ?捕虜ってなんだっけ?こんな偉そうだっけ?」


 どっからどう見ても捕虜だろうが。恐ろしい金髪悪魔に捕まってんじゃねぇか。

 俺のあまりの態度にゴブ太はオロオロしながら、不安そうにセリスに顔を向ける。セリスはゴブ太に笑いかけながら、容赦なく俺の頭をはたいた。


「痛ってぇ!!」


「ごめんなさい、ゴブ太さん。捕虜にするときに幻惑魔法をかけたから、まだ少し頭が混乱しているみたいなんです」


 セリスはゴブ太に謝りながら俺の頭を下げさせようとする。いやお前は名前で呼んでやれよ。ゴブ太も訂正したいのにできなくて困っちゃってるじゃねぇか。可哀想に。

 俺は抗議をしようと顔を向けたが、セリスに怖い顔で睨まれ、渋々ゴブ太に頭を下げる。


「すいません。新人のクロムウェルです。よろしくお願いします、ゴブ太監督」


「だからゴブ太じゃ……あーもういい!とにかく仕事をやるからついてこい!!」


 ゴブ太は投げやりに言うと肩を怒らせながら歩いていった。すると、セリスがきつい表情で俺に詰め寄ってくる。


「何やってるんですか!?もっと言葉を慎んでください!」


「へいへい。わかってますよ」


 俺が面倒くさそうに返事をすると、セリスはさらに顔を険しくしたが、ため息を吐くと、それ以上は何も言ってこなかった。


 ゴブ太に連れられてついたのはだだっ広い荒地。なんかこちらに鍬を差し出しているゴブ太を俺は不思議そうに見つめる。


「どうした?」


「ここを耕すんだ!」


「そうか、頑張れ」


「おう!……ってお前がやるんだよ!!」


 なるほど、ゴブ太はノリツッコミもいける、と。なかなか面白いなこいつ。

 それにしてもここ全部耕すのかよ……下手すりゃアイアングラッドにある工場より広くないかこれ。……まぁ、酒場のために頑張るしかねぇか。

 俺は盛大にため息をつきながら鍬を受け取りさっさと地面を掘り始めた。

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