第40話 手作りの弁当が格別な味がするってのは気持ちの問題

 なんだかんだでシチューをもらい、あの二人のゴブリンを連れて席に着いた。セリスが当然のように俺の目の前に座る。


「セ、セリス様もここで食べるでやんすか?」


 ガリゴブリン、通称ゴブ郎が興奮した面持ちでセリスに尋ねた。


「えぇ。私は彼のお目付け役でして……ご一緒させていただいてもよろしいですか?」


「是非是…………お目付け役でやんすか?」


 ゴブ郎とデブゴブリン、通称ゴブ衛門が同時に俺の方を見る。あーもしかして詳細を知っているのはゴブ太くらいなのか?

 俺は二人にかいつまんで事情を話す。もちろんでっち上げの方だけどな。


「はー……だから人間がこんなところにいるでやんすねぇ……」


「最初見た時は驚きだったんだなぁ~」


 そう言いながらゴブ衛門は一足早くシチューを食べていた。全然驚いている風には見えねぇぞ。


「ゴブ郎とゴブ衛門は俺の事……てか人間の事は憎くないのか?」


 俺は素直に思ったことを尋ねてみる。この二人からは全くと言っていい程敵意を感じなかった。


「んー……よくわからないでやんすなぁ」


「そうだね~。実際に人間を見たのは初めてなんだなぁ~」


「っていうかゴブ郎とゴブ衛門ってなんでやんすか?」


「ん?お前らの呼び名だ」


 俺が当然のように言うと、二人は揃って首をかしげる。しばらく何かを考えていた二人だったが、同時にコップをとり中の水を飲み干すと、静かに机の上に置いた。


「まぁ、いいでやんすか」


「そうだね~」


「息ピッタリだな、お前ら」


 俺はなんとなくこの二人が気にいっていた。ガリとデブっていうありがちなコンビだけども、やっぱり王道を行ってこそってやつだな。ノリがいいところもグッド。


「ところで、クロ吉はシチューは食べないでやんすか?」


「クロ吉ぃ!?」


 目の前でシチューを食べようとしていたセリスが思わずせき込む。おいおい、俺は一応ここではクロムウェルっていう立派な名前で……。


「まっいっか」


 別にどう呼ばれようが関係ねぇか。俺だってこいつらの事を適当な呼び名で呼んでいるわけだし。

 俺はあまり深く考えずにスプーンを手に取った。


「っていうかこれゴブ太が作ったんだろ?美味いのか?」


「ゴブ太監督は名前はややこしいけど、料理の腕は確かでやんすよ」


「うんうん。名前はややこしいけど料理は美味しいんだな~」


「ゴブリンさん達は手先が器用で有名ですからね。食べてみましょうよ、さん」


 あきらかにからかいの色を含んだセリスの声に俺は眉を顰めた。こいつにそう呼ばれるのめちゃくちゃ腹立つわ。

 まぁ、いい。今はとにかくシチューだ。うーん、見た目も臭いも普通な感じするけど……。とりあえず一口……。


 …………。


 ナニコレ?俺が知ってるシチューじゃない。


 美味すぎる。舌がとろける。もう何が美味しいってとにかくうまい。野菜も美味いし、クリームソースも美味い。併せて食べるとなお美味い。総合的に言って美味い。ボキャ貧ですいません。


「はぁ……美味しいですねぇ……」


 セリスも幸せそうな表情で食べていた。そんな顔になるよな。気持ちわかるぞ。いやこれにはびびった。ゴブ太の評価が一気に百は上がったな。ちなみに、今のゴブ太の点数はマイナス五百点です。

 ってかここで働いている限り毎日ゴブ太の料理が食えるのか!やべぇ!最高じゃねぇか!残ったのとか家に持ち帰らせくれないかな?是非とも持って帰ってうちの天使に……。


 そこまで考えて俺はあることを思い出す。正直思い出さなきゃよかったことを。


「ん。やるよ、ゴブ衛門」


「え~?いいの~?ありがとう~!」


 俺は残りのシチューを皿ごとゴブ衛門にやった。そんな俺をゴブ郎とセリスが不思議そうに見つめる。


「口に合わなかったでやんすか?」


「そんなことないですよね?とっても美味しいですよ?」


 あーそうだよ。美味いよ。本当ならもっとこの味を堪能したいっつーの。でも、こいつを食っちまったらお腹いっぱいになってあれが食えねぇんだよ。


 俺は無言でセリスに手のひらを向けた。セリスは眉をひそめながら、自分のシチューの皿を腕で隠すようにして守る。


「……あげませんよ?」


「ちげぇよ!……弁当よこせ」


 初めは言っている意味が理解できなかったセリスであったが、その表情がだんだんと驚きへと変わっていく。


「えっ……そのためにシチューを……?」


「うるせぇな。……早くくれよ」


 セリスは何とも言えない表情で空間魔法からお弁当を一つ取り出すと、おずおずと俺の前に置いた。


「もう一個もだよ。お前はシチュー食ったから食べないだろ?」


 セリスは少し躊躇していたが、もう一つのお弁当も俺の前に置く。俺は二つのお弁当をあけると、勢いよくがっつき始めた。


「す、すごい食べっぷりでやんすね」


 ゴブ郎が俺の勢いに圧倒されたように呟く。


「美味しそうなんだん~。僕も少し食べてみたいんだな~」


「ためだ。シチューやっただろ。これは俺のもんだ」


 俺は自分の身体でゴブ衛門の視界から弁当を守ると、一心不乱に食べ始めた。あまり食が太くない俺は勢いでかきこまないと、弁当二つなんて完食できるわけがねぇ。


 そんな俺をセリスが柔和な顔で見つめる。


「……よっぽどお腹がすいてたんですね」


「悪いかよ?慣れない畑仕事をしてりゃ嫌でもそうなんだよ。お前もやってみろ」


「お断りします」


 はっきりとした口調であったが、その声は優しさに満ちていた。


「っていうか捕虜なのに誰がお弁当なんて作ったでやんすか?」


 激しく動いていた俺の箸がピタリと止まる。そうだった……俺は捕虜だったんだ。すっかり忘れてた。


「捕虜でも飲まず食わずだと死んでしまいますからね。城の人が用意してくださったんですよ」


「なるほどね~太っ腹だな~」


 ゴブ衛門が自慢のお腹をポンッと叩きながら言った。うん。お前が言うと言葉の重みが違うわ。


「そういうことだ。この弁当は俺のために作られたものだ。だからお前らにはやれん。それに……」


「それに?」


「…………俺にはこっちの方が口に合うんだよ」


 嘘です。確かに我が兄弟ボーウィッドの奥さんが作った料理の時はそう感じたが、ゴブ太の料理はそんなことを超越したような美味さでした。正直、あそこまで美味い飯を食べたことがありません。


 ……でもまぁ、こいつが嬉しそうだし、いいとするか。


 頬を少し朱に染め、口を綻ばせながらシチューを食べているセリスを見て、俺はそんなことを思っていた。



 昼食を終えた俺はゴブ郎とゴブ衛門に別れを告げ、午前中とは違うところへとゴブ太に連れていかれた。俺はその場所を見てこれから何をやるのかすぐに理解する。


「午後は草むしりだ!」


「だろうな……」


 俺は好き放題伸びまくっている雑草を見てため息を吐いた。ゴブ太は俺に鎌を渡すと、目の前に広がる小ジャングルを指さす。


「とりあえずできるところまでやれ!以上」


「はいはい……あーそういやセリス……様は?」


「セリス様は日陰で休んでもらっている!日射病になられては困るからな」


 ゴブ太がドヤ顔で言ってきた。いやいや、あいつそんな柔じゃないだろ。一応魔王軍の幹部ですよ?

 つーことは一人でこの雑草と対峙せにゃならんのか……まぁ、あいつがいたところでクソの役にも立たないが。


「じゃあオイラは行くからサボらずしっかりやるんだぞ!!」


 そう言うとゴブ太はさっさと元来た道を引き返していった。そして鎌を持ったまま一人残される俺。


「とりあえず雑草を狩るか……」


 嫌々ながら鎌を振り上げた俺の頭に名案が浮かんできた。鎌でやるよりもいい武器が俺にはあるじゃないか!!


「来い、アロンダイト!」


 俺が空間を握ると、その手に漆黒の剣が現れた。うんうん、こいつはあのフェルが使っていた剣だからなぁ、切れ味はすさまじいだろ!


「とりあえずスパスパいってみっか!」


 俺は剣を上に掲げ、容赦なく剣の腹で俺の頭を殴りつけた。


 …………いやいや殴りつけたじゃねぇよ。おかしいだろ。


 今度はアロンダイトを正面に構え、そのまま前にある草目がけて振り下ろす。と思いきや、くるっと手首を返し、俺の足へと叩きつけた。


 ちげぇだろぉがぁぁぁぁ!!なんで俺を攻撃してんだよ俺!!


 いや違う……俺を攻撃しているのはこのバカ剣だ。剣の分際で雑草を斬ることを全力で拒否していやがる。

 ははーん……生意気にも俺様に逆らいやがってんなコイツ?こうなったら誰が主人かってことを、きっちり教えてやらねぇといけないようだな!!


 十分後。


 本当にナマ言ってすいませんでした。アロンダイト先輩は雑草を斬るような低俗な剣じゃないですもんね。完全に調子乗ってました、はい。

 俺は全身青あざだらけになりながら、アロンダイトを身体の中に戻し、大人しく鎌で雑草を刈っていく。

 あーもう確定だわ。この剣、意志を持っていやがる。フェルの奴……厄介な武器をよこしやがって。


 俺はアロンダイト先輩との今後の付き合い方を考えながら、夕方になるまで一人寂しく鎌を振っていた。

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