4.あいつがやる気を見せるまで
第33話 消沈
夢を見た。
何でもできる俺と一緒にいる親友の夢。
俺はあいつが隣にいることに安心感を覚えていた。
あいつは何にもしようとはしない。なのに戦わせたら天下無敵。
俺はそんな親友に勝つために躍起になって努力した。
他のすべてで優っていてもあいつに勝つことだけはできない。
俺はそんな自分が許せなかった。
*
あいつが魔王に消されてから一ヵ月がたった。
俺は魔族から生徒と教師を守ったことによる功績で、十席の中の末席に選ばれた。
このマジックアカデミアは入学したときから自らに順位が与えられ、上位の者と一対一の試合を行うことや特別な理由によりその順位を上げていく、というシステムが採用されている。
最終的に順位が高いものほど王宮お抱えの魔導士になれたりするので、学校の成績以上に生徒達は自分の順位に執着するのだ。
その中でもランキング上位十人は十席と呼ばれ、他の生徒達とは一線を画した実力者として一目を置かれていた。
その一人に自分が選ばれたという事実、はっきり言ってすこぶるどうでもいいことだった。
そもそも魔族からみんなを守ったのは俺じゃない。だというのに十席なんかに祀り上げられてもいい迷惑だ。
魔族からみんなを守った当の本人は、魔族に殺された不幸な生徒として処理された。それに関しては俺は何とも思わない。どうせあいつのことだ、日陰者の自分にはふさわしい最後だろうよ、とか笑っているに違いないからな。俺が余計な事を言って目立つようなことがあれば、間違いなく殴られる。
ただやっぱりあいつの代わりに俺が讃えられるのは納得いかなかった。ガキだと思われても仕方がないが、受けるのであればちゃんとした評価がいい。あいつに対しても正当な評価をして欲しかった。
だから、こんな形だけの十席なんて何の興味もない。だってこれは俺の親友のもんなんだからな。
本当にくだらない。
既に知っていることをダラダラと垂れ流している座学も、木の棒を振っているだけでなんの意味もない実技も、魔族からみんなを守った俺への羨望の眼差しも、俺が台頭してきたことによる嫉妬の視線も、全部全部くだらない。
俺は何のためにこんなところにいるのかわからなくなる。勇者になることなんて、今の俺にはどうでもいいことだ。何に関しても全く興味がわかない。
あー……つまんねーな。
*
チャイムの音がする。今日の授業もこれでおしまいか。
机に突っ伏していた俺はゆっくりと顔を動かし、自分の腕についている黒い腕章を見る。それは十席の証、ランク十位のカラーは黒。本当はこんなものつけたくないんだが、十席はこの腕章をつけることを義務付けられている。
「レックス……また授業中居眠り?」
この声は……。俺は気怠そうに頭を上げると目の前には緑色の髪をした美少女が腕を組んで立っていた。
「フローラか……」
「随分気持ちのこもっていない言い方ね」
フローラが不機嫌そうに眉を寄せながら俺を見ている。そんなこと言われても気持ちがこもらないからしょうがない。
「フローラさん、そんな言い方良くないです。レックス君は十席という重責を担っているのですから、きっと疲れがたまっているんですよ」
フローラの後ろから心配そうな表情で覗き込んできたのはシンシア・クレイモア。この王国の王女様であり、ある事件をきっかけに俺と仲良くするようになったんだ。フローラも奇麗だが、シンシアの方は流石は王族というところか、桃色の髪も含めて気品あふれる美しさを兼ね備えている。
二人とも同級生の奴らに高い人気を博しているというのに、飽きずに俺の相手をしてくれている。ありがたい話ではあるが……今は放っておいて欲しかった。
「そうはいうけどね……あなた、十席になってから順位戦をすべて断っているみたいじゃない。戦いの申し出を断った場合、一ヶ月間誰とも戦わなければ、その断った相手と戦うことになるのよ?」
「その通りだよ、ミス・ブルゴーニュ」
教室に気障ったらしい声が響き渡る。みなが視線を向けると、そこには制服をお洒落に着崩し、胸元を大きく開けた色男が立っていた。なんか見たことがある顔だな。名前はえーっと……。
「マルティーニ先輩……」
フローラが無表情で名前をつぶやく。あぁ、そうだ、ディエゴ・マルティーニ。学年は一つ上で、俺が十席に任命される前にこの黒い腕章をしていた男だ。俺が十席になった日からいきなり順位戦を申し込んできたんだっけ。一ヶ前のことだからすっかり忘れていたよ。
「君みたいな可愛い子に名前を覚えてもらっているのは光栄だね。でも、今日は君に用があるわけじゃないんだ。ごめんね」
マルティーニ先輩はゆっくりとこちらに近づいてくるとフローラに笑いかけた。気障ったらしい口調なだけはあって、女性を魅了するような笑みではあったが、フローラは一切表情を変えない。
「あぁ……王女様。ご機嫌麗しゅう」
「あ、はい……」
マルティーニ先輩は大仰に膝をつくと、シンシアの手を取り、その甲に口づけをした。シンシアは完全に顔を引き攣らせている。
「本当はいろいろとお話ししたいのですが、今日は何分立て込んでおりまして……またの機会にさせていただきたと存じます」
「ぜ、全然気になさらないでください」
手を握ったまま残念そうに眉を落とすマルティーニ先輩を見ながら、シンシアは慌てて言った。
「寛大なお心遣い、感謝いたします」
マルティーニ先輩が頭を下げ手を離すと、シンシアはホッとしたように息を吐く。俺にはこういう真似はできないな……したいとも思わないけど。
二人の美少女と話ができ、満足そうなマルティーニ先輩が俺に向き直った。
「さてアルベール君、順位戦の掟は知っているね」
「そりゃ、まぁ……知ってます」
「よろしい。今日は君に順位戦を申し込んでからちょうど一ヵ月が立った日だ。この意味わかるよね」
マルティーニ先輩が笑みを浮かべる。その笑みはさっきフローラに向けたようなものではなく、明らかに俺を挑発していた。俺はため息を吐きながら面倒くさそうに席を立つ。
「わかりました。今からですか?」
「……話が早くて助かる。場所は第二闘技場をとってあるから僕は一足先に行っているね。怖気づいて来ないなんてことがないことを祈っているよ」
それだけ言うと、マルティーニ先輩は高笑いをしながら教室を後にした。その後ろ姿をフローラが射殺すように睨みつけている。
「本当感じ悪い人ね」
「……そうですね。あまり気分はよくなかったです」
フローラだけじゃなくシンシアも気を悪くしている様子。そんな二人を見て俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「あんな人、さっさとやっつけちゃってよね」
「さぁ……どうだろうな。仮にも元十席なんだし」
「でも、今はレックスさんが十席なんです」
シンシアが言葉に力をこめる。そうだな、この十席が俺の実力で得たモノなら俺も自信を持っていけるんだろうけどな。
「とにかく、あんまり先輩を待たせるのもあれだから俺は行くよ」
「あたしも行くわ」
「わ、私も見に行きます!」
俺がさっさと教室から出ていこうとすると二人がついてきた。順位戦は闘技場にて行われるのがルールで、闘技場には観覧席が設けられている。魔法陣士同士の戦いは見ているだけでためになるということで、順位戦の観戦を学園は推奨しているのだ。
三人で廊下を歩いていると、黒髪ポニーテールの凛とした美少女が前から歩いてきた。その腕には第二席の証である銀の腕章がつけられている。
「レックス、聞いたぞ。ディエゴとやり合うようだな」
口調は完全に武士のそれ。スラリとした体形は姿勢の良さも相まってかなりの高身長に見える。この人の名前はエルザ・グリンウェル。俺達よりも一つ上の学年で、なぜか俺に興味を持っているらしく、事あるごとに絡んでくる。
「やっと貴様もやる気になったということか」
「やる気というか……順位戦のルール的に戦わないといけないんで」
「むっ……そうだったな」
相変わらず覇気のない俺の姿を見て、エルザ先輩は顔を顰めた。このままだとお説教を喰らいそうなので俺は慌てて話題を変える。
「それにしても、俺とマルティーニ先輩が戦うってよく知っていますね」
「ん?あぁそれはディエゴの奴が触れ回ってるんだ。他の十席もおそらく見に来るだろう」
あぁ、そういうことか。みんなの前で俺をぼこぼこにして恥をかかせたいってことか。マルティーニ先輩らしいといえばマルティーニ先輩らしいな。
俺が苦笑しているとエルザ先輩はムッとした表情を浮かべる。
「レックス……貴様舐められているんだぞ?腹は立たないのか?」
「いや……まぁ……そうですね」
あいまいな態度の俺にエルザ先輩は盛大にため息を吐いた。そんなため息を吐かれても、興味がないものないんだから仕方がない。
「……まぁ、いい。私も観覧席から貴様の勇姿を見させていただく。フローラ!シンシア!行くぞ!!」
「え?あっはい!」
「ま、待ってください!」
エルザ先輩に引きずられる形でフローラが連れていかれ、シンシアも慌ててその後を追った。俺は三人の姿を見送ると一人ゆっくりと第二闘技場へと向かっていく。
願わくば俺の心が滾るような戦いになって欲しい。そうすればこのつまらなさも少しは解消されるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます