第34話 憂鬱

 観覧席はただの順位戦とは思えない程満員御礼であった。フローラたちの姿も少し後ろの方に見える。マルティーニ先輩、十席を下ろされたことを相当根に持っていたんだな。俺のせいじゃないにしろ悪いことしたな。

 俺は目の前に余裕そうな表情を見せて立っているマルティーニ先輩に顔を向けた。


「ちゃんと来たみたいだね。感心感心」


「……どうもっす」


 マルティーニ先輩は笑いながらうんうん、と頷いているが目は笑っていなかった。


「僕以外の順位戦も断っているって聞いたから、尻尾巻いて逃げ出すんじゃないかと思っていたよ。でも、実力で勝ち取った十席じゃないのだからその気持ちもわかるけどね」


 挑発のつもりなんだろうか。でも、俺は別に何も感じない。なぜなら、マルティーニ先輩の言う通り、十席これは実力で勝ち取ったものじゃないからだ。

 俺が何も言わずにいると、マルティーニ先輩から笑みが消え、蔑むような視線を向けてくる。


「……何も言い返してこないんだね」


「先輩の言う通りですから」


「……ちっ、かわいくない後輩だな」


 マルティーニ先輩は気に入らなさそうにそう言うと、身体に魔力を練り始めた。俺はそれを何もせずにただ黙って見つめている。


「二人とも、正々堂々立ち会うように」


 監督役の教師が確認するように俺達の方へ交互に顔を向けると、俺も先輩も静かに首を縦に振った。


「それでは順位戦、はじめ!!」


 開始の合図とともにマルティーニ先輩が魔法陣を組成していく。丁寧に作られた魔法陣は、二つとも同じ火属性の魔法陣でその構成も全く同じであった。


「僕が’業火のディエゴ’と呼ばれている所以を教えてあげるよ!!」


 左右に作られた魔法陣から放たれる二種デュオ上級魔法トリプル。それは全く同じ魔法を放ち、威力を倍増させる重複魔法と呼ばれる高等技術であった。


「“二重の火炎放射器フレイムブロワー・デュオ”!!」


 二つの魔法陣から繰り出された炎の竜巻が一つになり、巨大な奔流となって俺に襲いかかってきている。その熱量はすさまじく、離れたところで見ている観客にすらその熱気が届いているほどであった。おそらく直撃すればただでは済まないだろう。だけど、俺は身動き一つせずにマルティーニ先輩が放った魔法を眺めていた。


 流石は元十席なだけはある。いともたやすく上級魔法トリプルを使いこなし、その組成も俺のクラスの奴らとは比較にならない程早い。

 その上級魔法トリプルも見せかけのモノではなく、流した魔力に相応の威力の魔法となって魔法陣が発動している。魔法陣の大きさも申し分ない。

 重複魔法に関しても明らかに生徒としての技術の域を超えている。’業火のディエゴ’の名に恥じぬような素晴らしい火属性魔法であった。


 だが、全然足りない。まったくもって足りない。


 俺の親友の魔法陣は早いなんてもんじゃない、気がついたらそこにあるんだ。それこそ上級魔法トリプルなんて眠っていても即座に作り出すことができていた。


 魔法陣の構成もあいつとは比べられるわけもない。あいつの作り出した魔法陣には一切の無駄がなく、低燃費高火力の魔法を連発するような化物だった。


 重複魔法をしているところはあまり見たことがなかったが、あいつだったら「ちゃんと魔法陣を構成すれば、同じ魔法陣を作って威力の底上げをはかるなんて、馬鹿なことはしなくてすむ」とか言い出しそうだな。とりあえずマルティーニ先輩の魔法を見て鼻で笑うことだけは確かだ。


 巨大な炎の渦が近づいているというのに何もしない俺を見て、監督役の教師が慌てて俺の前に魔法障壁を張る。それで威力は減衰したものの、まともに先輩の魔法を喰らった俺は勢い良く吹き飛ばされ、闘技場の壁に叩きつけられた。


 やっぱりだめだな。あの程度の魔法障壁に阻まれるなんて。あいつのだったら魔法障壁なんかないものとして俺に向かってきて、そのまま即死だったろうよ。


 場内に悲鳴が響き渡る。だが、俺は朦朧とする意識の中、全く違うことを考えていた。


 なんだ……やっぱつまんねーな。


 俺は諦めたように笑いながら、自分の意識を手放した。



 目を開けると見慣れぬ白い天井。あれ?なんで俺はこんなところにいるんだっけ?というより、俺はさっきまで何してたんだっけ?

 少しだけ顔を動かすと目に涙を浮かべたフローラとシンシア、そして不安そうな表情を浮かべているエルザ先輩の姿が目に入った。


「……ここは?」


「レックス!!」


「レックスさん!!」


 俺の言葉に反応した二人が嬉しそうに俺の名前を呼ぶ。エルザ先輩も安心したように息を吐いた。


「ここは保健室だ。貴様はディエゴにやられてここに連れてこられたんだ。優秀なフィオーレ女医に感謝するんだな」


 自分の名前が呼ばれたことに気がついたのか、後ろにいる白衣を纏った女性が笑いながら俺に手を振ってきている。俺は感謝の意をこめてスッと頭を下げた。

 するといきなりエルザ先輩がグイっとその端正な顔を俺に近づけてくる。


「それよりレックス!さっきの戦いはなんだ?棒立ちにもほどがあったではないか?」


「え……あ……すいません」


 俺は頭をかきながら顔を俯かせた。そんな俺を庇うように二人が俺とエルザ先輩の間に割って入る。


「エルザ先輩!レックスはまだ本調子じゃないんです!」


「フローラさんの言う通りです!きっと魔族との戦いで負った傷が完治していないんでしょう!」


「む……そうなのか?」


 エルザ先輩がこちらに顔を向けてくるが俺は答えない。魔族戦での傷なんてとっくに完治しているどころか、あの時はほとんど怪我などしていないのだ。


「それにしても、もう少し戦い様が……」


「マルティーニ先輩は元十席なんですよ?そんな手負いの状態で戦えるような甘い相手ではないってエルザ先輩もわかっているはずです!」


「それはそうなのだが……」


「エルザさんの方が十席の方の強さは理解しているでしょう?レックスさんがこうなってしまったのは仕方がないことなんです!」


 俺の戦い方にダメ出ししようとするエルザ先輩に、俺のことを必死に擁護しようとしてくれるフローラとシンシア。


 どちらも有難迷惑この上なかった。


 俺はゆっくりと起き上がると、端にかけてあった学生服を羽織り、ベッドから降りる。それまで言い合っていた三人だったが、俺の姿を見て目を丸くした。


「レックスさん!?まだ傷が……」


「三人とも心配してくれてありがとう。俺はもう大丈夫だから」


 そう言うと俺は一人で保健室から出ていこうとする。その途中でフィオーレ女医の側を通ったのだが、彼女はニコニコしながら「無理しないでね」と一言言っただけで俺のことを止めなかった。ありがたい。


「ちょ、ちょっとレックス!?どこに行くつもり!?」


「悪い……ちょっと一人になりたい気分なんだ」


 フローラが必死に声をかけてきたが、俺は突き放すように答える。そしてそのまま保健室の扉を閉めた。

 中で三人が何か話しているようではあったが俺を追ってくる気配はない。俺はポケットに手を突っ込みながら、誰もいない放課後の廊下を一人で歩いていった。

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