第32話 男なら盃を酌み交わしたい
「うわー!!大きい建物がいっぱいだね!!」
アルカが目をキラキラさせながらアイアンブラッドの街へと走って行く。こらこらあんまり走ると転んじゃうぞ。……あー言わんこっちゃない。
むくりと起き上がったアルカにセリスが近づき、服に着いた泥を払ってやる。膝をすりむいているというのにアルカは変わらず笑顔のままだった。その顔を見ながら俺は今朝のことを思い出す。
ドラゴン騒ぎのあった日の翌日、アルカをアイアンブラッドに連れていくことをすっかり言い忘れていた俺は、朝食の席でそれをアルカに伝えた。初めは驚いていたアルカだったが見る見るうちに笑顔になっていき、上機嫌でパンを頬張っていた。
出かける直前まで小躍りしそうな自分を押さえていたアルカだったが、いざアイアンブラッドに着くと溜めていた嬉しさが爆発したようであった。
「……おはよう……兄弟……」
俺がアルカの膝に回復魔法をかけてやると、街の入り口で待っていたボーウィッドが俺に声をかけてくる。アルカは咄嗟に俺の後ろに回り込み、恐る恐るボーウィッドのことを見ていた。
「あぁ、おはよう。待っててくれたんだな」
「……娘を連れてくると言っていたからな……その子がそうか?」
ボーウィッドがちらりとアルカに目を向けると、アルカは身体をビクッとさせて俺の背中に隠れる。まぁそういう反応になるわな。俺もあるかと同じ年で白銀の甲冑がいきなり話しかけてきたら裸足で逃げ出すわ。
俺は極力優しくアルカに話しかける。
「アルカ。この人はパパの友達のボーウィッドだ。見た目はちょっと怖いけど優しいおじさんだぞ?」
「……怖いのか、俺は……」
ボーウィッドが落ち込んだように肩を落とした。悪いな兄弟。怖いか怖くないかで言ったら、悪夢に出てきてもおかしくないレベルだ。
アルカが大きな目で俺の顔を見つめる。
「……パパの友達?」
「あぁそうだ。だから挨拶してやってくれ」
アルカは小さく頷くと、こわごわ俺の後ろから出ていき、ボーウィッドの前に立った。
「は、初めまして!アルカっていいます!よ、よろしくお願いします!」
アルカが懸命に頭を下げる。ボーウィッドはゆっくりと膝を折ると、アルカの目線に自分のヘルムの位置をあわせた。
「……ちゃんと挨拶ができてえらいな……俺はボーウィッド……お父さんの友達でこの街の長をやっている……よろしくな」
ボーウィッドはガシャガシャ音を立てながらアルカの頭を撫でる。最初は怖がっていたアルカもボーウィッドの手から優しさを感じたのだろうか、次第に表情が柔らかくなった。
「ボーウィッドおじさんはこの街の偉い人なの?」
「……そうだ……一応この街の管理をしている……」
「管理……?」
アルカが俺の方に振り返り、首を傾げた。
「面倒を見ているってことだよ」
「えー!こんな大きい建物がいっぱいの街の面倒を見ているなんてすごい!じゃあボーウィッドおじさんはこの街のパパなんだね!」
「……そうだな」
尊敬のまなざしを向けてくるアルカに若干照れながらもボーウィッドは優しく微笑んでいる。な?俺の娘は天使だろ?骨抜きになっちゃうだろ?
「さて……パパはボーウィッドおじさんと仕事に行かなきゃいけないけどアルカはどうする?」
「うーん……アルカは街を探検してみたいな……」
アルカが遠慮がちに俺の顔を見上げる。確かに仕事場についてきてもアルカにとってあんまりおもしろいものじゃないだろ。
俺は何気なくセリスに視線を向けると、セリスは小さく頷きアルカに笑顔を向けた。
「じゃあアルカは私と一緒に街を見て回りましょうか?」
「本当っ!?わーい!!ママと二人で街の探検だ!!」
そう言うとアルカはセリスの手を握り、嬉しそうに街の中へと進んでいく。セリスも困ったように笑いながらアルカに手を引かれ一緒に歩いていった。
そんな二人の背中をボーウィッドは何とも言えない顔で見つめている。
「……ママと二人で…………なぁ兄弟……昨日はあえて言わなかったんだが……」
「兄弟の言いたいことは想像つくし、気持ちもわかるけど、断じてそんなことはないから」
俺はボーウィッドに尋ねられる前に、その言葉を遮るようにして答えた。今まで話下手のデュラハンの言葉は最後まで聞くようにしていたが、今回に関してはそれは許容ならん。特に兄弟の口から言われたんだとダメージがでかすぎる。
「……複雑な関係なんだな……兄弟とセリス嬢は……」
「そういうことにしておいてくれ」
やはりボーウィッドは最高だ。少ない言葉で俺の気持ちを察してくれる。俺とセリスの話はセンシティブ情報なのだ。
気を取り直して俺はボーウィッドと共に工場へと向かった。
*
工場ではいつも通りデュラハン達が勤勉に働いていた。だがその様子は以前とは明らかに違っている。
「……もう少し赤くなってから打て……鍛冶は時間との勝負だ……」
「……わかりました」
ベテランのデュラハンが若手のデュラハンに剣を打つときのアドバイスをしていた。そんな当たり前の光景を見ただけで俺の心は高鳴る。
「いい感じじゃねぇか」
「……そうだな……相変わらず口数は少ないが……それでも会話がゼロではなくなった……」
ボーウィッドも嬉しそうに頷いていた。ここ最近は食事処の手伝いで忙しくて中々工場の様子を見ていなかったが、ここまで変わっているとは嬉しい誤算だ。
「他の工場はどうする?」
「……とりあえず各工場長にこの工場を見学させる……他の者達も会話がないことを危惧していたから……この工場を見せればこの改革に賛同してくれるはずだ……」
「そうか……」
俺は満足そうに頷くと、工場内のデュラハン達に視線を戻した。とりあえず俺の指揮官としての初仕事は成功と言っていいんじゃないか?あっ、アルカのは仕事っぽくなかったので除外します。
手探り状態だったけど何とか上手くいってよかった。今まで生きてきて誰かのために何かを必死にしたことなんか殆どなかったからな。なんか新鮮な気持ちだ。悪くない。
「……工場がこんなに良くなったのは……全部兄弟のおかげだ……本当に感謝している……」
やめい。改まって礼を言われると恥ずいだろうが。そういうの慣れてないんだよ。
「……ここからは俺たち自身で変えていく……いや変えていかなければならない…………兄弟はたまに様子を見に来てくれるだけでいい……」
「そうだな……俺がおせっかいをするのはここまでだ」
この短期間でこれだけ変わることができたんだ。デュラハン達ならきっと大丈夫だろ。
「あー……なんかホッとしたら酒飲みたくなってきたな。兄弟はいける口か?」
「……どうだろうな……酒は流通してこないから……」
まじか。仕事の後の酒屋で一杯やりたくなるだろ普通。つーかあれか、料理屋もないのに酒場なんかあるわけもないか。
ないとわかったら無性に飲みたくなる。魔族領に来てから一滴も酒なんか飲んでねぇからな。……よし。
「兄弟、俺は決めたぞ」
「……何をだ?」
こちらに顔を向けたボーウィッドに俺はニヤリと笑いかけた。
「この街に酒場を作る!」
「酒場……!?……だが料理を作るだけならあれだが……酒場のノウハウがあるデュラハンなんかいないぞ……?」
「あぁ……だから俺は他の魔族の所へ行ってここに酒場を作るよう交渉してくる!せっかくデュラハン同士で交流をはかるようになったんだ!酒場とか料理屋とか作ってもっと交流の場を広めたい!!それで俺は新しくできた酒場で兄弟と義兄弟の盃を交わすんだよ!!」
要はボーウィッドとこの街で酒が飲みたいだけ。完全に私情を挟んでいるけど俺は魔王軍の指揮官だ。誰にも文句は言わせない。
「……義兄弟の盃か…………いいなそれ……」
「だろ?俺は決めたぞ兄弟!!」
デュラハンコミュ障脱却大作戦を成功させた俺は新たなる目標に向け決意を固める。
どうせ他の魔族とも親交を深めなきゃいけないんだし、一石二鳥だな!仕事しながら交渉を進めていけばセリスにも怒られないだろう。……うん、でも一応セリスには内緒でやっていこう。
とにかく俺は絶対にこの街に俺好みの酒場を建ててやるんだ!!
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