第25話 好きこそ物の上手なれ

「……来ませんね」


「……そうだな」


 時刻は11時15分。最初の昼休みが始まっているというのに、誰かが来る気配は一切ない。セリスは工場へと続く通路を見つめながら、小さくため息を吐いた。


 この場所は工場の出入り口とは真逆の位置にある。これは俺がボーウィッドに言って意図的にそうしたのだ。

 昼休みに外に行きたい奴もいるだろ?入口の方に食事処を作っちまうと外に出づらくなっちまうからな。デュラハン達にはあくまで自分の意思でここに来て欲しいんだ。


 さて、そろそろか……。


 俺は何も言わずに席から立ち上がった。セリスが不思議そうに顔を向ける。


「クロ様?どうしたんですか?」


 俺は何も答えずに通路を見つめる。セリスは俺の視線を追っていき、何かに気がついたようで「あっ……」と小さく声を上げた。


「最初のお客さんが工場長とはな」


 そこに立っていたのは黒い鎧の工場長、ギッシュ。こちらに近づくことはせず、まるで値踏みをするように俺が作った食事処を眺めている。


「俺は……客じゃない……確認しに来ただけだ……」


 かー、良い声してんねぇ。デュラハンってのはどいつもこいつも渋い声じゃなきゃいけないルールでもあるのか?

 俺はゆっくりとギッシュの方へと歩み寄る。


「確認ってのは料理の味をか?匂いで大体わかるだろ」


 とはいうもののデュラハンって嗅覚あんのか?味覚はあるっぽいからあるとは思うけど。


「そんなことを……確認しに来たのではない…………それくらい……わかっているだろ……?」


「まぁ……そうなるわな」


 俺はギッシュの目の前で立ち止まった。二人の距離はおよそ一メートル。ギッシュが俺の顔を凝視しているのを感じる。


「みんな戸惑っている……変なたくらみの……おかげでな……」


「変なっていうのは心外だな。労働革新って言ってくれ」


「お前が……仕事中の俺達に話しかけていたのは……知っている……目的はなんだ……?」


 目的、目的かぁ…。いつの間にかボーウィッドのためってのが目的になっていたが最初はそうじゃなかったよな。


「まぁ簡単に行っちまえばデュラハン達が会話するようになるってのが目的かな?工場内が静かすぎて怖いんだよ」


「……俺達に……言葉は不要だ…………武器を作るのに……会話など必要ない……」


「ほー……それで本当にいい武器が作れるのかね」


「……なんだと……?」


 ギッシュの視線が鋭くなる。そんな目で見ても無駄だ。事実なんだからな。


「確かギッシュは剣を作る場所にいたな……お前は剣が好きなのか?」


「……あぁ…………それがどうした……?」


 だよな。腰の刺さっている剣もかなり手入れが行き届いていやがる。


「だから剣を作る仕事をしているのか?」


「……そうだ……好きなものを作ることが……いい武器につながる……」


「なるほどな」


 その言葉が欲しかった。


「同じ剣を打つ仕事をしている、あの青い鎧のデュラハンをよく見ているよな。素人の俺から見ても、あいつはギッシュに比べてまだまだ修行が足りないって気がしたよ」


「マルスは……まだ若手だ…………これからどんどん上手くなる……」


「へー、マルスっていうのか。……で?あいつは剣が好きなの?」


「…………」


 ギッシュが黙り込む。

 ボーウィッドの話では、どのデュラハンが何の武器を作るのかは上の立場の者が、そのデュラハンの鎧の形状から判断して決めているらしい。なるほど、それでその職場に順応する奴もいるだろう……当然合わないやつも出てくる。


「なんだ、答えられないのか?好きな武器を作る方がいいんだろ?ってことは当然、マルスは剣が好きだよな」


「…………」


 答えられないよな。聞いたこともないことだろうし。俺はニヤっと小さく笑うと、ギッシュの方にドヤ顔を向けた。


「知っているか、ギッシュ。マルスは盾が好きなんだ」


「…………!?」


 ギッシュの兜が驚愕にガチャンと揺れた。いやドヤ顔にもなるだろうよ、これを聞き出すには本当に骨が折れたぜ。なんとなく剣づくりに集中していないから、おかしいと思って隙を見て話しかけたんだけど、盾が好きだと聞くのに3時間もかかったからな……あれはマジでつらかった。


「言葉はいらないって言ってたけど、俺はマルスからその言葉を聞かなければその事実は分からなかったぞ?


「…………」


「それにお前だって俺と話したからその事実に気が付けたんだろ?」


「……なるほどな……」


 ギッシュが何かを考えこむように下を向く。……もう腹の探り合いはいいだろ?


「なぁ、ギッシュ……いいかげん本音で話せよ」


「……なに……?」


「お前には会話の必要性が理解できているはずだ。じゃなきゃ、俺の所に会話しに来たりなんかしねぇだろ?」


「…………」


「お前がひっかかってんのは改革の内容じゃねぇだろ?……改革の発案者が俺ってことだ」


 そう、これが一番の問題。会話の重要性を知りながらも、素直にこの改革に乗らない理由。つまりセリスが危惧していたことが当たっちまったってことだな。


「…………隠していても……仕方がなさそうだな」


 ギッシュが静かに腰の剣を抜くと俺の顔の前に向けた。俺はセリスが飛び出してこないか冷や冷やしたが、なんとか堪えているみたいだった。事前に、何が起きても手を出すな、と言い聞かせておいて正解だったな。


「……人間は……俺達魔族に絶望を与えてきた…………この工場にも……家族を人間に殺された者たちが……数多く存在する……」


 俺は何も言わずにギッシュの顔を見つめる。


「……たとえ俺達のためとはいえ……そんな人間が考えた策に……手放しで乗ることなど…………できるわけもない……」


「…………」


「お前は……指揮官という立場など……関係ないと言った…………なら俺も……遠慮なしに言わせてもらう…………俺達を従わせたいのなら……誠意を見せろ……!」


「誠意、ねぇ……具体的には?」


 俺が尋ねるとギッシュは持っていた剣をゆっくりと持ち上げ、両手で構える。


「……腕一本だ……」


 後ろでセリスが息を呑む気配がする。頼むからもう少し大人しくしていてくれよ。


「わかった。やるよ」


「クロ様っ!!」


 あー……限界だったか。セリスが俺とギッシュの間に割って入ってきた。


「ギッシュ!このお方は魔王様が任命された魔王軍の指揮官なんですよ!?そんな彼に刃を向けるとは───」


「セリス」


 今まで聞いたことのないような声色に、セリスはビクッと身体を震わせながら、こちらに振り向いた。そんな顔で俺を見るなよ。手を出すなって言ったのに出てきたお前が悪いんだ。


「指揮官として命ずる。下がれ」


「ク、クロ様……!?」


「下がれ」


 有無を言わさぬ口調で告げると、セリスは顔を歪めながらおずおずと後ろに下がる。それを確認した俺は苦笑いを浮かべながら、ギッシュに向き直った。


「悪かったな。一応、俺の秘書なんで俺を守るのも仕事なんだ。許してやってくれ」


「…………お前……」


「さぁ、さっさとやってくれ」


 俺は何の躊躇もなく右腕を前に突き出す。ギッシュはまだ俺を吟味しているようであった。


「…………本当にいいのか……?」


「いいわけねぇだろうが。でも他に選択肢がねぇから仕方なくだよ」


 まぁ腕一本ぐらいで兄弟の悩みが解決できるんなら安いもんだ。腕がなくなったらどうすっかな……兄弟に言ってブレードが射出する義手でも作ってもらうか!兄弟なら喜んで作ってくれんだろ!


「その代わり約束しろよ?俺の腕斬ったら、ちゃんとみんな連れて仲良く飯食え。せっかくアニーさんと……出来の悪い俺の秘書が作ったんだ。残したりしたら容赦しねぇ」


「…………本当に……面白い奴だ…………」


 少しだけ笑いながらギッシュが剣を握る手に力をこめたのを見た俺は静かに目を閉じる。いや、流石に自分の腕が切られるところは見たくないでしょうが。結構なトラウマもんだぞ、多分。

 ギッシュは慎重に間合いをはかると、そのまま勢いよく剣を振り下ろした。




 ……ん?斬れたか?なんか思ったより痛くなかったな。


 俺がゆっくりと目を開けると、ギッシュの剣が俺の腕のほんの少し上で止められていた。


「……お前の……いや、指揮官殿の覚悟……しかと見届けた」


「……いいのか?まだ腕くっついてんぞ?」


「……指揮官殿の腕など斬っていたら……せっかくの美味しそうな料理を……食べ損ねてしまうからな…………そうだろ……お前たち……?」


 うわっ!なんか鎧の集団がこっちにやって来る!?ホラー再び!!

 ぞろぞろやって来たデュラハン達は、次々と俺のところまでやって来ると頭を下げてくる。中には「……疑って……申し訳ない……」少ない言葉ながら話しかけてくるやつまでいた。


「俺のことはいいからさっさと料理をもらいに行けっての!昼休み終わっちまうぞ!?」


 俺の言葉に反応したのか、デュラハン達が一斉にアニーさんの所へと群がる。


 急に忙しくなった食事処だが、アニーさんが一人で淡々とデュラハン達を捌いていった。って一人?あのダメ秘書はどこ行った?


「……クロ様?」


 ぞくっ……!!信じられない殺気を放っている何かが背後にいる……。

 俺は恐る恐る振り返ると、素敵な笑みを携えたセリスの姿があった。あっ俺、今日死ぬかも。


「随分勝手な行動をなさいましたね」


「いやだってあれは───」


「はい?何か言いたいことでも?」


「いえ……すいませんでした……」


 あまりの恐怖にセリスの顔を直視などしていられずに、俺は顔を下へと向けた。そんな俺の腕にセリスはゆっくりと手を伸ばすと、コートの裾をそっと掴む。


「あんまり無茶をしないでください……。あなたに何かあったら、私はアルカになんて説明すればいいのですか……?」


 セリスの手は震えていた。……ちょっとやんちゃが過ぎたかな。


「……悪い」


「……反省してください」


 少し怒ったような顔でセリスが俺の目を見つめる。……こいつには極稀に、本当に奇跡みたいな確率でドキッとさせられるから困る。


「とりあえずは上手くいったってことでいいのかな?」


「はい……お疲れ様です」


「おう。……俺達も手伝いに行くか!」


「そうですね!アニーさんだけに負担はかけられません!」


 俺達は急いでアニーさんの助っ人に入る。いつの間にか第二陣の休憩組も姿を現し、俺達大忙し!っていうか俺は空いた皿を片づけたり、配膳したりするだけだから実質忙しいのはセリスとアニーさんのお二人。いやー二人が手伝いに来てくれてマジ助かったわ。


 そんなこんなで第三陣の休憩組もなんとか終わり、俺達の食事処初日は大盛況のうちに幕を下ろした。




「……上手くいったみたいだな……」


 俺達が一息ついていたところにボーウィッドが姿を現す。うーん、黒もいいけどやっぱり白銀の甲冑もかっこいいな。

 ボーウィッドが俺の目の前に座ると、すかさずアニーさんがボーウィッドの前にお茶を置いた。相変わらずの良妻っぷりに感動します。


「初日はこんなもんだ。まだまだこれからだな」


「……期待しているぞ……兄弟……」


 二人で静かにお茶をすする。……うまい。

 今日の食事処ではちらほら会話する声も聞こえた。でもまだまだ全然足りない。明日は俺からも話を振ってもっと会話させてやる。コミュ障どもよ、覚悟しとけよ!!

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