第21話 小さな優しさは気づきにくいけど、気づくとやっぱり嬉しい

 俺はアニーさんに何度も何度も泣きながらお礼を言われ、ボーウィッドに明日から一緒に行動する、と固く約束されながらボーウィッドの家を後にした。


 転移魔法で小屋の近くまで移動すると、ウッドデッキで座っているセリスの姿が目に入る。


「お疲れ様です。ボーウィッドと話し合って、何かいい解決策は浮かびましたか?」


「ん?あーなんも浮かばなかった。また明日から考えないとだめだな」


「そうですか」


 ……なんかセリスが微笑んでるんだけど。よからぬたくらみを企てているようにしか見えない。


「なんだよ?なんか嬉しそうだな」


「いえ……クロ様が元気になられたみたいですから。ボーウィッドとの夕食も無駄ではなかったのかなと思いまして」


 えっ?まさか俺のこと心配してくれてたの?しゃべる凶器みたいなセリスが?


「アルカがとてもあなたのことを心配していたので。アルカにまで心配かけるとはダメな父親ここに極まりですね。もっとしっかりしてください」


 うん、平常運転だわ。俺のハートをざっくざくに切り刻みやがったわ。くそが。

 それにしてもアルカが俺のことを心配してくれていたとはなぁ……嬉しい反面情けなくもある。セリスの言うことを聞くみたいで癪だが、もっとしっかりしないとな。


「アルカはもう寝た?」


「とっくに寝ましたよ。今何時だと思っているんですか?」


「だよなぁ……あぁ、アルカ成分が枯渇する……」


「バカなこと言ってないでさっさと家に入って休んでください。明日も仕事なんですからね」


 おーおー厳しいね相変わらず。俺は忌々しく思いながらセリスを一瞥すると、何も言わずに小屋に向かった。そして、ドアに手を伸ばしかけたところでピタッと身体が止まる。

 ……ん?今アルカはとっくに寝たって言ったなかったか?じゃあなんでセリスはここにいるんだ?アルカが寝たならもう帰ればいいのに。ここは魔王城なんだから寝ているアルカを一人にしても何の危険もないだろ。


 ってことはセリスがここにいた理由はアルカじゃなくて……。


 俺はクルリと反転すると、仏頂面で近くにある椅子に腰を下ろした。そんな俺を見てセリスは目を丸くしている。


「何をしているんですか?」


「うるせぇな……どうせもう夜遅いんだ。もう少し遅くなっても同じだろ?たまには話に付き合えよ」


「…………仕方ありませんね」


 セリスは渋々といった感じで俺の隣に座った。おい、その聞き分けのない子を見るような目で俺を見るのを止めろ。めっちゃ腹立つ。


 何とも言えない沈黙が二人を包み込む。なんで話に付き合えとか言っちゃったんだ、と俺が後悔していると、セリスが呆れた表情を向けてきた。


「私のことを呼び止めておきながらだんまりですか?」


「……こういう時は秘書が話題を提供するもんだろ?」


 セリスが俺に見せつけるように大きくため息を吐く。人を苛立たせる天才かこいつは。


「今日、夕飯を食べながらアルカが嬉しそうに言っていたのですが、もう基本属性の初級魔法シングルは完璧にマスターしたみたいですよ?」


「まじでか?地属性は教えた覚えがないんだが……」


「ルシフェル様がご教授なさったみたいです。あの二人、ただ遊んでいるってわけではないみたいです」


 あーフェルに教わったのか。本当は俺が直接教えたいんだがフェルなら問題ないだろう。あいつは俺が認めた数少ない魔法陣の使い手だからな。


「ルシフェル様から直接教えていただけるなんて、アルカは本当に幸せ者ですよ。私はルシフェル様以上の術者を見たことがありませんからね」


 ……なんだろう。レックスの魔法陣を見て、同じようなことを言っていた奴が何人もいたが、その時は何にも感じなかったのに、セリスに言われると妙に悔しい。この悔しさはフェルに劣っていると言われているからだろうか?


「……まぁアルカが強くなってくれればくれるほど俺は嬉しいんだけどな」


「すぐに抜かれてしまいますよ?守るとか大仰なことを言っておきながら、娘に守られるようなみっともない父親にはならないでくださいね」


 こいつは本当に一言一言棘があんのな!つーか俺に勝てるようになったらお前の大好きな魔王様だってやられかねないっつーの!!……それはちょっと自信過剰すぎるか。

 実際フェルの本気は見たことがないからなぁ……あん時だって俺の力を試している風だったし。まぁ、俺も全然本気なんかじゃなかったんだからね!勘違いしないでよね!!


「クロ様はボーウィッドとどんな会話をしたんですか?」


「んー?会話らしい会話はあんまりしてないけど……」


「まぁ彼は寡黙ですからね」


 楽し気にくすくすと笑うセリス。あっ、そういやセリスに聞きたいことがあるんだった。


「俺はアイアンブラッドにしかまだ行ったことはないからよくわかんねぇんだけど、魔族の街同士で交易とかあるの?」


「それはありますよ。種族によって得意なことが違いますからね。自分達の自慢の品を相手に渡して、自分達が作れないような物を相手から頂く。人間の世界でもそうなんじゃないですか?」


「あぁ、そういうところは変わらんな」


 やっぱり交易してるのね。なんとかアイアンブラッドもその交易の輪に交じりたいもんだけど……上質な武器は揃ってはいるんだけど、いかんせん交渉がなぁ……壊滅しているといっても過言じゃない。


「そういえばボーウィッドの奥様の料理はどうでした?」


「いやーあれはびびった。デュラハンが飯を食うことにもビビったけどな。美味いのなんのって……」


 特にピザはやばかったな。王都でも食べたことあるけど、あそこまで美味いのは初めてだ。


「……いつも食べてるお城のご飯とどちらが美味しかったですか?」


「味も見た目もアニーさんの方が上だったなー。でも、アニーさんの料理はボーウィッドのために作ってるって感じがした。だから、毎日食べたいって思うのはお城の方かな。なんとなく俺好みの味だし」


「……そうですか」


 待て待て待て。なんでちょっとお前が嬉しそうなんだよ。褒めてるのはお城の女中さんだぞ?魔王城大好きっこか、お前は。


「まぁでもセリスも一度は食べてみた方がいいぞ?どーせ料理なんかしたことないんだろうからアニーさんとこ行って教えてもらえよ」


「…………余計なお世話です」


 セリスがプイッと横を向く。なんか思っていたよりも反応が鈍い。もっと邪悪な笑顔を浮かべながら、えげつないことバンバン言ってくると思たのに。なんか拍子抜け感が拭えないぜ。


「……あと面白かったのはデュラハンのご飯の食べ方だな。あいつら口元に持っていくだけで料理が消えるんだぜ?」


「消えるんですか?」


「あぁ。もうシュッ!って感じになくなるんだよ。俺も何度も見たけど結局消えてるようにしか見えなかった」


「それは……ちょっと見てみたいかもです」


 いやーあれはなかなかにトリッキーだったね。酒場でやったら大うけ間違いなしだろ!あっ今度ボーウィッドと酒でも飲みたいなー。互いに酒を注ぎ合ってちゃんとした兄弟の契りを……。

 そこまで妄想して、俺はボーウィッドの涙を思い出す。あれを見た時、俺は本気でこいつのために何かをしてやりたいって思ったんだ。


「……何か良いことを思い出したんですか?」


「えっ?」


「口元が笑っていますよ」


 セリスに指摘されて自分が笑っていることに気がつく。しょうがねぇだろ。あれは本当に嬉しかったんだから。

 俺は前かがみになって膝の上に自分の肘を置き、指を組んだ。


「ボーウィッドがさっ、最初俺を見た時、敵だって思ったらしいんだ……俺が人間ってだけで」


「それは…………当然の事ではないでしょうか?」


「あぁ……俺もそう思う」


 セリスを見ながらゆっくりと空を仰ぐ。おー今日は満月か。全然気がつかなかったぜ。ここで見る月も、人間の世界で見る月も、大して変わんねぇのな。


「でも、あいつは俺に謝罪してきた。疑って済まない、敵だと思って済まないってな。信じられるか?身体が震えるくらい自分を責めまくってだぜ?」


「…………」


 セリスが真剣な表情で俺の顔を見つめる。その表情からはセリスの心のうちは何にも読み取ることができない。だが、俺は構わず話を続ける。


「そんな兄弟の姿を見て俺は決意した。ぜってー何とかしてやるってな」


 コミュ障が何だ。そんなの障害でも何でもない。デュラハンだって絶対周りとつながりを持つことができる。だって俺はボーウィッドと兄弟になることができたんだから。


「まぁ、完全に手詰まり状態だし、まだ何にも解決策は思いついてないんだけどな!」


「…………できますよ、あなたなら」


「ん?」


「なんでもありません」


 なんかセリスがぼそぼそ言ってた気がするけど……。俺が再度聞き返そうとすると、セリスは椅子から立ち上がった。


「もうお話はこれくらいでいいでしょう。やる気を見せてくれるのはいいですが、結果が伴わないとどうしようもありませんからね」


「……わーってるよ」


「わかっているならいいです。さぁ、明日からもビシバシ働いていただくんですから、さっさと身体を休めてください」


「……本当可愛げのない奴」


「あなたに可愛いと思ってもらわなくても結構です」


 ツンっと振り返ると、セリスは転移魔法の魔法陣を組成する。


「では私はこれで。おやすみなさい」


「はいはい、おやすみおやすみ」


 俺が投げやりに返事をするとセリスは無表情でお辞儀をしながら消えていった。はぁ……相変わらず愛想のねぇ奴。

 俺は一人でしばらく空を見上げていたが、ゆっくりと立ち上がると、決意を新たに家の中へと入っていった。

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