第22話 昼飯はしっかり食べるべき

 翌朝、アイアンブラッドに着くと街の入り口でボーウィッドが待っていてくれた。昨日の約束通り、今日は朝から俺達に付き合ってくれるようだ。俺はセリスとボーウィッドと三人で工場を巡っていく。

 今日の俺は昨日までの俺とは違う!心強い兄弟を得た俺はいわばスーパークロとなったのだ!どんなに小さなヒントでも見逃すつもりはないぜ!


 三人で工場を回り始めたから三時間。

 あのー、あれだ。うん、そうそれ。心持ちが変わったからといって、すぐに解決に至るなら誰も苦労しないっていうね。

 工場内は毎日が同じ事の繰り返し、変わったことなど何一つない。


「……そろそろお昼にしませんか?」


 少し疲れた顔でセリスが俺に声をかけてきた。

 そら疲れるわな。毎日毎日俺が不毛な時間を過ごしているというのに、セリスは文句ひとつ言わずに後ろについてきている。普段はすぐに俺へのダメ出しをしてくるというのに。

 こいつもなんだかんだで俺の事を気遣ってくれたんだな。昨日も夜遅くまで待っててくれたし。

 直接言うのはなんか恥ずかしいから、俺は心の中でセリスにお礼を言った。


「腹ごなししてからまた考えますか。ボーウィッドはどうする?」


 そういえば昼時にボーウィッドが一緒にいるのは初めてだな。いつもはセリスが城から持ってきてくれたお弁当を、街にある適当なベンチに座って二人で食べてるし。


「……俺たちは……昼飯を食わない」


「そうなのか?なら昼休憩の時は何してるんだ?」


 無趣味全開のデュラハンが休憩時間に飯を食べないとなると、金持ちの屋敷にある甲冑の如くその場にずっと佇んでそう。


「……昼休憩は……ない……」


 …………え、まじ?


「午前9時から……午後5時まで……休まず働く……」


 わーお、ブラック企業。休みなしはきついって。

 ちなみに俺の知っている最高のブラック企業は王国の騎士団。あいつらの勤務時間は午前7時から午前7時まで。二十四時間勤務だぜ!やったね騎士団、寿命が縮むよ!


「それで不満は出ないのか?」


「不満は出ない……だが……やはり一日二食だと……仕事の途中で……空腹を感じる事が多い…………でもいちいち家に帰ってご飯を作るのは……手間だ……」


 そりゃ家に帰んのはめんどくせぇわな。そんなんしないでどっか食べにいけば…っていや待てよ。この街に飯屋なんかあったか?見た覚えがねぇぞ?


「兄弟や。一つ尋ねるがアイアンブラッドに食事処とか酒場はないのか?」


「……家に食事があるのに……何故外に飯を食べに行く…………?」


 なるほどな。デュラハンには外で飯を食べるという習慣自体がない。食事をする場所は家であり、一人若しくは家族だけで食べるものだと。確かにコミュ障のデュラハンらしいといえばらしい。


 だがこれは光明なのでは?


「何ニヤニヤしてるんですか?気持ち悪いですよ?」


 はん!今の俺は気分が良いんだ!セリスの錆びたナイフじゃ何にも感じないぜ!だけど変態を見るような目で見るのだけはやめてくれ。効果は抜群だ。


「ボーウィッド!事務所に行くぞ!作戦会議だ!」


「……何か良い案を……思いついたのか……?」


 あぁ!この袋小路にも思える問題を打開する事ができるかもしれない秘策がな!


✳︎


「労働環境の改善……ですか?」


 セリスが眉を寄せながら俺の言葉を反芻する。


「そうだ。まぁこの場合は改善というよりは改革かな?別に今の労働環境が悪いってわけじゃないし」


 休みなしでぶっ通しで働き続けてるけどデュラハン達はそれを苦に思っていない。だから人間の俺にはブラックに思えても、デュラハンにとっては普通の職場なのだ。


「具体的には……どう改革する…………?」


 向かいに座っているボーウィッドが心なしか椅子から身を乗り出している。ボーウィッドもデュラハン、今の仕事の形態に疑問を抱く事がなかったのだろう。興味津々といった様子だ。


「まず一つ目がシフト交代制だ」


「……シフト交代制?」


 聞きなれない言葉にボーウィッドが首を傾げる。セリスの方は知っているようだが、それに何の意味があるのかまだよくわかっていないようだ。


「あまり複雑にしてもわかりにくいからここは単純にいく。仕事の時間は午前9時から午後5時までってのは変わらない。だけどその間に一時間昼休憩を入れる」


「…………昼休憩を……?」


「あぁ。ただし工場の稼働を止めるわけにはいかないから11時、12時、13時の三部に分けるのが妥当だろうな。そのどれかに必ず昼休憩を取るとこと」


 それでもお昼の間は人が減ることには変わりないが、そんな切羽詰まった受注があるわけでもなさそうだし、問題ないだろう。


「そして昼休憩に行く奴は自分の仕事を誰かに引き継ぐこと。これを義務付けたい」


 今までやっていた自分の仕事を引き継ぐためには嫌でも会話をすることになるだろう。少しずつで良い、工場内で話す機会を増やしてやれば自然と会話も多くなるはずだ。


「話はわかる……だが昼休憩などあっても…………やる事がない……」


 たった一時間じゃ家に帰っても飯なんか作ってらんないよな。そこで改革の二つ目。


「工場内に食堂を設ける」


「なっ……!?……しかし……誰が食事を……用意するんだ……?」


「これを完全に当番制にしたい。工場で働くデュラハンの中から毎日三人くらいが午前中は工場の仕事をせずにみんなの飯を作る。そして昼休憩に来たデュラハン達にそれを振る舞うって感じかな」


「なるほど……」


 ボーウィッドが腕を組んで無言で考え込み始めた。

 この工場食堂計画はかなりの頻度で他人と関わるようになる。料理を作る側は当然のことながら何を作るか話し合わなければならないし、誰が何をするかとかも決めなくてはならない。

 提供される側も仲間と同じ釜の飯を食えば会話も弾むだろう。ボーウィッドの家で食事をご馳走になった時も、なんだかんだボーウィッドは普段よりも饒舌になっていた……気がする。


「兄弟の……言いたいことはわかった……だけど……シフト交代制は……何とかなるが……食事処は……すぐには実行できない……」


「まぁ、そうだろうな。だがこの案に乗ってくれるんであれば、とりあえず簡易的な食堂を作って、しばらくは俺がご飯を作るぜ!」


「え?クロ様は料理ができるんですか?」


 初耳といった顔でセリスが俺の顔を覗き込む。そりゃ当然初耳だろうよ。何たって俺自身、自分が料理ができるってのは初耳だ。


「為せば成る」


「……できないんですね」


 セリスが呆れたようにため息をつく。できないなんて言ってないだろ!やったことないだけだ!


「……とりあえず……試験的にやってみたいが……工場で働く者達の……同意を得ねばならない……」


「……確かに筋は通さなきゃな。よし、兄弟!工場を一つ決めて、仕事が終わったらそこで働く者達を一箇所に集めてくれ!俺が直に説明する」


 俺の言葉を聞いてしばらく口元に拳を添えて悩んでいたボーウィッドだったが、意を決した様子で俺に顔を向ける。


「……わかった……だが……」


「誰もが兄弟みたいに俺の事をよく思っているわけじゃないって言いたいんだろ?わかってるよ」


 俺の言っていることに賛同しないかもしれない。いやむしろ俺が人間ということで話すら聞かないかもしれない。

 ボーウィッドの口から説明した方がデュラハン達も聞く耳を持つだろう。そんなことはわかっているけど、うまくは言えないがこの件は自分の口からデュラハン達に伝えたかった。


 ボーウィッドはゆっくりと頷くとソファから立ち上がる。


「……この工場で……新しい労働環境を試す……終わるまで……適当に時間を潰していてくれ……」


 そう告げるとボーウィッドは事務所から出て行った。


 残された俺だが、なんとなく視線を感じて横に目を向けると、セリスが不安そうな顔で俺を見つめていた。


「しけた面してんじゃねぇよ」


「……ボーウィッドに任せた方が良かったのでは?」


 せっかく見つけた一筋の光が、種族の違いというくだらない理由で無に帰す事をセリスは心配しているみたいだ。

 俺はアルカにしてやるようにセリスのサラサラなブロンドヘアを撫でてやった。


「ちょ、ちょっと!何しているんですか!?」


 羞恥のせいか、セリスは顔を真っ赤にしながら慌てて俺から距離を取る。そんなセリスに俺はわざとらしくとぼけた表情を浮かべた。


「不安そうな顔してたからな。アルカがそんな顔をしている時に撫でてやると喜ぶから、てっきりセリスも喜ぶかと思った」


 からかわれた事に気がついたセリスの眉間にシワが寄ったが、それをほぐすようにこめかみに指を押し付けながら、首を左右に振る。


「まったく……あなたという人は……。心配してもこちらが損するだけですね」


「ようやく気づいたか。お前は嫁の貰い手の心配だけしてろ」


 俺は敢えて軽口を叩く。セリスに緊張している事を悟られたくなかった。


 そら緊張もするって。どアウェイの状況で行う無謀とも思える改革。意気揚々と秘策と謳ったが、ここにきてうまくいくビジョンが全く見えてこない。人間の俺が言うことを真摯に聞いてくれる魔族の方が珍しいっての。

 でも、そんな弱気な自分をセリスには知られたくなかった。


 尤も、俺の言葉に何も言い返してこなかったところを見ると、バレバレだった気がしないでもないが。

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