第20話 お呼ばれはする方もされる方も緊張する

 今日は久しぶりにボーウィッドを伴っての視察。だが、変わったのは人数だけだ。何の成果も得られていないことに若干自己嫌悪になりそうな俺。


「俺達のために……いつもありがとう……兄弟……」


 ボーウィッドがいつもの低音ボイスで俺を励ましてくれる。あぁ……兄弟が優しければ優しい程、何もできない自分が低能無能なゴミ屑野郎に思えてくる。

 誰か俺をののしってくれ!哀れな豚と踏みつけてくれ!!生きる価値のないミジンコ野郎となじってくれ!!

 俺は期待を込めた眼差しをセリスに向ける。


「なんですか?そんなもの欲しそうな顔しても、私は何も持っていませんよ?あほ面浮かべてないで、さっさと解決策を探してください」


 うん、あれだ。ののしってくれって言ったけど、本当にののしられると傷つくもんなんだな。今度からはもう少しソフトに責めてくれる人を探すよ。

 俺は手すりにしなだれかかりながら工場の様子に目を向ける。眼下にはいつも通りの無口な職場。少しは無駄口叩いて仕事しろよ、お前ら!!


「……兄弟……」


「ん?」


 俺がボーウィッドに目を向けると、なにやら緊張しているような面持ちでこちらを見ていた。


「俺達のために……頑張っている……兄弟に……感謝の意をこめて……夕食に……招待したい……」


 なん……だと?生まれてこの方、友達からの誘いなんて受けたことない俺が、夕食のお誘いを受けるだと?レックスのはノーカン。だってあれは招待じゃなくて徴集だから。兵役義務だから。

 兄弟の厚意を無にしたくない。無にしたくないのだが、家にはエンジェル……あっ、間違えた、マイスイートラブリーエンジェルが待っているからな。どうしたもんか……。


「行って来てはどうですか?アルカは私が見ておきますよ」


「ん?」


 あぁ、セリスがいればアルカは寂しい思いをせずに済むか。それはそれでなんとなく嫌だが、俺は魔族領で初めてできたこの友達を大切にしたい。


「じゃあお言葉に甘えるとするか。兄弟!お呼ばれされるぜ!」


「よかった……断れるかと……少し怖かった……」


 わかるわかる!コミュ障の俺達は人を誘うのも命懸けだよな!断った方は本当にただ都合が悪いだけなのに、俺って嫌われてるんじゃないか、とかいろいろ勘ぐっちまう。それが嫌だから最初から誘わないって選択肢を選んじゃうんだよなー。


「兄弟が…来てくれるなら…………家内も喜ぶ……」


 ……カナイ?カナイって何?あぁ、あれ?金ピカおしゃれヘルムの金井君の事?


 現実を受け入れられない俺に、セリスが止めの一撃を入れる。


「あぁ、言ってませんでしたっけ?ボーウィッドは妻帯者ですよ?」


 相変わらずの鋭利な切れ味あざーっす!俺は完全に死にました。



 夕方、いつも通り何の糸口も見つけられないまま職務を終えた俺は、ボーウィッドに連れられ自宅にお邪魔していた。最初にボーウィッドを訪ねた時に歩いた場所は工場部分だったので、自宅に入ったのは初めてだったのだが。


 感想、何もない。


 まずは兄弟の部屋を案内してくれたのだが、あったのはベッドと自分の鎧を磨くための布。机もなければ椅子もない。本当に身体を休めるだけのスペースであった。

 いやー、本が一冊もないことには驚きだな。人間の世界では娯楽として普及してたから。本を読んだことがない奴なんていなかったのにな。てっきり魔族もそうだと思ってた。……でも、セリスも暇さえあれば本読んでるし、デュラハンが本を読まない種族なのか?


「なぁ兄弟。デュラハンは本を読むのが嫌いなのか?」


「……俺達デュラハンは……兄弟も知っての通り……コミュニケーションをとるのが……苦手だから……他種族と…………交流がはかれない……だから……読みたくても……本が手に入らない……」


 なるほどな。コミュ障のせいで他の種族と良い関係が築けないってことか。っていうか魔族って街と街で交易とかしてるのかな?他の街に行ったことがないからわからん。帰ったらセリスに聞いてみるか。


「食料とかはどうすんだ?ってかデュラハンって食事するよな?」


「……俺達も……食べなきゃ力は出ない…………食料は必要不可欠だからって……オークたちが……この街に店を構えて売ってくれている……」


 あーそういえば街にあった肉屋とか八百屋とかは、ゴブリンやオークが切り盛りしていたな。それ以外の店は武器屋しかなかったけど。


「…………この先がリビングだ……」


 おっと、とりあえず今はお呼ばれされたこの状況を満喫しなきゃな。俺はボーウィッドの後について行きリビングに入った。


 うーん、兄弟の部屋よりはましだが……やっぱなんもないな。なんか無造作にソファが置いてあるだけだ。後、めちゃくちゃ武器が飾られている。これじゃ工場の事務所となんも変わんねぇな。

 俺が部屋をキョロキョロ見ていると、ボーウィッドが少し小ぶりな黄色い鎧のデュラハンを連れてきた。


「……紹介する……妻のアニーだ…………」


「アニーです……夫がお世話になっています……」


「あっどうも。魔王軍指揮官のクロって言います。とてもお奇麗(な甲冑)ですね」


「……褒めても何も…………出ませんよ……」


 うん、なんかよくわからんが美人な奥さんだ。なんとなく黄色い鎧に赤みがさした気がする。


 挨拶もそこそこにソファに座るようにボーウィッドに促され席に着くと、アニーさんが料理を運んできてくれた。

 デュラハンって何食べるんだろ、と心配していたが、なんてことはない、出てきたのはとてもおいしそうなピザに、豪勢に飾られた照り焼きチキン。予想外のごちそうに嬉しい悲鳴を上げながら、三人で食事を始める。


 三人で囲む夕食は思いのほか楽しかった。会話こそほとんどなかったが、それでも要所要所でアニーさんの気遣いを感じ、ボーウィッドからは親愛の情を向けられている気がした。


 仲睦まじい夫婦なのは、はたから見てても明らかだったのだけど、俺は意外にも穏やかな気持ちで二人を見ることができた。もっとこう……リア充爆発しろぉぉぉ!!とか、仲良しですね死んでしまえばいいのに、とかなると思ってたんだけどな。

 多分二人がいい人だってのが分かってるってのがあるし、必要以上にいちゃつかないってのもあるとは思うけど……正直、目の前のソファに鎧が二人座っていても、防具屋にいる気分にしかならないってのが一番の理由です。


 あぁ、あと一番不思議だったのが……。


「……食べているか……兄弟…………?」


「ん?あぁ!アニーさんの手料理は最高だな!」


「指揮官様に……そう言ってもらえて…………光栄……です……」


 うんうん、アニーさんはおしとやかな人だ。どっかの取扱い注意な金髪秘書に見習わせたいよ。……っとと、今度こそ見逃さないぜ!

 俺はピザを口に運びながら、目だけはボーウィットの手を追っている。その手には俺と同じようにピザが握られており、ゆっくりと口に運んでいくところだった。

 瞬きすらしない。ドライアイなんかくそくらえ。俺は一心にピザを持つ手を凝視する。

 兜まで三十センチ……二十センチ……十センチ…………ってやっぱ消えたぁぁぁぁ!!何回見ても消えてるようにしか見えねぇよ!!兜に食べ物が近づいた瞬間ブラックホールに吸い込まれてるよ!!マジでどうなってんだデュラハン!!ってかピザマジでうめぇな!!


 そんなこんなで食事も終わり、アニーさんが食後のコーヒーを運んでくれる。本当によくできたよろ……ゲフンゲフン、奥さんだ。

 俺はお礼を言ってカップを受け取ると、じっくりと匂いを嗅いだ。うーん、この香りだけで頭がしゃきっとするぜ!


「どうだった……?……妻の……手料理は……?」


「いやお世辞抜きで美味かった!また食べに来たいぐらいだぜ!」


「……それは……よかった……またいつでも来るといい……」


 ボーウィッドもカップをとり、口元へと運ぶ。傾けていないにもかかわらず、カップからコーヒーがどんどん減っていった。もはや怪奇現象。

 二人でゆっくりくつろいでいると、後片付けを終えたアニーさんがボーウィッドの隣に座る。俺がお礼を言うと、アニーさんは優しく微笑んだ。


「……この家に……人を呼んだのは……初めてだ……」


「そうなのか?」


「……あぁ……」


 ボーウィッドがカップを机に置き、俺のことを見つめる。


「……兄弟を見ていて……俺も変わらないとって……思うようになってきた」


「へっ?俺?」


 あれ?俺なんかしたっけ?なんか、視察とか言って工場行っては作業の邪魔ばっかりしている気がする。

 隣でアニーさんが静かに頷いた。


「指揮官様に会って……夫は……少し変わりました…………家にいても……あまりしゃべらなかったこの人が……私に……話しかけてくれるように……なったんです」


 そうなのか……俺の頑張りも無駄じゃなかったってことかな。なんかちょっとだけ救われた気持ちになったわ。

 俺がそんなことを考えていると、ボーウィッドがずいっと身を乗り出してきた。


「兄弟は……俺達のために……必死になってくれてる…………俺には伝わってる……だから…………みんなにも……絶対伝わる……!」


「っ!?」


 やべぇ……その発言は卑怯だろ。俺はごまかすように下を向くと眉毛をいじる振りをして目元をぬぐう。下手くそな演技すぎてバレバレだっただろうけど、ボーウィッドは何も言って来なかった。その優しさがまた暖かくて、さらに目頭が熱くなる。


 なんだかんだ言って結構追い詰められてたんだなー俺。結果が出なくて空回りばっかで。まったく……こんな姿セリスに見られたら、何言われるかわかったもんじゃねぇな。


 少し落ち着きを取り戻した俺が顔を上げると、アニーさんがコーヒーを注ぎ足してくれた。俺は頭を下げながらカップを持つと、ゆっくりとコーヒーをすする。なかなかにビターな味。でも、今の俺にはちょうどいいな。


「……ちょっと言いにくいこと……言ってもいいか?」


「ん?言いにくいこと?」


 改まってどうした?えっ?何?もしかして今日のって有料?俺金持ってないんだけど?ツケとかいけるよね?


「……最初に会った時……俺は兄弟を見て……不信感しかなかった…………」


 あーそういう話?そりゃ敵方である人間がやってくればそうなるのが当然だろうよ。あのバカ魔王が特殊なだけ。

 俺だって動く甲冑とかホラー?とか思ってたよ。だがコミュ障と知ってからはめちゃくちゃ親近感がわいたけどな。


「人間……それだけで……兄弟のことを……敵とみなしていた……」


 人間、か……確か、セリスも同じような感じだったっけ。


「自分が……外見で苦労することが……多いというのに……そんな俺が……外見で判断してしまうとはな……」


 ボーウィッドの見た目は、白銀のフルプレート。その上、口下手とくれば、デュラハン相手ならどうか知らんが、他の種族の奴らには怖がられる事も多いんだろうな。


「……だが、兄弟はそんな事関係なく接してくれた……俺はその時、疑っていた自分が恥ずかしくなった……」


「兄弟……」


「……本当にすまなかった……」


 ボーウィッドが深々と頭を下げる。表情なんてないのに、こんなにも本気で謝ってるって伝わるんだな。俺は全然気にしてねぇよ。だからそんなに身体を震わせて自分を責めるな、兄弟。


「ボーウィッドよ、何を勘違いしている?」


「……えっ……?」


 ガチャンと音を立てながらボーウィッドが頭を上げた。そんな兄弟に俺はニヤリと笑いかける。


「魔王軍指揮官として言わせてもらえればな、目の前に怪しい人間が現れたのに警戒もできないようなやつは幹部失格だ!!だから兄弟よ!お前の反応は正しい!!」


「……なっ……!?」


「だけど今は違うんだろ?だったらいいじゃねぇか!俺はお前のダチだ!お前がそう思ってなくても、俺は勝手にそう思ってるからな!兄弟!!」


 ボーウィッドはしばらく茫然と俺を見つめていたが、急に目元を押さえ横を向いた。フルフェイスの間から液体が流れているのが見える。デュラハンも涙を流すんだな……って隣でアニーさんがめっちゃ泣いとりますやん!嗚咽がめっちゃ鎧に反響してますやん!!


 俺は立ち上がり、ボーウィッドにニカッと笑いかけると何も言わずに拳を出した。ボーウィッドも立ち上がり、俺の拳に自分の拳をぶつける。


「……もうクロは……敵なんかじゃない……俺の……兄弟だ……!!」


「あぁ!これからもよろしくな!兄弟!!」


 この日、俺は本当の意味でボーウィッドと兄弟になった気がした。

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