第17話 秘密基地は男のロマン
「あっ、クロ。休暇はもういいのかい?」
「あぁ。この城の人達のおかげだ。ここにいる限りはアルカは安全だからな」
ここで働く女中の人はみんなアルカに優しい。最初は俺に懐疑的な目を向ける人たちばかりであったが、アルカと一緒にいるところをちょくちょく見られているうちに、いつの間にか俺への風当たりも大分弱まっていた。アルカに感謝しなくちゃいけねぇな。
「アルカのためにも、そろそろ働かなきゃいけないと思ってさ」
「うんうん、労働はいいことだ」
フェルが腕を組みながら満足そうに頷いた。いやお前も働けよ。アルカから聞いてるけど、魔王城に行くと九割方フェルが遊び相手になってくれているらしい。どんだけ暇なんだよ、魔王様。
「さて……じゃあそろそろ本格的に指揮官の仕事をやってもらおうかな」
フェルは空間魔法から大きな紙を取り出し、部屋にあるテーブルの上に広げた。
これは、地図か?ここまで詳しい地図は初めて見たな。学校の教科書に載っていた地図もこんなに精密なものじゃなかったぞ。
「この地図を見ればわかる通り、ここが僕達の領土だね」
フェルが地図の上側を指でなぞる。その面積は驚くほど狭かった。魔族領ってこんなものしかないのか?人間の領土の四分の一にも満たないぞ。それなのに人間は魔族の領土に侵攻しようとしているなんて、これじゃまるで魔族が追い立てられてるだけじゃねぇか。
「クロ?聞いてる?」
「ん?あぁ、わりぃ。続けてくれ」
いかんいかん。あまりに衝撃的な事実で一瞬茫然としてしまった。フェルは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに地図に目を落とした。
「それでこの魔族領には魔族城を囲むように七つの街が存在するんだ」
「七つの街……ってことは?」
確か魔族の幹部達も七人いたはず。ということはつまり幹部一人一人がその街の長って考えるのが普通の流れだな。
「お察しの通りだよ。それでここからが君の仕事」
フェルが地図から目を話し、俺の方に顔を向ける。
「六つの街に赴き、街の状況を知り、幹部達と仲良くすること」
幹部達と仲良く、か。まぁ、指揮官って立場上、それぞれの幹部達と関わる時間は多くなる。確かに仲良くなっておかないと、色々仕事に支障をきたしかねねぇな。
でも、ちょっと待てよ?今フェルは六つの街って言わなかったか?
「六つってことは一ついかない街があんだな。その幹部とは仲良くならなくていいのかよ?」
「えっ、だってもう君達十分仲いいじゃん」
「なっ……!!」
声を上げたのは俺ではなく、この部屋に来てから一言もしゃべっていないセリスだった。あっ、そっか。こいつも魔族の幹部だから、こいつが治める街もあんのか。
「ルシフェル様、誤解です!私達は仲良くなどありません!!」
「そうなの?時々中庭でアルカと三人、仲睦まじく話しているから、てっきりもう夫婦にでもなったのかと」
「……ルシフェル様?その言葉、どうか訂正していただけないでしょうか?」
「あっはい、すいません」
今のセリスの顔やべぇぇぇ!!!めちゃくちゃ笑顔なのに威圧感が半端ねぇぇぇ!!あの魔王が即座に謝っちゃったよ!つーか、俺もあの顔されたら即土下座する自信あるわっ!!
「と、とにかくそういうことだから!誰から行ってもいいからよろしくね!すべての街にはセリスが行ったことあるから転移魔法で飛べるはず!じ、じゃあ、僕は用事があるからこれで!」
逃げるように部屋からいなくなるフェル。哀れ魔王、元秘書に迫力負けする。つーか用事ってアルカと遊ぶ約束だろ?さっき昼飯食ってるときにアルカが楽しそうに「この後ルシフェル様と遊ぶんだー!」って言ってたわ。マジで働けって。
「さて、バカもいなくなったし、さっさと仕事に行きますか」
「バカって……でも、最近はそれが否定できないのが少し悲しいです」
セリスが困ったようにため息をつく。なんか知らんがフェルの株が暴落し始めてんぞ。いい気味だ。
「それより行く場所はもう決まってるんですか?」
「あぁ。幹部達には遅かれ早かれ、会いに行かなきゃいけないと思ってたからな。行くならこいつからって決めていた」
俺は地図上のある街を指さした。それを見たセリスが目を丸くしている。
なんだなんだ?俺がこの街を選ぶのが意外ってか?はっはっはー、まだまだ秘書として脇が甘いな!俺がここを選ぶことくらい予想できていなければ、俺の秘書は務まらんぞ!!
「行くぞ。《鉄の街・アイアンブラッド》へ」
*
セリスの転移魔法により、やって来たアイアンブラッド。
ここはデュラハンのボーウィッドが治める街。魔族が使う武器作成を一手になっていることだけあって、街というよりも工業地域のようであった。どの建物も大きく長い煙突がついており、そこからモクモクと灰色の煙を立ち昇らせている。
人間の世界にいた時はこんな街見たことなかったな。ってか村と王都にしか行ったことがないから、その二つのイメージしかない。
王都は貴族達が住んでるから、バカでかい家がたくさんあるこぎれいな町だったし、ハックルベルの村はただの農村だったからな。
いやでもすげぇな。なにがすごいって武器工場もそうなんだが、街の景色がだよ。歩いているのがほぼ全てフルプレートの鎧なんだ。いやまぁ、デュラハンの街だから当たり前なんだけど、なかなかこの光景は壮観だぜ。
「なんか楽しそうですね……」
隣にいるセリスが呆れた表情を俺に向ける。
はぁ……これだから女子は……。フルプレートは男の子の憧れなんやで?特に漆黒の鎧に身を包み、敵か味方が分からないとか最高やん。それで主人公の窮地に駆けつけて自分の命を賭して強敵を撃破する。主人公が感謝しながらフルプレートの仮面をとると、そこには生き別れた兄の顔が……。くー!泣けるぜ!!
「どうでもいいですけど、さっさとボーウィッドの所に参りましょう」
俺が楽しそうに街の景色を見ていたら、セリスがどんどん先に行っちまいやがった。くっ……流石に土地勘がない俺が一人でいるのは厳しいものがある。仕方ない、今はセリスの後に大人しくついて行くか。
二人で街を歩いていき、辿り着いたのは完全に真四角な建物。セリス曰く、ここはボーウィッドの自宅兼武器工場らしい。まさか自宅にラボを作るとは……ボーウィッド、わかってるなお前。絶対家の中に秘密の出口あるだろ!確実に市場に出せないような武器を作ってる裏施設あるだろ!
セリスが壁にあるボタンを押す。少しすると完全に壁だと思っていた場所に縦線が入り、ゆっくりと左右に開いた。
「すげぇ!秘密基地っぽい!」
あっ、やば。テンション上がりすぎてつい声に出してもうた。おそるおそる俺が横に目をやると、残念な人を見るような目でセリスがこちらを見ていた。そして、長いため息を吐くと、何も言わずに建物内に入っていく。……これまでで一番心に来るものがあったわ。
薄暗い建物の中を進んでいく。ここには見たことがない魔道具ばかりが置かれていた。人間の魔道具がどのレベルに達しているのかは知らないけど、明らかに魔族達の魔道具のレベルは高い。
確か魔道具を担っているのはあの厨二病患者だったな。やはり脳みそがお花畑な分、作るものは独創性豊かなものになるんだな。つーかあいつの所にもいかなきゃいけないのか……なんか気が重いぜ。
しばらく歩いていくと、事務所らしき部屋が見えてきた。セリスがノックをすると、間を置かず扉が開かれる。そこには会議の時以来になる、白銀のフルプレートの姿があった。
「魔王軍指揮官クロが魔王の命によりこの街の視察にきた」
「道案内兼秘書のセリスです。突然お邪魔して申し訳ありません」
俺達が名乗るとボーウィッドは静かに頷き、部屋の中へと招き入れる。
ガチャンガチャンガチャン。
ボーウィッドが歩くたび鉄が擦れ合う音がする。うーん、やっぱりフルプレートはカッコいいな……移動音まで渋すぎる。
つーかなんだこの部屋?真ん中にソファとテーブルがある以外、武器だらけじゃねぇか!長刀、短刀、斧に槍に弓。鎖鎌みたいのもあんのか!学校にいるときも、暇なときは武器屋に行って武器を眺めて楽しんでいた俺にとっては天国みたいな所やんけ!
「…………」
とりあえず向かい合って座ったものの、ボーウィッドは一言もしゃべらない。あっ、確かボーウィッドはコミュ障なんだっけか。そりゃ、他人が自分のテリトリーにやって来たら緊張するわな。わかるぞ、その気持ち。
「えーっと……私達がここに来たのはこの街でどういった状況なのか、何か問題とかはないか調査しに来たのですが……」
沈黙に耐えきれずセリスが口を開いた。だが、ボーウィッドは全くしゃべる気配がない。セリスは困ったような顔で小さくため息を吐き、俺の耳に顔を寄せた。
「あの……クロ様。なぜ最初にここを選んだのですか?」
「ん?なんとなくだけど?」
「私、ボーウィッドは少し苦手で……話したことがないんです。というか声を聞いたこともありません」
なるほど……コミュ障に異性と話すなんてハードルの高いことできるはずがない。そもそも話題の振り方が間違っている。コミュ障は異常に上げ足を取られることを恐れている。まずは相手のフィールドに合わせて会話を振るのだ。
「セリス……よく見とけ?俺がボーウィッドとの会話の手本を見せてやる」
「え?」
俺は小声でセリスに宣言すると、身を乗り出してボーウィッドに向き直った。しばらく見つめ合い、つーか目がどこかわからないからとりあえずヘルムを見つめ、ゆっくりと話しかける。
「ボーウィッド……なんかテンション上がる仕掛けとかこの部屋にないのか?」
隣で盛大にセリスがずっこけている。バカめ!これが正解なのだ!
「ちょっとクロ様!なんですか、その意味不明な質問は!?そんなのに答えるわけ───」
「……ここに……レバーが…………隠し通路に……つながってる」
ボーウィッドの声は意外に渋かった。とりあえず、隣であんぐりと口を開け信じられないといった表情を浮かべるセリスに、ドヤ顔を向けておく。
「なるほど、隠し通路か。悪くはないが、それは隠し部屋へと行けるのか?」
ボーウィッドがヘルムを左右に……ってもう顔でいいや、顔を左右に振った。
「ここから……行けるのは……何もない部屋…………と思わせて……そこである操作をすれば……工場内の……ある場所から…………隠し部屋へと行ける」
「その隠し部屋は裏兵器の工場か?」
「この隠し部屋は……ダミー……裏工場には…………別のルートで行く」
「エクセレントだ。二重にも三重にも張り巡らされた罠、最高すぎる」
俺は自然と手を前に伸ばす。前でボーウィッドもほとんど同じ動きをした。そして俺達はテーブルをはさんで熱い握手を交わす。ここに魔族と人間の友情が成立した。
「はぁ……もう、わけがわかりません……」
隣でセリスが頭を抱えていた。男同士の友情に女の入り込む余地はない。
「クロ……指揮官は……人間なのに……いい奴…………」
「おいおいみずくせぇよ!クロでいいぜ兄弟!」
俺がニヤリと笑いかけると、ボーウィッドもニヤリと笑い返してきた(気がした)。
さて、場も暖まってきたところで、そろそろお仕事をしますか。
「さて、ボーウィッドよ。俺は魔族領に来てまだ日が浅いからよくわからないんだが、この街や工場で何か抱えている問題はないか?」
「……工場に……問題が……ある……」
「ほほう、工場に問題があるのか。そいつを聞いてもいいか?」
俺が尋ねると、ボーウィッドはおもむろに立ち上がった。そして部屋の扉へ足を進めこちらに振り返る。
「……見てもらえれば……わかる…………工場……案内する……」
「えっ!?」
「おーそうか。悪いな、忙しいのに」
「気に……するな…………忙しいのは……お互い様だ……それにクロのためなら…………別に苦じゃない……」
マジでいい奴じゃねぇかボーウィッド。なんか隣で素っ頓狂な声を上げてたやつがいるがシカトでいいだろ。
俺は立ち上がりボーウィッドの後ろについて行く。茫然とボーウィッドを見ていたセリスも慌ててその後についてきた。
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