3.俺が兄弟の悩みを解決するまで
第16話 天使のように可愛らしいけど、実際の天使が可愛いかどうかは知る由もない
魔王軍に入ってから一週間目の朝。
俺が自分の部屋で寝ていると、いつものように小さな影が俺のベッドに忍び寄ってくる。寝室の扉が開いた時点で俺の目は覚めているが、あえて寝ている振りを続けた。
ベッドの目の前まできた小さな影は、満面の笑みを浮かべながらその場で跳躍し、俺のお腹付近に着地する。……毎朝のことながら、これは結構辛いものがあるんだよな。
「パパー!!朝だよ!!」
だけど、天使のような愛娘の笑顔を見てしまうと、何も言えなくなってしまう俺。朝からニヤニヤが止まらない。
「おはよう、アルカ」
「おはよう!パパ!」
俺がアルカの頭を撫でてあげると、アルカは気持ちよさそうに俺に身体を寄せてきた。やばい、マジで可愛くて心臓止まる。
セリスが買ってきたシャンプーとリンスがすさまじい効能の物で、少し傷んでいたアルカの茶髪は、今や絹のように滑らかになっていた。
「よし、顔洗いに行こうか」
「うん!」
俺はベッドから起き上がると洗面所まで足を運ぶ。後ろからアルカがちょこちょこついてきているのがまた可愛い。このままじゃ親バカ一直線だな……すでに手遅れという意見は締め切りました。
親子そろって歯を磨く。この歳の子は歯磨きとか嫌いで、結構ずぼらにやってしまいがちなのだがアルカは違う。俺と一緒に歯磨きできるのが嬉しいのか、笑いながらきっちり丁寧に歯を磨いているのだ。うちの子がいい子すぎて眩しい。
一通り朝の身支度が終わったところで、小屋の扉が開く。その音を聞くと、いつもアルカは嬉しそうに玄関へと駆けていった。今日も顔を洗い終わったタイミングでその音が聞こえ、アルカが笑顔で走って行く。
「ママ!おはよう!!」
「おはようございます、アルカ。ちゃんと顔洗って、歯を磨きましたか?」
「うん!」
セリスが微笑みながら、アルカの頭を優しく撫でる。こいつ……いつも俺に「アルカにデレデレしすぎです」って注意してるくせに、人のこと言えないじゃねぇか。今のセリスの顔は火で炙ったチーズバリにとろけてんぞ。
あーちなみに、アルカがセリスのことをママと呼ぶ件については触れないことにした。
前にセリスが「私はママじゃなくてセリスといいます」と言ったことがあるんだが、その時アルカが泣きそうな顔になりながら「……ママじゃだめなの?」と上目づかいで訴えかけたら一発ノックアウト。セリスはアルカをギュッと抱きしめながら「私があなたのママですよ!」って涙目になって言っちゃったからな。誰がママじゃ、誰が。
そんなわけで、アルカの幸せを考えてその話題には触れない方がいい、というのが二人の暗黙の了解になった。
だが、俺が嫁さんを見つけた時にはお前はママの座を降りてもらう。覚悟するんだな、この
俺とアルカは席につくと、セリスの持ってきた朝食を食べる。なぜだか最近はセリスは自分の分も持ってくるので、三人一緒に朝食をとっていた。俺と天使の二人っきりの時間を邪魔しやがって……だが悲しいかな。アルカはセリスが一緒にいるときの方が嬉しそうなのだ。
「そういえば、ルシフェル様がクロ様のことを気にしていましたよ」
「フェルが?」
俺がフェルと呼んでもセリスは特に驚いた様子はない。アルカのママ発言騒動の時に、俺達のことをからかったフェルに対してつい素に戻って以来、セリスの前では別にいっかという俺の中での自己完結が行われた。
最初のうちは顔を顰めていたセリスも、フェルが別段気にしていないことが分かると、それも徐々になくなっていき、今では普通に聞き流している。
セリスはスプーンを置くと、真面目な顔を向けてきた。
「今日の午後には顔を出した方がいいと思います。すこし早いですが、アルカもここの生活にだいぶ慣れてきましたし」
うーん……まぁ確かに。
アルカを引き取ると決まってから、フェルは俺に一週間の休養を命じた。特に理由は告げなかったが、この魔王城という特殊な環境にアルカを慣れさせる、という目的がはっきりしていたため、俺はありがたくその命令を受け入れた。
俺も魔王城についてはよくわからないので、この機にセリスに案内されながら三人で魔王城の中を歩き回ったりした。城の中にはお手伝いさんの魔族もおり、その人たちがアルカのことを可愛がってくれるため、アルカは割と早くにこの場に溶け込むことができた。
今では気兼ねなく一人で魔王城の中に行かせることができ、やっと安心して指揮官としての仕事に出かけることができる。……あの笑顔と離れる事になるのは少々寂しいが、働かなければアルカを養っていくことはできない。
「そうだな……じゃあ、お昼ご飯を食べたらフェルの所に行くか。アルカ、一人でお留守番できるか?」
「大丈夫!ちゃんとパパが帰ってくるまでいい子にしてるよ!」
ほっぺたに食べかすをつけながら、アルカがニコッと笑う。あぁ、もう俺死んでもいいや。
朝食の後は決まって中庭に出て魔法陣の訓練をしていた。なんといってもこの時代、自衛の手段は持っておくに限る!一歩外に出たらみんな敵だと思え!
魔法陣の「ま」の字も知らなかったアルカであったが、流石は魔法陣に長けているというメフィストの血が流れているだけあって、覚えは早かった。
通常であれば魔法陣の仕組みについて理解するのに一年、そして基本属性の簡単な魔法陣をマスターするのにもう一年かかるのだが、アルカは三日で魔法陣の仕組みを理解し、火属性と水属性の
今日は基本属性の一つ、風属性の魔法陣を教えてみる。魔法陣の描き方を教えると、アルカは一人黙々と練習し始めた。
こうなってしまうと俺は暇になる。仕方がないからデッキに移動し、なぜかそこにある椅子に座っているセリスの隣に腰を下ろした。
「……つーか、なんでお前がいるんだよ」
「私にはアルカの成長を見守る義務があります」
どんな義務だよ。そもそもお前にはアルカを見る権利すらない。
「仕事はどうした、仕事は」
「私の仕事はクロ様の秘書です。あなたが仕事をさぼっているから、私の仕事もないというものです」
相変わらず、つんけんしやがって可愛くねぇ。でも、アルカの一件から剣山のような刺々しさはなくなり、大分丸くなったように思える。
「さっさとアルカのために働いてください。お金が無くなってあなたが生活できなくなるのは勝手ですが、アルカを巻き込まないでください」
訂正、めちゃめちゃ棘あるわ。このいがぐり女が。
「……だから恋人出来ないんだよ」
ぼそりと小さい声で呟いたはずなのに、なぜか金髪悪魔の耳には届いてしまったようだ。セリスは、その美しい顔にぴったりな太陽のように眩しい笑顔を俺に向ける。……眩しすぎて殺意すら感じるわ。
「聞き間違いでしょうか?恋人がどうたらとか聞こえたんですが?」
「さぁ……知らねぇな。恋人が欲しすぎて幻聴でも聞こえたんじゃねぇの?あぁ、でもその性格を直さねぇと恋人なんてとてもとても……」
「あら、あなたには言われたくないですね」
セリスが笑顔のまま額に青筋を立てる。器用な真似すんなー本当。
「俺は魔族領に来てから、まだ一週間しかたってないからな。それに城に缶詰めみたいなもんだし。余裕ができて魔族の街に行ったら、恋人なんて三秒でできるわ」
「そう言っている人ほど、恋人なんてできないんですよね。でも、いいんじゃないですか?人間のあなたは魔族の街でも大人気ですよ。せいぜい、人間に恨みを持つ者に殺されないよう、背中には気を付けてください」
「ご忠告感謝するぜ。そういえば、どっかの誰かさんは生まれた時から魔族領にいらっしゃるのに、恋人ができたことがないという噂が……やはり人間も魔族も内面を重視するんだな」
「……どうやら魔族の恐ろしさというのを、その身に教えて差し上げなければならないみたいですね」
「こっちこそ人間の底力を見せつけてやんなきゃならねぇみたいだな」
俺とセリスの間にバチバチと火花が散る。今日はもう勘弁ならねぇ。こうなりゃ魔族と人間の戦争だ!
「パパー!!ママー!!見て見て!!風属性の魔法陣がかけるようになったよ!!」
「「はーい」」
さっきまでいがみ合っていた俺達の表情が一瞬で笑顔に変わる。やっぱりうちの子は天使や。
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