第11話 住めば都

 セリスに連れてこられたのは、先ほど巨人のギガントが会議に参加する際に座っていた中庭、その隅にある木の小屋であった。


「ここです」


 セリスは無機質な声でそう言うと、小屋の扉を開く。開けた瞬間、積年の埃があたり一帯に埃が舞い上がった。ごほっごほっ……こりゃ、何年も使ってなかったな。とても人が住めるような環境じゃねぇぞ。


「あなたのような人に、こんないい住まいを提供なさるとは、やはりルシフェル様の優しさは天井知らずですね。あなたも感謝してください。それでは私はこれで。甚だ不本意ですが、明日の朝お迎えに上がります」


 俺がきょろきょろと部屋を見回していると、セリスはまくしたてるように告げ、そのままさっさと小屋から出ていった。マジで性格悪いぞあの女。まぁ、いい。今は小屋の状況を確認するのが先決だ。


 うーん……机に椅子にタンス、見た感じ必要なものは揃ってるって感じか。なんか無駄に二階建てだし、一人で暮らすには広すぎるぞこれ。

 トイレもお風呂も一応完備されているけど、結構放置されててこのままじゃつかいものにならねぇな。寝室にはベッドもある、と。

 キッチンには魔水道もあるし、魔コンロもある。全室に魔照明もあるし、こりゃマジックアカデミアの寮よりもさらに豪華だぞ?若干年期が入ってはいるが。


 とりあえずまだ日も落ちてないし、今日は家の掃除を終らそう。奇麗にすれば、これはかなりの良物件だ!


 俺はフェルからもらった黒コートを脱いでTシャツ短パン姿になると空間魔法に収納していた箒やら、はたきやらを取り出し、家の掃除を始めた。


 なんか夜にセリスがやってきたみたいだけど、俺が本格的に掃除をしている姿を見て、何も言わずに夕食だけ置いて帰っていった。どうせ口を開けば俺の悪口なんだから、黙って帰ってくれたのは僥倖だな。

 夕食はパンとシチューだけだったけど、なかなかにうまかった。魔族の食事が食べられるか、と少しだけ警戒していたが、これなら何の心配もいらないな。


 とりあえず人が住めるくらいにはなったな。ってか、掃除に夢中になりすぎて、すっかり夜が更けた事に全然気がつかなかった。


 俺は風呂で汗を流し、歯を磨くと、寝間着に着替えそのままベッドにダイブする。歯ブラシや着替えを空間魔法に収納していたのはマジでファインプレーだわ、昔の俺。


 俺はベッドに横になりながら今日起きたことを思い出す。

一日でいろいろ変わっちまったな。朝は林間学校やってたっていうのに、気がついたら魔族領だよ。しかも、魔王軍の指揮官とかいうオマケ付き。

 まさか俺が魔族の仲間になるなんて思わなかったな。魔族に思うところがないわけじゃないっつーのに。やっぱ人生何が起こるかわからんわ。


 なぁ?お前もそう思うだろ?


「……隠れてないで出て来いよ」


「あはっ、ばれちゃった?」


 俺が寝室の窓に目を向けると、いつの間にか笑みを浮かべたフェルが窓枠に座っていた。


「なんか用か?」


「いやー手入れをしてなかったから、ちゃんと住めるか心配でね」


 よく言うぜ。心配なんか微塵もしてないような顔しやがって。俺が不貞腐れながら寝返りを打って視線を外すと、フェルは俺の背中越しに話しかけてきた。


「彼女、どう?」


「彼女?」


 俺が訝しげな顔を向けると、フェルは意味ありげな笑みを浮かべる。


「セリスだよ」


 あぁ、あのクソアマね。ルックス以外零点どころがマイナスだよ。つーか聞かなくてもわかるだろ。

 フェルは俺の表情から言いたいことを察したのか、楽しそうにくすくすと笑った。


「セリスは僕に依存しすぎている節があってね。だから君の秘書にしたんだ」


「……人選ミスじゃねぇの?あいつからは憎悪以外の感情を感じないぞ?」


「今はそうかもね。でも、君なら変えられるって信じてる」


 勝手に信じてんじゃねぇよ。まず俺が変える気がねぇ。変える気がねぇから変わるわけがねぇ。


「じゃあ後はよろしくね。明日からは彼女と一緒に行動してもらうから。……ちゃんと彼女を守ってあげるんだよ?」


 はぁ?なんで俺があんな女を守らないといけねぇんだよ。つーかなんであいつ限定なんだよ。


「……守れなかったら?」


「その時は癇癪起こして人間の国を滅ぼしちゃうかも」


 爽やかな笑顔で言うことじゃねぇよな、それ。目が笑ってないし。でも、絵になっているところがむかつく。


「じゃあ頼んだから」


 フェルは言いたいことだけ言って、さっさと自分の部屋へと戻っていった。なんか爆弾を押し付けられただけのような気がしないでもない。

 セリスを守る、か……むしろあの女の殺気から俺のことを守ってもらいたいんですけど。


 まぁ、何とでもなるか。困ったことが起きたらそん時考えればいいや。


 俺は心にそう決めるとゆっくりと瞼を閉じていった。

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