第12話 上司の命令は大抵曖昧


 夢を見た。


 何でもできる親友の夢。


 俺はそいつの隣に立つために、いつも必死になっていた。


 そいつは一度見ればなんでもこなす。しかもすべてが超一流の腕前。


 俺はそんな親友と共にいるために躍起になって努力した。


 一つでいい。何か一つだけでもそいつに勝てれば。


 俺はそいつの側にいる自分を許すことができる。




 目を開けると見知らぬ天井だった。いや見知らぬってわけじゃないな。昨日の夜、寝る前にこの天井の隅に蜘蛛の巣を見つけて、起きたら撤去しようと思ってたし。正確にはあまり見たことがないけど、蜘蛛の巣が気になる天井だ。


 俺は身体を起こし自分の魔力を感じ取る。よし、一晩寝たおかげで何とか魔力は元通りになってるな。


 とりあえず洗面所で顔洗って歯を磨いてっと。


 ドンドンドン。


 ……朝っぱらからうるせぇな。そんな大きな音を立てて扉を叩くんじゃねぇよ。ご近所さんに迷惑だろ。


 俺が歯ブラシを咥えながら不機嫌そうに家の扉を開けると、俺より不機嫌な顔をした美女が、手に朝ご飯を持ちながらそこに立っていた。


「おは」


「おはようございます。さっさとこれを食べてルシフェル様の所に行きますよ」


 俺の挨拶をかき消すようにセリスが早口で用件を告げる。今日はワイシャツにタイトスカートという露出の少なめな服装。ただスカートから除いている足は白魚のように白く透き通っていた。


 だが、そんな美貌も、とげとげしい雰囲気と苦虫を噛みつぶしたような表情で全てが台無しである。


「……少しは愛想よくしろよな」


「あなたに愛想を振りまくくらいなら、犬にでも食わせた方が百倍マシです」


 セリスは俺を押しのけるように家の中に入ると、お盆を机の上に置いた。


「待つのは10分だけです。さっさと支度してください」


 早口でまくし立てると、セリスは俺の返事も聞かず、扉を乱暴に閉めながら小屋から出る。やばい、ストレスで禿げそうだわ。


 俺は大急ぎで朝食を胃に流し込み、ベッドの横にかけてある黒いロングコートに着替えた。所要時間は5分。これならば文句は言われまい。俺は自信満々に小屋を出ると、外で待っていたセリスに近づく。


「よぉ、5分で支度して」


「遅いです。亀でももう少し早く来ますよ。時間は有限なんですから、テキパキ動いてください」


 ツン、と顔を背けるとセリスはさっさと中庭を歩いていった。すいません、職場の部下に恵まれません。誰か助けていただけませんでしょうか?



「あっ二人ともおはよう!」


「おはようございます、ルシフェル様」


「……おはようございます」


 セリスがいる以上、フェルに気安い感じで話しかけるわけにはいかない。そんなことをした日には、持ってくるご飯が泥と雑草に変わってしまいそうだ。それが分かっているのか、フェルはニヤニヤと笑いながら俺の方を見ている。帰ったらあいつを模したサンドバックを作ろう。絶対にだ。


「今日もセリスはきれいだね」


「そんな……お戯れを……」


 今日の天気を言うみたいにフェルがサラッとセリスを褒める。セリスの方も顔を赤くして満更でもないご様子。あーそういうのは俺がいないところでやってくれませんかねぇ。


「それで?ここにきて最初の俺の仕事は何ですか?」


 フェルとの会話を邪魔されたセリスが鬼の形相でこっちを睨んでいるけど、俺は気にしない。一番大事なのはさっさとこの場所から退散すること。今の俺はカップルとなぜか三人で一緒に遊んでいる男の気分。場違い感が半端ない。


「うーん、本当は城の中を見てもらおうと思ってたんだけど、ちょっと問題が起きちゃってね」


 ちょっと問題が起きた時、それがちょっとではないことは世の常である、Byクロムウェル。


「クロはメフィストって知ってる?」


「メフィスト?」


「メフィストは私達悪魔の中で魔法に長けた種族の事です」


 セリスがそんなことも知らないのですか?といわんばかりの視線を俺に向けてくる。知るかよ。魔族史の授業は全部睡眠学習だったっつーの。


「そのメフィストってのは魔族の中でも穏健派でね。争うことが大っ嫌いなんだ」


「へー……魔族の中にも、そういう奴がいるんですね」


 魔族っていうのは問答無用で戦いを求める奴らだとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。学校では血も涙もない冷血殺戮マシーンみたいな連中だって話を聞いてたんだがな。


「そんなメフィスト達が集まる小さな村が人間領の近くにあるんだ。その村で今トラブルが発生してるんだ」


「ふーん……どんなトラブルですか?」


「人間に襲われて壊滅寸前らしい」


 フェルの言葉に、セリスの身体がピクッと反応する。


「そんな……彼らは人間達を襲ったりしないじゃないですか!?それなのに人間は彼らを襲うのですか!?」


 俺の隣でセリスが怒りに肩を震わせていた。だがセリス、その発言はお門違いだぞ?


「じゃあ、お前らは魔族を襲ったことない人間と、襲ったことのある人間を区別して攻撃してるのかよ?」


「っ!?そ、それは……!!」


「結局、良い魔族も悪い魔族も人間にとっちゃ、ただ一括りに魔族なんだよ。それはお前らにとってもそうだろうが」


「……そうだね。クロの言う通りだよ。今回の件に関して僕らは人間を非難するわけにはいかないし、逆に無害な人間を殺したとしても非難される筋合いはない」


「……くっ!!」


 セリスが悔しそうに唇を噛む。おぉ、悔しがれ悔しがれ。魔族贔屓も大概にしろってんだ。


「その穏健派の魔族の村が壊滅しそうなのはわかりました。俺は一体何をすればいいんですか?生き残りを助ければいいんですか?」


「えーっとね、見てきて欲しいんだ」


「は?」


 思わず素が出てしまう俺。隣でセリスも驚いている。


「見てきて、って助けなくていいのか……いいんですか?」


「それは指揮官の判断に任せるよ。そもそも生き残りがいるとも限らないし、生き残りを助けたところで魔王軍に従うとも思えない」


 まーた、めんどくさいことを……。これなら助けて来いって命じられた方がまだ動きやすい。


「それじゃ、まかせたよ。場所はセリスが知っているし、彼女は転移魔法を使えるから」


 フェルが笑顔で俺達に手を振る。これ以上話をしても無駄だと判断した俺は、軽く頭を下げると、足早にフェルの部屋から出ていった。その後に慌ててセリスがついて来る。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「なんだよ?やることははっきりしたんだ。さっさと行って仕事を片づけちまおうぜ」


「仕事を片づけるって……あなたは今の仕事に納得したのですか!?」


 セリスが俺の前に立ちふさがる。なんだこいつ、めちゃくちゃ面倒くせぇ。


「納得したも何も、魔王様の命令なんだから従うほかないだろ?お前は命令に反したいって言うのか?」


「そ、そういうわけじゃ……!!」


「だったらさっさと俺をその村に転移させてくれ」


 俺も転移魔法は使えるが、行ったことないところに転移することはできないからな。ここはこいつに頼るほかない。


 セリスはまだ何か言いたげであったが、諦めたように息を吐くと、その場で魔法陣を組み上げる。ふむ、なかなかに奇麗な魔法陣だな。


「なにしているんですか。早く私の肩に掴まってください。……変なところを触ったら殺しますよ?」


 触んねぇよ!ウンディーネのフレデリカさんならともかく、性格破綻しているお前には一切の欲情を感じない。


 俺が肩に手をのせると、セリスは一瞬嫌そうな表情を浮かべたが、すぐに転移魔法を発動させた。

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