02
森の悲鳴であるかのような木々がなぎ倒される音が背後から絶え間なく響いていた。
鳳来が調査団の拠点から村へと向かっているのだと察していながらも、二仁木月読は気にもとめる様子を見せてはおらず、八戒村を出る道をゆったりとした歩調で進んでいた。
「ねえ、月読。あのままでいいの?」
今まで姿を消していた銀がふっと表れるなり、月読の傍に立ち、村の事が気になるといった表情をして、しきりに背後を振り返っていた。
銀は先ほどとは異なり、刀を抱えてはいなかった。
「放っておくしかない。約定に従わなければならない以上、この件において私はもう何も斬れない」
後ろ髪引かれる思いなのだろうが、そんな感情をおくびにも出さずに月読は言ながら、先へと歩を進める。
「気がかりだから足が重いでしょ? 何も思っていないなら、ここに来た時と同じようにこの村からすぐに出ていったでしょ? 月読だったら、数時間でいくつもの山を越える事ができるじゃないか」
銀は月読の後を追いながら、背中にそう語りかける。
銀は幼少の頃より月読と共に過ごしているから月読の心境を見抜いている。
見抜かれているのは分かっていても、どうすることもできない以上、月読はこの村から去るほかない。
約定に反する事、それすなわち、二仁木月読の死ではなく、約定をかわした三柱の消滅を意味する。
「山越えは消耗が激しいから」
歩くのが遅い言い訳にしか聞こえない言葉を口にする。
「ハンガーノックで倒れちゃうからしたくないんだ。なら、食料をこの村で買っていけばいいんじゃないかな?」
「……それも有りね」
「月読が行くに行けない理由は分かっているよ。それは約定違反にはならないよ」
月読が不意に立ち止まって、銀の真意を確かめるように後ろを顧みた。
「月読は、あの女の子に『この恩義は必ず返します』って言ったよね?」
「その思いに偽りはありません」
「その言葉は嘘だったの? このままだと、あの子、死んじゃうよ? あの鳳来とかいうムカデ、この村の人たちを食い尽くしちゃうし、それだけじゃ満足できないだろうし。この言葉の意味、分かるよね?」
「あの生臭坊主は決して悟りを開くことができない。悟りは他者から与えられるものではないのだから」
「その通りだよ。でも、あのムカデはそんな事に気づく知性がないんだよ。欲望に忠実なただの知識が得たいだけの餓鬼だよ。もう坊主なんて呼んじゃいけない存在だよ」
「……だから約定に反して斬れ、と?」
「違うよ、月読。あの子の恩義のために斬ればいいんだよ、あのムカデを」
「きっとできない」
これで話は終わりと言いたげに月読は正面に顔を戻して歩き始めた。
「なら、試してみればいいんだよ。鞘から刀が抜けないかどうか。無為に斬るのはダメだけど、恩義のためならば許してくれるよ」
銀は微笑みながら、天上に手を伸ばした。
「
その呼びかけに応えるように、空から一振りの刀が降りてきて、銀の手中に収まった。
月読はそんな銀の行動を知ってか、歩を止めた。
「月読、抜いてみて。屋久麻那はきっと許してくれるよ。お金のためじゃなくて、恩義のためだからね」
銀が満面の笑みを浮かべる。
そんな銀の思いに応えるかのようにくるりときびすを返して、
「私は約定を全うする。理にのっとり、大僧正鳳来を斬るための刀を私は行使する。私の言葉に偽りはなく、私の言葉に真しかなく、私の心にも偽りはない。全ては彼の者との契りに従い、私の行為はその契りによるものである」
二仁木月読は柄に手をかけた。
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