大僧正・鳳来(だいそうじょう・ほうらい)
01
「……不味いことになりそうですぜ」
鬼灯歩雷は二仁木月読を魔眼で追い続けていた。
そのため、何故か鎧を着た青年の姿を魔眼で見ることができた上、その青年が首を切り落としていた張本人である事と、『鳳来』とかいう化け物を封印か何かするためにここに留まっていた事を知った。
「月読がやられたのか?」
加賀良光が想定外の事態がまた起こったとばかりに自嘲気味に問うた。
「あの嬢ちゃんは言われた通り、首斬りを倒したんですがね」
「ならば、何が不味いというのだ?」
「月読の嬢ちゃんに斬れと命じた人は、ほうらい塚の守人だったっていうオチですぜ。守人が斬られちまったんで、封印されている鳳来とか言うムカデの化け物が復活するって事ですかね」
「……撤収、ですかね。安全を第一としなければならない」
加賀良光は顎に手を当てて、考えをまとめるように視線を彷徨わせた後、そう言った。
そんな加賀の傍にいた矢頭勇利の顔色が唐突に青ざめていった。
「ッ?!」
加賀良光はまだ事態の深刻さを飲み込めてはいないようではあった。
「……手遅れだ」
矢頭勇利が深刻さを伝えるように低い声でぽつりと絶望感を投げかけるように言う。
「どうして、その……」
「こんなこともあろうかと警護のため配置していた式神が全滅した。たった数十秒で、だ……」
加賀良光の言葉を遮るように、欲していたであろう答えを口にした。
「……はい?」
「化け物が……もうそこに……」
矢頭勇利がそこから先の言葉を発しようとした時であった。
「ッ?!」
何かが潰れるような轟音と共に、地面がぐらりと揺れた。
鬼灯歩雷達は地震が起こったのかと顔を見合わせた。
だが、そうではない事に数瞬で気づき、三人は顔を見合わせたまま苦笑を浮かべた。
頭上には太陽が燦々と輝いているというのに、調査拠点といえるこの基地が巨大な影でおおわれていたのだ。
「嗚呼、甘美! 甘美なり! 人の頭脳とはどうしてこのように甘美なのか!」
悲鳴がそこここで上がり始めるのがどうしても耳に入ってきてしまう。
そんな悲鳴とは異なる、嬉々とした叫びを三人は聞き漏らすことはなく、苦笑を浮かべている余裕さえ消えていき、残ったのは憔悴しきって青ざめた顔であった。
「嗚呼、私はいつ解脱できるのだろうか? 甘美な頭脳を食らっても食らっても、まだまだ悟りが開けない。ああ、解脱するにはどれほどの頭脳が必要なのであろうか」
三人は恐る恐る声がする方へと顔を向ける。
そこにあったのは、巨大なムカデの身体であった。
身体はムカデであるものの、頭はムカデではなかった。
頭があるべきものがある場所には、一人の僧がいた。
いたという表現はおかしく、ムカデの頭が僧そのものであったというべきなのかもしれない。
上半身は僧で、下半身は巨大なムカデといった容姿をしていた。
「なんだ、あれは……」
その巨大なムカデは数台のキャンピングカーをなぎ倒し、設置されていた仮設テントを踏みつぶし、大混乱していて逃げ惑う研究者などを足でとりあえず突き刺し、何人もの人間を串刺しにしてから迷い箸をするかのようにどれを食べようかと物色し、これと決めると頭にかじりついた。
脳の部分をかみ砕くと、残りの部分など興味はないといった様子で即座に投げ捨てていた。
「美味よ、美味よ、美味よ! ああ、知性の香りが! 悟りの香りが! 嗚呼、六道輪廻の響きがぁぁぁっ!!」
大僧正を示す袈裟でその身を包んでいる僧は人を食らうのが目的ではなさそうであった。
人の頭脳、つまりは、脳みそを食らう事こそが食事と言うべきか、悟りを開くための道と思って行動しているかのようであった。
「大僧正……鳳来?」
加賀良光は、そんな大僧正鳳来の姿を見て、ほうらい塚などと名付けられて封印された理由がようやく合点がいった。
悟りを開こうとしたムカデが人のように変化していたったのか、人が悟りを開こうとした結果ムカデになってしまったのかは定かではなかった。
こんな化け物を野放しにしてしまっていては、悟りのためとやらで食らい尽くしてしまい人の方が滅びそうではあった。
だからこそ、塚に封印を施し、英霊を守人として、人を近づけさせないようにしていた。
近づく者が鳳来の餌にならないよう首をはねていた事も理解した。
「……旦那。逃げますぜ。こんなのと関わり合っていたら、命がいくつあっても足りないですぜ」
鬼灯歩雷がもう逃げる気満々で、同じく逃げる準備を済ませたであろう矢頭勇利に目配せを送る。
「しかし、調査団が……」
「全滅は確定ですぜ。それよりも逃げる事が先決ですぜ。命あっての物種って言いますぜ」
「……」
「矢頭の旦那。頼みますぜ」
「……うむ」
矢頭勇利が巨大なカエルの姿をした式神を送り出したのを合図にするように三人はその場から一目散で逃げ出したのであった……。
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