二仁木 月読(ににぎ つくよ)
01
ほうらい塚調査団は、ほうらい塚に近い国有地に数台のキャンピングカー、それと、複数のテントが設けることで至極簡素な基地を作り上げていた。
簡易的な基地は化け物が関わっている以上、いつでも撤収できるように、との配慮でもあった。
加賀良光達が拠点に帰還するも、現場は混乱をきたしていた。
待機していた教授陣は落ち着いていた少数を除いては、状況の確認に奔走していて調査の準備どころではなくなっていた。
助手や作業員達はすべき事が思い当たらない上、指示を飛ばすべき立場である教授陣がそれどころではないようで、待機せざるを得ない状況になっていた。
そんな最中、加賀良光達が戻ってくると、それを聞きつけた教授陣が憔悴しきった面持ちで駆け寄ってきて、
「どういう事なんだね、これは!」
「退魔師が付いているのではなかったのかね!」
「加賀くん、これは君の怠慢ではないかね!」
などと気色ばんで喚き散らし始めた。
加賀良光は慣れたもので、にっこりと営業スマイルを浮かべて、投げつけられる避難の声を想定内とばかりにしっかりと受け止めた。
焦燥感などおくびにも出さずにやんわりとした態度を見せつつ、
「先生方の不安は重々承知しています。ですが、考えてみてください。その不安を解消するために、我々がいるのです。その事を忘れてしまっては困ります」
この流れがさも当然であるかのように丁寧な口調を心がけ、言葉を選びながら言う。
「先行していた人たちと連絡が取れなくなっただけではなく、退魔師の一人とも連絡が途絶えたという話ではないか!」
教授陣の旗振り役が一歩前に出て来て、加賀良光を問い詰めるような非難の意味を込めた視線を送る。
「犠牲は当然の事ながら想定されていました。それにですね、退魔師の間宮倫太郎先生は命令を無視して独断専行で勝手に出て行ったのです。そんな間宮先生と連絡が途絶えたのは当然の成り行きとも言えます」
「しかしだね! 計七名と連絡が途絶えているのだよ! これをゆゆしき事態を言わずに何というのかね! どう弁明するのかね! 説明したまえ!」
旗振り役は引かずに声をさらに荒げて、加賀良光を威圧するかのようにじりじりと距離を詰めていく。
「説明をする必要はありません」
「何を言っているのか分かっているのかね?」
「説明をする必要はないと言っているのです。説明をするよりも先に不安要素は断てば良いのです」
加賀良光は言葉の取捨選択をしている素振りを出しつつも、鬼灯歩雷、そして、矢頭勇利に視線を送る。
鬼灯歩雷と矢頭勇利の能力は大差無いこともあり、鬼灯歩雷が『格上』と断言したような化け物を矢頭勇利が屠れるとはとてもではないが思えない。
「化け物を早々に退治するというのかね?」
最後に、二仁木月読を見やる。
「二仁木月読に斬らせましょう」
月読から視線を外し、加賀良光は旗振り役の男をしかと見つめて、この言葉をもって肯定した。
しかしながら、不本意ではあった。
二仁木月読を雇う事に反対した身である以上、尚更ではあった。
背に腹は代えられなかった。
あの化け物が一体とは限らないのを考慮しなければならない。
相手が単騎だとはまだ断定できない状況であるものの、混乱してしまっている教授陣を黙らせるのには、それしか方法がなさそうではあった。
「……それならば構わないが……」
旗振り役の勢いが、加賀良光の一言で削がれて、大人しくなったのが明白であった。
二仁木月読はこの界隈では有名人ではある。
金を積みさえすれば、神であろうがなんであろうが殺す事も厭わない巫女として……。
「二仁木月読。七人を殺した化け物を退治してくれないですかね」
加賀良光は再度彼女に目を向けた。
「斬るのは、あの者で良いのですか?」
「構わない」
七人を殺したのが一体とは限らないので、やはり応援を呼んでおくべきかと考えを巡らせる。
敵は一体とは限らないのだから。
「本当にいいのですね? 再三説明していますけれども、今回の依頼で私が斬るのは一体のみですよ。後悔しても知りませんよ」
二仁木月読の訳知り顔が妙に引っかかった。
「相手が何者か知っているのですか?」
「……語れません」
「約定……か。いずれにせよ、斬らなければならない相手ですし、あなたの今回の仕事は、七人を殺した相手を斬る事です」
加賀良光が二仁木月読を信頼できない理由は、彼女の約定縛りでもあった。
どこの誰と、どのような内容の約定をかわしている相手など信用に足るとはとてもではないが思えない。
その約定を誰とかわしたのか分かれば、多少は信用できそうではあった。
「私は……不測の事態に備えて、荒巻三兄妹に召集しておきますか」
加賀良光は二仁木月読から視線を外して、ほうらい塚がある方面を眺めた。
あの塚には、どのような化け物が棲み着いているのか見えないのかと思って……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます