鬼灯 歩雷(ほおづき ぶらい)

01



「ちょいとお待ちを」


 二仁木月読を連れだって、調査団に合流すべく車に乗り込もうとした時、鬼灯歩雷ほおづき ぶらいは急ぐ必要があるべきかどうか判断するために魔眼を発動させた。


「鬼灯先生、何かあったのです?」


「ちょいと間宮の旦那の確認をば」


 間宮倫太郎が大人しく待っている性格ではないのを知っているだけに、確認のためにもと思い発動させたのだ。


 自意識過剰で独断専行が多く、それでチームの和を乱すことが有名なだけに、今回も同じような事をしているのでは、と思ったのである。


「頼みます」


 加賀良光が訳知り顔で頷いた。


「……ん?」


 そして、鬼灯歩雷の魔眼がとらえた光景は、間宮倫太郎が横一文字に斬られた跡がくっきりと残っている首に両手を当てて、


「何故だ。斬られているのに……何故、死なぬ! 鋭利すぎる故に身体が斬られた事に気づいていないというのか! 何故だ! 何故だ!」


 と、わめいている姿であった。


「おのれ! おのれ! おのれ! わしが! わしはこんなところでは朽ちんぞ! 朽ちぬのだ!」


 妖刀か何かの類いで斬られたせいで、本来ならば間宮倫太郎ほどの能力者であれば斬られてすぐに再生させるなど造作も無いことのはずなのにできてはいなかった。


「頭が! 頭がぁぁぁぁっ! 斬られてもなお生きているわしは! わしはぁぁぁぁぁっ!」


 おそらくは分断されてしまい、もう戻る事がなくなってしまった胴体と頭とを必死になって接合しようと試みていた。


 本人も気づいているのであろうが、それは無駄な努力に他ならない。


 どうあっても元には戻らないのだろうから……。


 鬼灯歩雷は、そんな間宮倫太郎の醜態を見ながらいずれ死ぬという事を悟ったのだ。


「間宮の旦那、やられちまったようだな」


 鬼灯はこれ以上魔眼で間宮の姿を見ていても仕方がないと思い、魔眼を他の四方八方へと向けるも、間宮倫太郎を斬った相手の姿を見定める事はできなかった。


「間宮先生が……やられた……だと?」


 退魔師ゴロで、鬼灯に声をかけた張本人であった加賀良光が足を止め、顔面を蒼白にさせた。


 間宮倫太郎がこんなにも早く倒されるなど想定していなかったのだろう。


 加賀良光の思考が停止してしまったことが見て取れた。


「首が斬られちゃってますわ。あれじゃ、もう助からんですぜ」


 鬼灯歩雷はそんな加賀良光に追い打ちをかけるように愉悦に歪んだ顔でそう楽しそうに言った。


「ほうらい様とやらは、間宮先生の近くにいるのか?」


 間宮倫太郎如きがやられた程度で動揺さえ見せていない矢頭勇利がかき消されそうな声で訊ねてきた。


「いませんぜ。不意打ちを食らったってところですかな。でも、おかいしですな。間宮の旦那は能力を発動しているんですぜ。それなのに、あのザマだ。これは……」


「一瞬で勝負が付いたのか?」


 矢頭勇利がまたくぐもったような声で訊ねてくる。


「……さあ? 俺が見た時にはもう斬られた後だったんで、分かりませんぜ」


「ふむ……」


「それにしても、おかしいですぜ」


「ど、どうした?」


 加賀良光が間宮倫太郎が倒されたショックから立ち直れてはいない様子で、身体をわなわなと震わせながら訊ねてきた。


「俺の魔眼で捉える事ができてないんですぜ、間宮の旦那をやった奴が」


 加賀光吉にはその言葉の意味が分からなかったようではあった。


 矢頭勇利はと言えば、幾ばくか険しい目つきを鬼灯歩雷に向けた。


「……格上なのか」


「まあ、そんなところですぜ。俺の魔眼で見えないって事はそうなりますわな」


 魔眼はいわゆる千里眼に近いものであった。


 数千里先の出来事さえ目視することができる観察者として最適の能力と言っても過言ではない。


 確認がしたい人物を深く念じるだけで、その者がいる場所を即座に観測でき、さきほどの間宮倫太郎のように現時点でどうなっているのかが手に取るように分かるのである。


 だが、魔眼は万能ではない。


 明らかに格上の相手を捉えようとしても、捉える事ができない事が多々ある。


 能力格差なのかもしれないが、魔眼で見ようとするその姿を捉えることができない事はおろか、場合によっては視界がブラックアウトして何も見えなくなるのである。


 そうなったらもう魔眼を酷使するのを停止させて諦める事にしている。


「二仁木さんは何か分かっているので?」


 鬼灯歩雷は魔眼を使うのを止めて、ただただ後ろから付いてくるばかりで、黙して何も語ろうともしない二仁木月読に話を振った。


「約定により何も語れません」


 二仁木月読は表情を全く変えずに取り付く島もないといったふうに言う。


「……さいですか。で、その約定ってのは誰とかわしたものなんですかね? 誰にも語ってないって話なんで興味がありますぜ」


「……」


 噂通り、二仁木月読は答えない。


 退魔師界隈では、二仁木月読は愛想が悪く、約定とやらについて語らない事で有名であった。


 その約定とやらを語ると、約定そのものが無効になる呪術とか普通にある以上、必要以上には相手の領域に踏み込んだりはしない。


 場合によっては、死の危険性がつきまといかねないからでもある。


「加賀の旦那、間宮の旦那がやられちまった以上、急ぎましょうぜ」


 二仁木との衝突を回避するように話題を変えて、鬼灯歩雷は車に乗り込んだのであった。


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