03
『悪い人ではなさそうだし、あなたの好きなようになさい』
母に経緯を説明すると、そんな事を言って仕事に行ってしまった。
学校はどうするの、とかそういった事は全く訊いてきたりはせず、それがさも当然であるかのように受け入れてくれた事が意外ではあった。
もしかしたら、連れてきたのが巫女さんだったからなのかもしれない。
「こんなものしかないですけど、大丈夫です?」
太刀魚の切り身、それと、トーストを二枚ほど出した。
冷蔵庫にあったのはそれくらいだったとはいえ、先日、太刀魚を送ってきた親戚に感謝したくなった。
「私にはご馳走ですよ。いただきます」
巫女さんは椅子に腰掛けると、居住まいを正し、背筋をピンと張って食べ始めた。
焼いてあるパンを音も立てずに食べたり、太刀魚の切り身を骨だけ残して綺麗に平らげたりする様は雅と言うべきかなのではと思ってしまったほどだ。
「ごちそうさまでした」
流れるような動作に魅入っているうちに、巫女さんは私が用意した食事を食べ終えてしまっていた。
「……えっと、汚れているようですし、お風呂でも入っていきますか?」
この様子だと数日間はお風呂にも入っていなさそうだと思って、そう提案してみると、巫女さんは複雑な表情を見せて笑みを返してきた。
「……そろそろ迎えが来そうですので、お風呂に入る時間はなさそうです」
と、すまなそうな顔をしつつ言葉を紡ぎ出した。
「えっと……」
その言葉の意味を問いかけようとすると、
「私の依頼主です。私がたどり着いた事に気づいているようなので、お迎えがそろそろ来るかな、と」
「……依頼主? どこかで祭事でもあるんですか?」
近所で巫女さんを呼ぶような祭事が開催されるとは耳にしてはいなかった。
この村ではなくて、もっと遠くの村が目的地ななんだろうか。
「ここへは、退魔業で」
巫女さんは私には理解できない言葉をさらりとさも当然といったように口にした。
『たいまぎょう』というのは神事の何かなんだろうか。
「それって……」
『どんな内容の神事なんです?』という言葉を紡ごうとした時、滅多に鳴らない家の呼び鈴が家中に響いた。
この音はどこから? と思わず家の中を見回してしまったほどだ。
「……迎えが来たみたいね」
巫女さんはすっと立ち上がり、玄関の方へと淑やかな所作で向かい始める。
「この恩義は必ず返します。私のような祟られている者に優しくしてくれるだなんて思ってもいなかったので。それでは失礼します」
巫女さんはふと立ち止まって私の方を顧みて、温和な笑みを向けてきた。
「えっと、お名前は……?」
何故祟られているのかと訊くべきなのかもしれなかった。
けれども、私の口から出たのは、巫女さんの名を訊ねる問いかけであった。
「
二仁木月読と名乗った巫女さんは、自虐気味な笑みと目をふっと見せた後、私から視線を逸らした。
月読が目を向けるなり、玄関のドアが開け放たれ、虚無僧姿の男二人と紺のスーツを着た男が私の許可も得ずにずかずかと家に上がり込んできた。
「どこで油を売っていた、月読。調査団はもうほうらい塚の調査を始めているのだぞ」
スーツ姿の男が一歩前に出て、月読を責めるような厳しい視線を送る。
そんな視線をやんわりとかわしながら、月読は再び私の方を振り返って、
「関わらない方が良かったでしょ? 私は業の深い、罰当たり者なのよ。これで分かったでしょ?」
再度、自虐的な笑みを私に見せた。
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