縁 亜希穂(よすが あきほ)

01


「今日、どっかの大学の偉い先生方がほうらい塚を調査しに来るらしいよ。村長は反対したんだけどね、県議の人らが動いて受け入れるしかなくなったそうな。ほうらい様の祟りがなきゃいいけどね……」


 私こと縁亜希穂よすが あきほが食卓について、テーブルの上に並べられている朝食を食べようとした時、向かい合うように座っていた母の縁麻衣子よすが まいこが片頬に手をあてて、深いため息を吐いた後、憂いを声音に含みつつそう呟いた。


「大学の教授か何かが来るの? 調査しに?」


 そう口にしながら、こんがりと焼けたトーストにマーガリンを塗った。


 今日の朝食はトーストが二枚とサラダと太刀魚の切り身だった。組み合わせが可笑しい気がするけど、先日、親戚から太刀魚が丸々一匹送られてきていたので、そのせいなのだろうと合点がいった。


「お母さんにはよく分からない話だったんだけど、邪馬台国がうんたらかんたら、当時の有力者の墓かもしれないから調査したいとかそんな話なのよね。亜希穂は分かる?」


「邪馬台国がどこにあったのか調査している教授なのかもしれないね。邪馬台国がどこにあったのか学説がいくつか存在しているっていう話だから、それ関係なのかもね」


 授業で得たちょっとした知識を披露した後、トーストにかじりついた。


 今通っている高校の歴史の先生がそういう諸説を滔々と語るのが好きだから得た知識ではあったけど、こんな会話で役に立つとは思ってもみなかった。


「ほうらい塚がそんな凄いものなのかねえ。あれは……」


 母はにわかには信じられないといった表情でぼそりと言葉にした。


 当然気になっていて、母は朝食に手を付けてはいなかった。


「でも、ほうらい塚って……」


 そんな母とは対照的に私はトーストを一枚平らげた後、母の顔色をうかがった。


「……そうよねえ。祟りよねえ」


 物憂げさの色を濃くして、母は横顔を見せるようにどこか遠くを見るような目をしながら、


「人が死ななければいいのだけど、そうはいかないのよね、きっと。死人が出るはずよね、あの時と同じように……」


 あの事件の事を母も覚えているのだ。


 忘れてしまう方がおかしい気はするのだけれども。


 私が中学生の頃……つまり数年前の話なのだけど、肝試しと言ってほうらい塚を訪れた男女五名がいたのだけれども、その次の日に男女四名が首なし死体となって発見された。


 首は結局見つからず終いで、未解決事件となってしまっている。


『鎧武者が……鎧武者が……あああああああっ!!! 鎧武者がぁああああああ!! た、助けてくれ!! 助けてくれよぉ!!!』


 などと男が叫びながら、私達の家のドアをドンドンドンドンと力任せに叩き続けていた事があった。


 それは、四人の首なし死体が見つかる日の夜、ようは、五人が肝試しをした当日の出来事だった。


 鬼気迫るその様子に、私も母も恐怖を感じてしまい、なるべく音を立てないように嵐が過ぎ去るのをじっと待つようにして家のドアを開けることはなかった。


 母子家庭という事もあって、緊急事態に対応できるはずもなかったし、何よりも怖かったのだ。必死すぎる男の叫びと行動とが。


 十分ぐらい家のドアを叩き続けていたのだけども、諦めたのか、それとも、もっと別の理由があったのか、獣の叫びのような雄叫びを上げながら、どこかへと行ってしまった。


 また戻ってくるのではないかと気が気ではなかった。


 しばらく待っても、男は戻ってくる気配がなかったので、私と母は顔を見合わせて、胸に手を当てて安堵したのも鮮明に覚えている。


 あの時は、嘘偽りなく男の必死さが恐ろしかったのだ。


 開けてしまったら最後、殺されるのではないかと想像したほどだった。


 次の日、その男は近くの田んぼで満身創痍といった様子で、頭を抱えてうずくまっていたそうだ。


 黒であったはずの髪の毛が白髪となって……



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