鵞光坊
安良巻祐介
鵞光坊と名乗る怪しげな僧侶が、数日前から家の裏手に鉢を持って突っ立っていて、読経をやめない。
それも、由緒のある有名どころのお経ではなく、殆ど我流らしい野良読経だから、和室の仏壇もびりびりと嫌な震え方をして、迷惑なことこの上ない。
身についた事勿れ主義で暫くは我慢していたが、日も高いうちから打ち鳴らされる鉦と蟲ののたうつような胴間声にとうとう耐え切れなくなり、仏壇の位牌が怒り罅を立てたのを切欠に、うぬ、と立ち上がり、吊り上がった狐目のまま、玄関の箒を取って、裏手の怪僧侶の元へと駆けた。
「腐れ陀羅尼の贋坊主。覚悟」
逆手に持った箒で以て、深被りの編み笠に隠れて見えない僧の頭をしたたかに打つと、ごろごろと雷のような野良読経をしていたそれは、茸の笠が取れるように、いとも容易くころりと落ちた。
「わっ」
思わず声を上げた足元を、笠を被ったままの僧の首がころころと転がってゆき、家の中に入って行って、やがてどこかでパシン、と、板が真っ二つに割れるような音がした。
位牌が裂けたのだ、と、見てもないのに手に取るようにわかって、裏手に立ったまま、口を開けて立ち尽くした。
目の前には、もうずっと前からそこにあるような、首のない石地蔵がボツリと置かれてある。
十万与界劫佛奉公、碍無浪拿留眞劫奉公。
体中の骨から芯が抜けていくような恐ろしい感覚に膝の力を失いながら、前世で私の殺した相手の、百年目の供養日だったことを今さら思い出したけれど、時はすでに遅かった。…
鵞光坊 安良巻祐介 @aramaki88
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