2018/06/19「鏡のかけら」

お父さんの大きな背中を、


僕はいつも追っていた。




お父さんはいつも優しくて、


僕といっぱい遊んでくれた。




お父さんはなんでもできた。


なんでもできるお父さんは絶対的だった。


僕の自慢だった。


僕の憧れだった。




そうして、いつか僕もお父さんのような人になるんだと心に誓った。


立派な人になって立派なことをする、それが僕の役目なんだと。




ある日、僕は学校に行けなくなった。


原因はよくわかっていない。


でも、よくわかってしまったことが一つあった。




僕はお父さんと同じにはなれない。




いくら父さん譲りの切れた眉を眺めたって、そのくらいのものだ。


父さんにはかないっこない。


父さんのような立派な人にはなれないんだ。




立派だった父さんは、今日も軽薄な言葉を吐きながら、ふくよかな体をだらりと転がしている。


学校に行けなくなった頃に、父さんのそのふくよかなお腹で泣いて以来、気づいたら、僕は父さんに自分を映さなくなっていた。




父さんの少し小さくなった背中を、僕はもう追ってはいない。


やっと素直に父さんを尊敬できる、気がする。

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朗読コンサートで書いた、あしもすの文章集 あしもす @sinfonians

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