28. 終幕
景色が暗転した途端、セイジは後方に強烈な力で弾き飛ばされる。
その場でしゃがんだまま転移するのを期待していたセイジは、乱暴極まりない所業に唸り声で抗議した。
見ればミサキとヒナモリも、殴り倒されたように仰向けになって呻いている。
四つん這いでミサキに近寄った彼は、外傷が無いのを確かめてから、周囲の様子を見回した。
街も渦も転移前のままであったが、遠方には巨木が密集して立ち並ぶ。
球体ゲートは人間大にまで縮小した状態で、地面の上に浮かんでいた。子供の背ほどの高さに在り、再突入するにはジャンプで飛び込むか、踏み台が必要かもしれない。
膝立ちする彼の手を借りて、ミサキも体を起こす。
ともすると地面に伏せそうになるのは、転移の影響より、渦が起こす重力変動のせいだ。
「結局、俺たちも来ちまったな」
「……最初から、そのつもりよ。発動させといて、逃げるなんて出来っこないわ」
起動した者が、僅かな時間で転移範囲外へ脱出するという計画には、多分に無理がある。
二人ともこうなることは理解した上で、“森の星”に来たのだった。
魔光の大渦は、球体ゲートと同じくらいの高さでゆったりと回転しており、光の筋は奥の城が霞むほど濃い。
状況把握に務める二人へ、泥酔者よろしく、フラフラとヒナモリがケースを引き摺って歩み寄る。
「形代で……爆発させましょう」
「口から血が出てるぞ」
「ちょっと、切っただけです」
その割には青い顔で、二人の前に膝を突いた彼女は、ケースを開けて大量の形代を見せた。
「想定不足で隊員が離脱しましたが、貴方たちが来てくれて助かりました」
「よく言うぜ。ほぼアンタの計画通りだろうが」
そうではないと、彼女は否定して見せたが、セイジたちの力をアテにしているのは間違いない。
形代を効果的に使うには、もっと渦の中心に寄らざるを得ず、そんな真似は強力な耐性を持つ二人でないと不可能であった。
「だけど、外周でこの力なんだぞ。ムカデだってくたばってるじゃないか。これ以上中心へ行くのは……」
「投擲器は私も持っています。もう少しで、射程に入る」
形代とヒナモリの顔を見比べていたセイジは、計画を多少変更しようと提案する。
エネルギーを充填した形代が、いくら強大な力の塊だとしても、渦に匹敵するような物とは思えない。
八千万年を生き延びた渦にすれば、形代とて海に投げ入れた小石に過ぎないのではないか。根源を目の当たりにしたセイジは、そう考えた。
「こんな化け物を暴発させたけりゃ、もっと無茶が必要だ」
「しかし、形代以上のエネルギー源なんて――」
「これ全部、発動させよう」
「……なるほど」
キョウトが発動すると、どこの星にも見当たらなかった根源の渦が召喚された。
形代には、違う次元に存在する転移エネルギーを呼ぶ能力があるということだ。
渦が漂っていた“転移次元”には、まだエネルギーが残っていることも有り得る。根源から
「転移の渦に、転移をぶつける」
「意趣返しってわけですね。好みのやり方です」
形代の発動方法は、ニホンの古都で練習できた。ひたすら底まで力を押し込む、要はこれだけだ。
投擲器と形代のケースを抱え、ジリジリと歩み進んだ三人は、御池通りを横断して城門を潜ったところで立ち止まり、そこを投擲地点とする。
鼻血を噴きそうな圧力に逆らって進むのも、これで目一杯だった。
セイジが形代を発動させて、ミサキとヒナモリが中心へ撃つ。
キョウト全域に力を送り込んだ作業を思えば、小さな形代は遥かに短い時間で起動していった。
大気に満ちるエネルギーを、黙々と小物に送り続け、それを投擲係の二人がやはり無言で射出する。
形成光を撒き散らす軌跡は、正に青い魔弾であった。
指輪三つに鉱物片を五つほど送りつけた時、暫く変化の無かった渦の中に稲光が走り、魔光が力を増す。
「見て、ミニ渦よ」
大渦の中に生まれた小さな渦は、直ぐに周囲と同化して消えた。
――もっと。もっと大きなヤツが来い。
錨型のペンダントトップ、深紅の陶片、ガラス球。
光量だけが強くなったのではなく、渦の流れも見るからに速くなった。
マーブル模様の小石に、クロスの金飾り。
ミニ渦が次々と発生しては大渦に合流し、導雷が絶え間無く轟き渡る。
三十八個あった形代を全て放った時には、瞼を閉じても目の前が青くボケるほど、大気全体が発光した。
血反吐を吹いたヒナモリに、セイジとミサキが肩を貸し、球体ゲートまで後退する。
へたり込み、喋るのも困難なヒナモリだったが、顔だけは渦に向けて睨みつける。
これで成功なのか、判断に苦しんだミサキがセイジに答えを求めた。
「俺だって分からん……」
――何を基準に成功を決めればいい?
重力が急減し、体が浮き上がる感覚に足をバタつかせる。
何の加減か、渦の中心辺りは蜃気楼の如く揺らめき、平衡感覚が狂いそうだ。
「まだ……です……もう、一押し……」
ヒナモリが、セイジの手に目玉模様のお守りを握らせる。
彼女が故郷からずっと携えてきた形代は、一級の高性能品だった。父の形見も、ここで使ってこそだろう。
セイジは気力を振り絞り、ガラスの目玉に力を注いだ。
重力が小さくなったおかげで、ここからでも弾は届く。光り出したお守りを、ミサキが撃つ。
引き寄せられたのは、もうミニサイズではなく、城を覆う大きさの渦だった。
逆回りする渦同士がぶつかり合い、激しく空間が揺らぐ。
これで本当にラストと考えたのを、彼は思い直した。ニキシマの指輪――渦へトドメの形代を追撃する。
重ねに重ねたエネルギーの加圧。
薄皮一枚で維持していた次元の壁に、これが針穴を開けた。
青白く光る空に黒点が出来たかと思うと、瞬く間に拡大して暗い影を地表に落とす。
黒点は黒い円に、そしてセイジたちの頭上を越え、遂には空全体が漆黒に塗り替えられた。
「どうなってやがる」
「……私が、間違って……いまし……た」
黒い空に、今度は光点が生まれる。光点は光の円に、そしてそれは、極大の光の渦へと変化した。
遥か上空から接近する魔光の渦、これが災厄の源であった。
彼らに近づくほど、その桁外れの大きさがはっきりする。空を埋め尽くす根源は、キョウトが呼んだ渦の十倍はあろうかという規模だ。
二つの渦の間に無数の雷が走り、中心地点から順に世界が歪む。
グニャリと曲がった城を見て、セイジが声を張り上げた。
「逃げるぞ!」
ヒナモリを抱え上げ、球体ゲートへ向き直ったセイジの体が、フワリと地面を離れる。
ゼロG下で浮いた彼の足は空を切り、ゲートへ近づく努力を嘲笑った。
真球だったゲートは輪郭を曲げて、落書きじみた姿に変貌する。
その脱出口への数メートルが、どうしようもなく遠かった。
「ああ……渦が潰れます……」
「言ってる場合かっ!」
規則正しい魔光の流れは、もう無茶苦茶に乱れ、星を吹き飛ばす単なる爆弾へと変わりつつある。
ヒナモリはこれで納得しようが、セイジは諦めてはいなかった。
首に掛かった潰れた十字架をちぎり取り、ゲートに向かって投げつける。
形代の力は失おうが、エネルギーを溜め込んだ塊だ。
力を与えられ、ゲートが一メートルほど膨張した。
――あと少し!
「ミサキっ!」
「任せて!」
ヒビの入ったペンダントを、彼女も思い切り投げ放った。
ゲートの陣に触れたペンダントは、光の粉となって砕け散る。
球体ゲートは一気に拡大し、三人を範囲に入れた。
ヒナモリが最後に見た真っ白な空間は、転移エネルギーが星を食う爆発の瞬間だったのか。
地球に開いていたゲートでは、太い光の柱が立ち、その眩しさは太陽を超えるものだったと言う。
柱は半時間に亘って輝き続け、光が消えてからも、隊員たちとシェールは三人の帰りを待った。
タツカラへのゲートが閉じる五時間後、部隊の帰投を以って作戦は終了する。
セイジたちの姿は、最後まで現れることは無かった。
◇
俯せに寝たセイジが目を覚ました時、最初に目に入ったのは青い稲妻だった。
慌てて上体を起こし、隣に伏せるミサキを揺する。
激しく渦巻く導雷は、正に転移の前兆そのものだったが、次第に勢いを失ってか細く消えていった。
「んんっ……ここはどこ?」
「分からない、タツカラへ戻ったようにも見える」
転移のショックで目が
転移ゲートはもう無く、ヒナモリの姿も見えない
二人は焼け焦げたような丸い転移地の中心におり、その周囲は木々に囲まれていた。ブナによく似た広葉樹は、確かにタツカラでよく見る色形をしている。
のそのそと立ち上がったセイジたちは、かなりの距離がある外縁まで歩いていった。
更地に近い地表のお蔭で、歩くペースは早い。
林へ近寄り、踏み入る前に、ブナの根元に茂る緑に目を向けた。下草のシダに、石を覆う苔、どれも馴染みがあるものばかりだ。
「やっぱりタツカラだな。虫や森の星じゃない」
「タツカラとも限らないよ」
どういういう意味だと尋ねるセイジへ、特に何も答えずに、ミサキは森を抜けようと提案した。転移地点に留まる理由は無いだろう、と。
薄暗い林の中を、葉を掻き分けて彼らは進む。
視界を遮る枝葉は直ぐに薄くなり、緩やかな日差しが二人の頬を温めた。
林を抜けて現れた光景は、予想とは随分違う。
青い空、その青を斬り裂く細い尖塔、背の低いビル群。鏡面仕様のビル壁面が、鋭く太陽を反射して目に刺さった。
言葉を失ったのは、もっぱら尖塔のせいだろう。
感想も言えずに戸惑う彼らへ、ヒナモリが横手から近づいた。
「キョウトタワー、だったかしら?」
「ええ……。でも、倒れたはずじゃ」
「おうよ、俺もバッチリ潰れるとこを見たぜ」
セイジたちより少し先に目覚めたヒナモリは、やはり林を抜けて観察に努めていたと言う。
他の方角では、車が行き交う舗装道路や、転移地を遠巻きにする人影すら見えたらしい。
ここはヒナモリの故郷でも、廃棄都市が無残な姿を晒すタツカラとも異なる。
最も可能性が高いのは――。
「あなたは、どこだと思いましたか?」
「……日本、京都」
ミサキの答えは、三人が共通して抱いたものだ。
なぜタワーが健在なのか。答えをじっと待っていても、得られはしない。
「取り敢えず、行くか」
ゴーグルを装着しつつ歩み出したセイジへ、ミサキが大きく頷いた。
ヒナモリも探索には賛成だが、迷いの無い彼らには笑みも
振り返ったセイジは、微笑む彼女を見て、不審げに口を開いた。
「アンタも一緒に来るんだろ?」
「ええ、まあ。……マレーンです」
「ん?」
「本名ですよ」
「ああ。もうしばらく、付き合ってもらうぞ、マレーン」
セイジを先頭にして、三人は未知の世界へと踏み出して行った。
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