27. 渦

 ちょっとした山ほどの高さと厚みのある障壁も、転移の連打を浴びては一たまりも無かった。

 ミサキが投射した避雷針によって円い転移陣が発生する度に、ごっそりと巣が削られる。


 六回の転移で、街の中へ通じる隙間が生じると、彼女は残るを片っ端から撃ちまくった。

 まだ光っていまいが構いもせずに放たれた避雷針は、落下した先で複合陣を作り、激しい落雷と共に幅五十メートルに亘って壁を消し飛ばす。

 出現していた石積みの斜面や雑木林の断片も、最後の転移でまとめてどこかへ移って行った。


 サボテンの点在する小さな荒野が、街への進入口だ。

 壁の断面には、蟻が移動するための穴が無数に開けられていたが、虫がそこから現れることはない。

 穴を封じるように、シェールがすかさず毒弾を撃ち込んでいた。


 セイジたちの元へ、随行する隊員たちが集まってくる。全員がバイクに乗った精鋭で、先頭をヒナモリが率いていた。

 彼女はセイジの真横に停まると、金色の指輪を一つ彼に手渡す。ニキシマからの餞別だと告げられた。


「オッサンも来たのかよ。これは形代じゃねえのか?」

「同じのが二つあるから、一つは起動の足しにして欲しいそうです。エネルギーは満タンだって」

「……そうかい。有り難く使わせてもらうよ」


 形代からエネルギーを引っ張り出せば、虫の体液を浴びるよりも快適に仕事ができる。

 指輪を左手の小指に嵌めて、彼は壁の奥に見える街へ視線を戻した。

 特に掛け声も発せずに、彼のバイクが発進する。


「全員、キササギに続きなさい!」


 ヒナモリたちもその後を追い、砂埃を立て荒れ地を進んだ。

 障壁に刻まれた峡谷を抜け、目指すは街の中心、二条城である。


 入って直ぐに京都タワーがそびえていたおかげで、セイジには自分の居場所を楽に推測できた。

 昨夜走り回ったのも無駄ではなく、ある程度なら街の地図も頭に入っている。

 二条城からは強烈な光が立ち上がっており、渦の在る方向は分かり易い。


 では、街内に入れさえすれば、目標まで楽に到達できるかと言うと、そう簡単にはいかなかった。

 壁を通り過ぎ、街路を少し進むと、猛烈なプレッシャーに襲われてセイジは身をすくめる。

 外の小転移が連発する状況は、あれでも蟻壁が大渦から放射するエネルギーを抑えた結果だった。


 虫でもミサイルでもなく、馬鹿げた頻度で起きる転移現象が、彼らの行く手を阻む。

 元の街の方角で言えば、進入したのは南東辺り。烏丸通りを北上しようと、一度京都タワーの下へ進んだ時、白い塔をかすめて転移の円陣が出現した。

 円はタワーの北半分を削るように発動して、街並みを海に変貌させる。


 南から接近していた彼らは範囲に入っておらず、烏丸通りを諦めてより西へと転移を避けるルートを選んだ。

 京都駅に落ちていた影が、ゆっくりと動き始める。

 駅の北側、塩小路通りを西進する部隊へ、太さを半減させたタワーが倒れ込んだ。


 フルスピードで駆け抜けたセイジの背後で、轟音と粉塵の煙幕が巻き起こる。

 ぶちまけられた瓦礫を浴びて、最後尾を走るバイクが横転し、仲間を気遣う叫びが上がった。

 ブレーキを掛けるセイジへ、ヒナモリが怒鳴る。


「止まらずに渦へ!」

「だけど――」

「覚悟の上です。前だけを見て!」

「クソッ」


 再び加速した彼を、六台に減ったバイクが追う。

 堀川通りで右折して、そのまま北へ直進すれば二条城に着くと、ミサキが後ろから指示を飛ばした。

 言われた交差点を直角に曲がったところで、彼は即座に逆にハンドルを切る羽目になる。


 道はビルが衝立ついたてとなって、進路を塞いでいた。どこかの都市の建物が、狙ったように転移した結果だ。

 ビルの前には血に塗れた被害者が倒れており、呻き声まで聞こえる。


 路地に入ったセイジは、次の通りでコースを修正し、転移がズタボロにした古都をまた北へ向かった。

 円い草むらを駆け、光る転移陣を迂回し、土の小山を突っ切って渦の在り処へ走る。

 四条通りを越えた頃、後続が見えなくなったと、振り返ったミサキが彼の背中を叩いて教えた。


「ヒナモリもか?」

「誰もついて来てないわ!」


 敵もいない、タワー以降、倒壊する建物も無いとなると、隊員たちが遅れた理由は――。


「――この圧力のせいか」


 大気に充満する転移エネルギーは、匂いが嗅げるほど濃い。

 いや、正確には、そこら中で跳ね回る導雷が放つイオンと、焦げた街の臭いだった。


 セイジが感じる頭のふらつきは、ゲートを使った直後にもこうむるものだ。

 体内に浸透する転移エネルギー、ヒナモリの言うところの魔素・・を過剰に摂取すると、潤滑な血流も阻害される。

 末端に酸素を送り切れず、セイジたちは貧血に似た症状を起こし、息苦しさに喘いだ。


「あいつらじゃ、耐えられないんだ」

「……戻る?」

「ヒナモリがいないと、転移ゲートが作れないからな」


 ビルの屋上の高さに浮く渦は、もうはっきりと観察できる。右巻きに回転する光の筋は、その末端に触れるまであと少しという距離であった。

 停車した二人は、来た道を眺める。


 セイジもミサキも、軍の耐性検査では異常とも言える数値を記録した。

 これは持って生まれた素質であり、ほぼ偶然に近い。

 敢えて理由を挙げるなら、二人が地球・・人であったことだろう。


 あらゆる人種の中で、地球出身者やその直系は、転移への対抗力が強い。

 各星の文明が混合していった過程で、地球型がベースになったのは地球人が生き残る確率が他よりも高かったからであった。


 ミサキは気付いていたが、第一特務には彼女と同郷の隊員はいないようだった。

 ほとんどがヒナモリと同郷の出身で、耐性よりも戦闘技術や起動力を重視して選んだのだと思われる。

 薄々、転移に関する地球人の優位性を感じていたミサキは、ヒナモリは渦に近寄れないのではないかと危惧した。

 本人が告白したように、彼女は明らかに地球出身者ではない。


 転移ゲートを大幅に上回るエネルギー量は、慎重に検討したはずの特務部隊の想定を凌駕してしまい、隊員たちは次々に脱落してしまった。

 ここまでかと考えたセイジたちの耳に、タイヤが砂利を踏み荒らす走行音が届く。


 二人の予想を違え、やって来たのは一人。ヒナモリだけが、エネルギーの暴風の中を掻い潜って姿を見せた。

 セイジたちの隣まで来るや否や、もう少し進むように急き立てる。


「力に耐えられそうなのは、私だけでした。行きましょう」

「一人でか?」

「皆の遺物は預かりました。回収に手間取り、申し訳ありません」


 時折、顔をしかめつつも、案外に大丈夫そうな彼女へ、ミサキが訝しんだ。


「よく耐えられるわね。地球人が有利ってわけじゃないのかしら」

「私の四分の三は、貴女の星の血が流れています。さあ、急がないと」


 二台のバイクは北上を再開して、三条通りまで到達する。

 ヒナモリは物足りなさそうなものの、彼らでもこの辺りが接近できる限界で、大渦の外縁には掛かっていた。

 エネルギーの多さに加えて、重力が上下に揺さぶられるせいで、立っているだけで酔いそうになる。

 バイクを降りた三人ともが、千鳥足で渦の転移に取り掛かった。


 ヒナモリがケースを開けて、中から更に小さな箱を取り出す。

 黒い箱の中にはクッションが敷き詰められ、布で何重にも包まれた遺物が収められていた。

 単一ゲートを作るという遺物は、拳大の透明な球であり、受け取ったセイジが意外そうな表情をする。


「小さいな」

「水晶球……じゃない。髑髏の形をしてるのね」

「悪趣味な遺物だぜ」


 のんびり構えていては、いつここも小転移に襲われるか分からない。

 セイジは髑髏を地面に押し付けるようにして、躊躇い無く自身の力を送り込んだ。


 燃料だらけの地で、起動が速いことは予期していたが、その形態にまた彼は驚く。

 目の前に浮き出た転移陣の円盤は、手の平ほどのミニサイズである。その陣が縦横に高速回転して、青い光の球と化す。

 水晶髑髏が作ったのは、球体ゲートだった。


 球は周囲のエネルギーを吸収して、セイジが苦労するまでもなく、独りでに膨張を始めた。

 三人を内側に収め、通り脇のビル群も中に入れても尚、勢いは増していく。

 部隊が試した時とは比較にならない巨大なゲートに、ヒナモリが喜色を浮かべた。


「素晴らしい! そのまま渦を収め切ったら、発動してください」

「そんな……器用な調整が――」


 ――出来るかよ。


 体内にも逆流する力の大波に、彼は嘔吐を堪えるのに懸命だった。

 ゲートのサイズ調整など、望むべくもない。


 根源・・の力の一端を借りて、ゲートは城を越え、街の一画を丸々範囲に入れる。

 球の半分近くが地中にあるため、外観は光のドームと言うのが相応しい。

 巨大な門が、異界へと繋がれた瞬間だった。





 蟻の相手を務めていたシェールやニキシマたちも、青い光に顔を向ける。障壁近くでも、球体ゲートの魔光は難無く観察できた。

 テダが砲弾補給の手を止め、壁まで帰っていた部隊員もドームを眺めて息を呑む。


 壁も、人の顔も、青白く塗り替えられる魔光の世界。

 渦の力が作用しているせいであろう、光の強さは単なるゲート発動の域を越え、漂う羊雲をも均一に染め上げた。


 直視出来ないほどの輝きを放つ街の中心――その宝石を思わせる青い半球は、しかし、雷鳴の轟きを以って一瞬の内に消散する。

 パチリと照明を落としたかのように、街は元の薄汚い灰色を取り戻した。

 ざわつく隊員たちを、シェールが叱咤して我に返らせ、自分たちの任務を思い出させる。


「成功したんだよ! 副隊長がいない時の指揮官は誰だい?」

「私です! 負傷者はゲートへ退却、残りは突入班の帰還までここを守る!」


 ニキシマとテダも、負傷者に付き添って移動を開始する。


「頼むぞ、坊主たち」


 壁を離れる寸前、最後まで街を見ていたニキシマの呟きを、テダが耳聡く聞いて振り返る。


 ――俺たちが手伝えるのはここまでだ。全てを終わらせてやれ。


 彼らは軽く頷き合った後、ゲートまでの道を戻って行く。

 突入した三人の帰還を待つ隊員たちを残して、追跡屋の二人はセイジたちより一足早く故郷へと帰還した。

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