24. 地球へ

 転移嵐シフトストームが収まり、ゲートが生まれると、隊員たちが一斉に行動を開始した。


「ぐっ、さすがにこうも連続すると堪えるな……」

「セイジ、髪が――」

「あ? あー、ミサキの髪も色が落ちてるぞ」

「うそっ」


 高濃度の魔素を、短時間で浴び続けた結果、彼らの身体にも影響が現れる。二人の黒髪は、揃って明るい茶色と変わった。


「髪や瞳は、どうしても変色してしまいます。私みたいに」

「アンタも元は金髪じゃなかった――」

「さあ、世間話をしている暇は無いでしょう。偵察員から突入させます」


 ヒナモリの命令で、各員が持ち場に就く。

 突入要員たちは、バイクや機材を固定していた紐を外して転移に備え、先遣される偵察員は緊張した面持ちで中央へ進んだ。


 ゲートに撃ち込まれる導力矢、皆が注目したのは地球と繋がるケーブルだ。ここまでの経緯を勘案し、地球が最重要目標と定められた。

 青い電撃をまといつつも、ケーブルが切断される様子は無く、ヒナモリは部下へ突入を命じる。

 作戦開始を応援するニキシマの口笛が煩い。


「あのオッサン、何か勘違いしてるんじゃないのか……」

「娯楽に飢えてるのよ」


 偵察員はたった一人、それも部隊で最もエネルギー耐性が高い者が選ばれていた。

 ゲートを使った転移では、非生物だけを送ることは出来ない。必ず誰かが転移先を見て、帰って来なければ、ゲートの先の状況は分からないのだ。


 速やかに報告するには、往復二回の連続転移が必要で、並の隊員では偵察だけで昏睡してしまう。

 重要な任務と心得て、タツカラ式の敬礼をした偵察員は、躊躇い無く第二ゲートの奥へ消えた。


 直ぐさま、ゲートの前に突入員が整列し、その後ろにヒナモリ、最後尾にはバイクを手押しするセイジとミサキが続く。

 ヒナモリは一人でバイクに乗り、後席には金属製の大きなケースが積まれていた。

 大型楽器が入っていそうなケースを見遣った彼は、解答を予想しつつもヒナモリに中身を尋ねた。


「過負荷用の形代と、森の星への単一ゲートを作る遺物です。運搬は私がします」

「そいつで俺ごと根源を飛ばせばいいんだな」

「貴方の力なら、渦全体を巻き込めるはずです。ただ……」

「どうした?」

「大きくしても街サイズは無理でしょう。可能な限り、渦の近くで発動してください」

「オーケー」


 作戦手順の再確認は、帰還した偵察員の叫びで中断する。

 ふらつく身体を仲間に支えられながら、彼は後列に届く大声で結果を報告した。


「ゲートから目視できる距離に、高エネルギー反応有り! 但し、現場は交戦中です!」

「交戦!? 現地住民の攻撃ですか?」

「おそらく……双方共、人ではありません」


 隊員から詳しい説明を聞き、ヒナモリも暫し言葉に詰まる。

 ゲートの先では、細かな転移が連続し、激しい戦闘が起きていると言う。

 予想より危険度はぐんと跳ね上がったが、計画を変更するわけには行かない。


「避雷針は全てここに置いて行きます! 銃の発射準備を整え、転移後は散開して遮蔽物を探しなさい!」


 エネルギー集約に使えるかと用意した避雷針は、転移が頻発する土地では危険だ。

 装備の一部を予備員に渡し、隊員たちは命令通りに銃の安全装置を外す。

 転移陣の維持のため、二番ゲートには四機のバリスタでケーブルが撃ち込まれた。


 ヒナモリの突入合図が発せられると、バイク隊から順にゲートへ進み、次々と隊員は戦地に送られて行く。


「貴方たちは待機しますか?」

「いや、ついてくよ。安全を待ってたら、せっかく昇った日が暮れちまう」

「助かります。避雷針無しでは、成功が危ぶまれるところでした」


 地平線に顔を覗かせた太陽に目を向けつつ、セイジがサドルに座った。

 後ろに跨がろうとするミサキへ、特務部隊特製の魔銃と弾が渡される。


「今回は武器が必要でしょう。弾倉に六発、予備が十二発です」

「上手く使えるかしら」

「構造は単純ですから、起動力次第ですよ」


 ミサキも狩猟用のライフルなら撃った経験が有り、使い方が分からないわけではない。

 ぶっつけ本番も致し方ないと、銃のストラップを肩に掛ける。

 ハンドルを握るセイジに軽く頷き、ヒナモリはゲートへ突っ込んだ。


「私たちも行きましょ」

「ああ」


 二人を乗せたバイクも、石柱の間に浮かぶ転移陣へと飲み込まれる。

 ゲートの向こうはどうあれ、古代ケルトの遺跡を照らす朝日は生暖かい。

 ストーンヘンジの中央には、負傷者に備えた医療班の機材を並べる音だけが残った。






 一瞬、途切れた意識に、セイジはハンドルを持つ手を離しそうになった。

 バイクは停止しており、慣性も働いていない。

 左足を踏ん張り、何とか車体が倒れるのを防いで、自分の居場所を把握しようと頭に血を巡らせる。

 至近で起きた爆発のおかげで、逆に身体が反射的に反応した。


「ミサキ、つかまれ!」

「う、うん……」


 動き出したバイクが、前方を行くヒナモリを追う。

 一面に広がる小麦の海に身を隠せる場所など無く、ベテラン軍人の判断を信じて彼女の走行ルートをなぞった。

 樹木も生えない真っ平らな地平線が続く中、所々に細い光の円柱がそそり立つ。


 右方向にだけは、強烈な異物が存在した。

 灰色の障壁に、空へ伸びる太く青い魔光、キョウトの街だ。


 障壁の近くを中心に、平地のあちらこちらで戦闘が発生しており、爆発と奇怪な鳴き声が轟く。

 雷鳴もひっきり無しに響き、耳を塞ぎたくなる有り様だった。


 バイクの前にも、バリバリと耳障りな導雷が落ちる。

 その瞬間、小麦がぐるりと円を描いて倒れ、地面に不思議な文様が生まれた。

 文様の上に形成光が満ち、水が溢れるサークルに置き換わる。直径数メートルのこの小型転移を、セイジはギリギリで迂回した。


「こちらへ!」


 後ろを振り返ったヒナモリが、大きく腕を振って手招きする。

 彼が追いつくまで、彼女は魔銃を壁の方へ向けて警戒体勢を取った。


 なぜ他の隊員が見当たらないのかは、ヒナモリの先に広がる窪地が視界に入ると理解する。

 転移で出来た円形の凹みの中へ、部隊員たちはバイクごと降り、高さ五十センチほどの側面を塹壕代わりにしていた。

 伏せた彼らの姿は、茂る小麦が隠してしまっている。


 セイジたちも窪地に突っ込み、バイクを降りると、隊員同様に転移地の縁から顔だけを出した。

 これでやっと、混乱の原因も落ち着いて観察できる。


「……まさかアレ・・が封印者か?」

「キモっ」


 濃灰色の身体は二カ所でくびれ、尻に当たる部位が最も大きい。

 脚の数は六本で、見た目は蟻が一番近いだろう。但し、大きさは牛並で、尻は硬そうな針毛が覆う。そこだけ見れば、針鼠のようだ。


 ミサキが嫌悪感を剥き出ししたのは、封印者の形状ではなく、壁に群がるその数だ。

 胡麻を散らしたかの如く、大量の蟻がカサカサと蠢く。


「アレがゾーンを封印してたのか? とても知的には見えないぞ」

「向こうに戦闘中の封印者がいます」


 セイジの横に来たヒナモリが、単眼鏡を覗きながら、爆発の起きる方向を見るようにアドバイスした。

 飛来する敵へ尻を向けた蟻たちが、身体に生える針を発射する。

 着弾した針からは、青い電撃が放たれ、これが爆発を引き起こしていた。


「あの針が導力矢か!」

「壁を攻撃されて、修復を行う蟻もいます。どうやら、障壁も虫が作った物のようですね」

「……決まりだな。あいつらの故郷は、“虫の星”だ」


 あまりの立派さに人造建築物だと思った障壁は、蟻塚に似た虫の仕業だった。

 ヒナモリが観察しているのはゾーンを囲む壁の外側、こちらには内側と違い、小さな穴がいくつも空いている。

 針蟻はこの穴を出入りしており、壁の内部は巣になっているらしい。


「転移エネルギーに適応し、ゾーンを封印する蟻とはね。で、その相手をしているのは何だ?」

「小型の無人攻撃機ですかね。ミサキさん、貴女はご存じでは?」


 単眼鏡を受け取ったミサキは、暫くプロペラで飛行する機体を眺め、自信なさ気に結論を告げた。


「ドローンね。アメリカ陸軍なのは分かったけど、私の専門外よ」


 US・ARMYを読み取るのが精一杯で、米陸軍の詳細は彼女の知識には無い。

 四つのプロペラで自律飛行し、機関砲で制圧戦を担当する無人機は、何れにせよミサキの時代には存在しなかった。


 ヒナモリが小型と言ったのは、飛行艇と比べるからで、針蟻より大きなボディはドローンとして超大型の範疇に入る。

 ドローンの下部に設けられた機関砲からは、三十ミリ口径の徹甲弾が撃ち出され、並の装甲車なら蜂の巣にするだろう。


 弾を浴びた蟻も次々に倒されていくが、よく見れば数発を被弾しても耐え、脚を吹き飛ばされても反撃するものもいた。

 針蟻の体は装甲車以上、近代戦車と同等の防御力を持つことになる。

 戦況は数で優る蟻がやや有利に傾きつつあり、壁に接近したドローンは尽く撃ち落とされたようだ。


「壁を突破するには、重砲が要りますね……」


 援軍を呼ぶために、伝令役を選ぼうと部下へ向いたヒナモリは、遠方から飛来する編隊に気づいた。

 直ぐに真上に到達するかという高速度だったが、ゾーンの遥か手前でUターンして、飛行機雲だけを残し去って行く。


 不可思議な動きに眉をひそめるヒナモリも、続くジェット音の接近で編隊の意図を悟った。

 十二本の細い煙の筋が、障壁を目指して亜音速で伸びる。彼女には初見の武器の名を、ミサキが叫んだ。


「ミサイルよ!」


 精密誘導弾は蟻の密集する壁面を狙い、正確に着弾する――はずだった。

 高速飛来するミサイルに、あろうことか蟻たちは反応し、尻の矢を迎撃に放つ。


 ミサイルは壁より少し手前、部隊のいる前方上空で、導力矢と相打ちになり爆散した。

 顔を地に伏せ、身を屈める彼らの背を熱と爆風が舐める。

 運悪く、飛び散った破片の一部が窪地にも襲い、隊員三人の身体に重傷を負わせた。


「ぐああっ!」

「三人が戦闘不能!」


 ――突撃もしない内に、離脱者が出るとは。


 歯を食い縛り、隊員たちの様子を確かめたヒナモリは、転移に耐えられそうな一人を選んで呼びつける。


「至急戻って、蟻の能力を報告。有効な武器を要請しなさい」

「はっ!」


 敬礼した隊員はバイクに飛び乗り、即座にゲートへ向かった。


「負傷者が転移に耐えられそうなら搬送を! 近づく蟻には、魔銃で対抗します。目を狙いなさい!」


 狙えるのなら、目や口が蟻の弱点ではあろう。次が間接部分だろうが、脚がもげても動く虫には、今ひとつ効果が薄い。

 何よりの問題は、そんな精密射撃はヒナモリの専売特許ということだ。


「狙い方を教えて」


 銃を肩から外し、ミサキが魔弾の操縦方法をヒナモリに尋ねた。

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