第四章 根源を追う
23. 根源を追う
ゲートを通ると、また別の世界に飛ばされるのでは、というセイジの懸念は、石柱の並びが迎えてくれたことで払拭された。
無条件で転移の機能を信用するには、得体がしれなさ過ぎる。
キョウトの街がどうなったかも、知りたければゲートに再突入しなければいけない。
セイジたちが転移していた間、残った予備員で調査隊が編成され、危険を承知でゲートへ追加派遣されようとしていた。
その準備の最中、ゲートに撃ち込まれていたケーブルが破断する。
爆発するように断ち切れたのは、封印者の星とミサキの地球へ通じる二本だった。
エネルギーの逆流が引き起こしたと考えられ、そんな状態の世界へ向かうのは危険を通り越して馬鹿のすることだろう。状況が落ち着くのを待つべきだ。
調査は中止され、その一時間後に転移ゲートは消滅する。
メーターが振り切れるほどの力だったとヒナモリが言う大渦は、やはり暴走するエネルギー製造器の可能性が高い。
これが現在どこにあるかと問われれば、逆流の発生した封印者の星か、地球が候補に上がった。
もう一度多重ゲートを開くのは五時間後と、司令官であるメルケスは決定する。
チャンスを前に随分悠長にも感じるが、根源を潰すとなると調査部隊では荷が重い。
特務部隊の装備を万全にして、セイジたちの起動力も回復させようと思うと、これでも最短のスケジュール設定だった。
遺跡近くに設けられた臨時ベースには、風呂などあるはずもなかったが、水を所望する二人には“造水の魔石”が手渡される。
浄水を噴出する魔石の能力で、簡易シャワーを浴びたセイジたちは、ようやく耐えられるレベルまで悪臭を流し落とすことができた。
出番まで休もうと、兵舎テントの毛布の上に寝転がった彼らの元へ、メルケスとの相談を終えたヒナモリが顔を出す。
彼女は作戦の説明と共に、改めて二人の協力を感謝した。
「この作戦に、強力な起動者が得られたのは幸いでした。次の破壊作戦が成功すれば、悲願が達成できます」
「それはいいけどさ。本当に潰せるのか?」
「リスクを負わずに解決できる相手ではありません。やれると信じて実行するだけです」
ヒナモリの計画は、狂血も唖然とする派手なものであった。
特務部隊は、これまで転移エネルギーを充填した形代を準備し、高い能力を持つ遺物を収集してきている。
全てはこの日のためで、暴走する根源に更なる過負荷を加えて、巨大爆発を起こそうと企てていた。
過負荷案には、難点が二つある。
一つは、星規模の転移を発生させかねないということ。
もちろんそんなことになれば、単に星の位置が入れ替わるといった穏便な結末は得られまい。
上手く事が運んだところで、気候の激変や天変地異の招来が予測され、転移対象となった世界が跡形も無く消し飛ぶことすら考えられる。
犠牲を最小限に留めるためには、転移を発生させてはいけない。迅速に、何らかの転移が為される前に、さっさと負荷を注入するのが肝要だ。
もう一つの問題が、転移が起きなくとも、根源が爆発した星は無事では済まないと思われることだ。
この作戦では、必ず一つの星が犠牲になる。
ヒナモリは知的生命体がいない森の星を、他の星のために捧げるつもりだった。
「根源は、地球に飛んだ可能性が高いのよね?」
「ええ」
「地球を破壊するなら、私は敵に回らせてもらう」
「少しは信用してください。ニホンもタツカラも、マーブリンドも助かる道を選ぶつもりです」
ケーブル切断の経緯は、ミサキも耳にしている。
ゲートの先で、エネルギーが逆流するほど膨れ上がったのなら、根源は地球、それもゲートの近くに移動した可能性が一番高かった。
便宜上、二番ゲートと番号を振られた転移陣は、“大陸系”の言語形態を持つ広大な小麦畑地帯に繋がっていたらしい。掲げられた標識は、第三特殊ゾーンの文字とそっくりだそうだ。
本当に地球なら、言葉の特徴からミサキはそこを、北米のプレーリーだと見当をつけた。
第二特殊ゾーンから、森の星へ飛べる単一ゲートの遺物が搬送されてくる予定で、これを使ってまず根源を誘導する。
次に部隊は森の星へ行き、過負荷を加えるべく突撃するわけだ。
多重ゲートの再起動と、根源を森の星へ飛ばす役が、セイジとミサキには期待された。
最後の過負荷に関しては、特務部隊が担当する。とは言うものの、これも手伝わされるだろうと、セイジもミサキも予感していた。
「星を丸ごと賭けた、ロシアンルーレットみたいなものね」
「ロシアン……何だそれ?」
ミサキがリボルバー型の拳銃の説明から始めていると、ヒナモリを呼びに隊員がテントへやっって来た。
「高速艇が到着しました!」
「了解、すぐ行きます」
彼女はセイジたちの会話に割って入り、迎えに同行するよう求める。
「俺たちも? 遺物のチェックでもするのか?」
「行けば分かりますよ」
首を捻るセイジを軍用四駆に乗せ、ヒナモリの運転で特務部隊自慢の高速輸送艇が停泊する地点へ出向く。
丘に係留された飛行船は、ゾーン制圧に使われる対策部隊の大型艇より二回りほど小さいが、ハイドロジェットを利用した飛行速度は十倍近い。
第二特殊ゾーンから遺物を運んで来たのだと思ったのは、セイジたちの思い違いであり、大型コンテナは北部からの直送品だった。
係留地点に近づいた彼らは、運搬物より先に、コンテナを取り囲む人垣を見て驚く。
車を降りたセイジに駆け寄って来たのは、やや締まりのない顔と体型のニキシマである。
他にもシェールやクラネガワといった追跡屋の面々が、部隊員と一緒に荷物の仕分けを手伝っていた。
「俺たちもゾーンの通行許可証を貰えたんだ。好きに走り回れて、やっと気が晴れたぜ」
「アンタらが軍の手伝いとは、似合わねえなあ」
「お前に言われたくねえよ。フクロウに入隊したかと、皆で噂してたんだぞ」
特務部隊が追跡屋を動員したのは、彼らが持つ遺物を徴収したかったからだ。
形代であれ何であれ、最終作戦には遺物は有るだけ投入したい。
劇場に保管された物だけでなく、各チームが秘匿する虎の子まで供出させるために、特務部隊はかなりの譲歩を見せた。通行許可証もその一つだ。
しかし、最もメルケスの歓心を得たのは遺物ではない。
クラネガワが会社に連絡して用意させた一般公開前の新型車両こそが、高速艇を限界スピードで飛ばさせた理由だ。
ロックが外され、コンテナの側面が開くと、中からズラリと並んだ十六台の新車が姿を現す。
「バイクか。なるほどな」
荷物を厳重に固定していたロープを、隊員たちが手際よく解いていった。
バイクと言っても、タイヤは四輪車に近い厚みを持ち、二人乗りを前提にした広い後部席が有る。
通常の二輪車より縦に長い割に、駆動部分はコンパクトで、小柄な女性でも
メガネをクイクイと上げ下げし、得意げに皆を見回すクラネガワへ、セイジが解説を求めた。
「小さなエンジンだな」
「エンジンの核になるのはコマです。おもちゃのね。第一特殊ゾーン産ですよ」
「遺物を使ったのか!」
「起動力を持たない人間でも扱えます。いやあ、その開発に難航しました」
「お前が作ったんじゃないだろ」
第一特殊ゾーンには、玩具店らしき店が在り、回転の構築式を持つ遺物を大量に入手していた。
起動者でなければ回せなかった
さすがに起動力がゼロの者ではエンジンを動かせないものの、ニキシマやシェールでも僅かなら能力は持っている。
そうでなくては、遺物の計測器すら使えないだろう。バイクが必要とする力は、その計測器程度で構わない。
遺物を利用した車両開発は、実のところ極秘に行われたもので、政府には未だ完成ならずと報告していた。
転移現象の解明に向けたクラネガワ会長の執念は本物で、新型バイクは私用に回すつもりだったのだ。
孫の方のクラネガワは、このことを知っていたため、軍から二輪車の提供を求められた際に取り引きを持ち掛ける。
ゾーン探索車の無償譲渡と交換に、彼は違法開発を不問に付すことと、ゲートの使用許可を要求した。
バイクを眺めるセイジへ、ヒナモリがロック解除用のキーを一本、投げて寄越す。
「十五台は第一特務で使います。一台は貴方がどうぞ」
「そりゃいいや。今度は、車を探す暇が無いだろうしな」
このあと、セイジは試運転を兼ねて、ミサキと二人乗りでバイクをベースまで走らせた。
スピードも踏破性能も上々、加速力も高く、エンジンスタート時以外は起動力も必要としない。
これで鳥の羽ばたき程度の駆動音なのだから、正にフクロウ向きだろう。
ニキシマたちも遺跡の発動の様子を見たいと言い、深夜のゾーンを自分たちの車で追いかける。
こちらは通常駆動なので、騒々しいエンジンの唸りに、ガサガサと周囲の草むらが揺れた。
ゾーンには野ネズミや鳥のようなタツカラ産の生き物が入り込んでおり、外敵のいない環境を満喫している。
ベースに着くとスイッチを切ったように眠りに落ちたセイジとミサキも、三時間も経たない内に隊員が起こしに来た。
「ご両人は、遺跡中央までバイクに乗って移動してください」
「ん……おう」
「眠い……」
体内のエネルギーは、それなりに回復したようでも、肉体の疲れまでは取れない。
硬い床で固まった筋肉を、腕を振り回して
何のつもりか、遺跡の外周に並んで声援を送るニキシマたちを横目にして、ストーンヘンジの中心にバイクに乗ったまま進入する。
バイクは隊員の手によって、地面に打ち込んだフックに縛りつけられた。
その後の流れは、一回目と大差は無く、違うのは待機する隊員の数くらいか。五十人ほどの特務部隊員が、遺跡を囲んで俯せで待つ。
メルケスの号令で、セイジが地に手を当て、発生した形成光が石柱を照らした。
雷が走り、重力が乱れ、一度大きく展開した陣が中央に向かって収縮する。
二度目ともなると、大掛かりな発動過程にも皆に慌てた様子は見られない。初めて見る追跡屋たちが、大丈夫なのかと隊員たちを窺うだけだ。
異界に通じる五つの門は、起動者の手で再びその口を開けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます