21. 飛沫

 溜まったエネルギーが小出しに連鎖する群発性転移、これは入れ子のように重なった構造をしている。

 第十一廃棄都市から始まる一連の転移は、群発性転移の最小単位だ。


 ここ一年間、中規模クラスの転移がタツカラで発生したが、これらもまとめて群発性と括れるらしい。

 第十一廃棄都市や、第三特殊ゾーンもこのグループに入る。


 更にこういった数年周期のグループが、首都直下型以降、何回もタツカラを襲った。

 これが最大規模の群発性転移で、タツカラは転移の連鎖の真っ只中というわけだ。


「群発という現象は、飛沫なんです」

「飛沫……?」


 ミサキにも理解できるように、ヒナモリは水に石を投げ込む様に喩えた。

 巨大な塊が水面に落ちると、飛沫が大量に飛び散る。大きな飛沫は、また次の水跳ねを招き、波紋は複合して周囲へ広がっていく。


 転移現象も同じで、限界まで溜まった力が爆発すると、小さな転移が無数に連鎖するのだ。

 水と違うのは、転移は世界を、あまつさえ時間をも越えて跳ねて行くという点である。

 たった一回のエネルギー爆発によって、以降百年間の災厄がもたらされたのだった。


「私は時間を飛び越える飛沫を浴びた、そういうこと……?」

「転移前後で時間の差が生じることは、稀に有ります。貴女ほど極端な例は珍しいでしょうが」


 ヒナモリの世界では転移エネルギーの研究が進んでおり、ミサキの時間跳躍にも驚いた様子は無い。

 未だにエネルギー製造器を活用していると言うのだから、深い知識が有って当たり前だろう。

 そんな彼女の故郷でも解明しあぐねているのが、どこかに在る暴走製造器だ。


「およそ百年から二百年で、大爆発は起きています。次の大転移発生までに、大元を叩きたいのです」

「うーん」


 ヒナモリの最終目的は当初から聞いていた通りだが、スケールが大きな話のため、セイジにはイメージが湧きにくい。


「百年単位か……気の長い話だ」

「私たちの尺度で考えるから、長く感じるんですよ。八千万年からすれば、この百年なんて一瞬の出来事です」

「そりゃそうだが、目の前の転移を追い掛けるのとは違うからなあ」


 転移現象と、それを発生させる根源は違う。いくら連鎖する転移を追い掛けても、そこに根源は存在せず、跳ねたエネルギーがあるだけである。

 暴走する発生器は莫大な力を持っており、探知は容易なはずだったが、どの世界からも発見報告がない。

 今回の多重転移陣でも見つからないようなら、各星の上には無いという仮説が信憑性を高める。


「どういう説だ?」

「発生器が、転移の狭間に在るという仮説です。転移途中で止まってるようなものですね」

「それじゃお手上げだ。現実世界じゃなきゃ、追いようがない」


 ヒナモリは人差し指を立てて、意味ありげに微笑んだ。


「だから、この街を起動してみたいのです。根拠なんて有りません。しかし、巨大なエネルギーを引き寄せるには、相応しい形代だとは思いませんか?」


 もしくは、星を半壊させるような転移の嵐が起きるかも、だ。

 セイジには、災厄を止めたいという崇高な理念も無ければ、ヒナモリに付き合う義理も感じない。

 だが、リスクを度外視した彼女の賭けには、純粋に闘争心が掻き立てられた。


 彼の性格を見透かしたような態度は気に入らないものの、セイジはヒナモリへ呆れた笑いを返してやる。

 手伝う気になったことを、ミサキに伝えようとした時、ビルの外から副隊長を呼ぶ声がした。


「ヒナモリ准将! おられませんか!」

「ここよ!」


 エネルギー計測器を片手に、上官を探していた特務部隊員二人が、返事を聞いてビルへ駆け込む。

 六時間を経てまだ帰還しないヒナモリを案じて、予備員が捜索に来たのだった。


「帰還刻限が迫っているタイミングでゲートをくぐってくるのは、少し無謀ですよ。連続転移になるではないですか」

「まだ二時間有りますから、回復には充分です。副隊長はご無事なんですね?」

「ええ」


 多重転移陣へ突入した他の隊員は、既に任務を終えて帰還したらしい。

 各ゲートは別々の世界に通じており、根源を思わせる巨大な反応は観測されなかったと言う。


 ただ、転移先ではどこも複雑に変化するエネルギー反応があり、導雷に似た放電も観測されていた。

 マルチゲートは、それぞれの世界に存在する特異点へ繋がっているのではないかというのが、今のところの推測である。


 気丈に姿勢を正して報告する隊員たちへ、ヒナモリは床に座るように命じた。平気そうに見えても、体の重心は揺れるのを、彼女は見逃さない。

 ヒナモリやセイジですら、ゲートを使った直後は少しふらついたのだ。転移エネルギーに浸されるのは、形代を持っていても精神に負担が掛かる。

 彼女よりも脆弱な隊員たちには、再転移に備えて回復に努めるよう指示が下った。


「では、この建物内で待機します。しかしながら、行動に支障は出ておりませんので、いつでも任務を申し付けてください」


 そう答えた隊員は、取り出した自分の形代を握って意識を集中させる。

 体内に蓄積した転移エネルギーを、形代に吸わせようという行為で、転移に備える基本技術だ。

 彼らの起動者としての力は弱くとも、長年の訓練によって、エネルギーの流れを操るくらいは出来た。


 隊員との話が済み、セイジの返事を貰おうと振り返ったヒナモリへ、ミサキが先に望む答えを告げる。


「街を起動させる案、私も乗る。どう足掻いても元の世界へ戻れそうにないんですもの。好きにさせてもらうわ」

「……あなたこそ、彼が感染うつってるのでは?」

「ずっと一緒に行動してれば、多少はね。私は地球人でも、タツカラ人でもなくなってしまった」

「故郷を失ったと?」

「ちょっと違う。帰るより、追う方がよくなったのよ。私たちはチェイサーだから」


 ちらりとセイジへ視線を送る彼女を見て、ヒナモリは珍しく任務とは関係の無い質問を口にした。


「貴方たちは、恋人同士なのですか?」

「まさか、よしてよ」

「はっ、勘繰りすぎだ」


 即答で二人から否定され、「では友人なのか」と聞き直す。少し間を空けて、セイジが答えにくそうに返事をした。


「ミサキは……家族だよ。妹みたいなもんだ」

「姉よ」

「そりゃないだろ。俺の方が年上じゃないか」

「何度、議論するつもりよ。精神年齢で決まるの」


 緊張感の無い遣り取りを招いてしまったと反省しつつ、ヒナモリが本題へ軌道修正を図る。

 街を発動させるなら、その方法を考えねばならない。

 発動を試みる地点については、セイジに考えがあった。


 ビル内の床に手をつき、微弱な力の流れを確認した彼は、街路で実行することを提案する。

 道の上ならどこでもいいと言う彼に、ヒナモリは理由を尋ねた。


「自動車のタイヤに力を送るのは、えらく簡単だった。車が吸い込むのかと思ったけど、そうじゃない」

「なるほど、タイヤを通して街が吸収してたんですね」

「そういうことだ。吸われ具合は、どこを走ってても差は無かった。屋内では起きない現象だ」


 それなら、いざという事態を考慮して、ゲートの近くで行うのが良いだろう。やり方は他の遺物と同じとして、厄介なのは“着火エネルギー”である。

 ストーンヘンジは、導力柱の援護を得たセイジとミサキが、二人掛かりで発動させた。

 遺物はどれもそうだが、一度強く力を押し込んでやらないと構造式にエネルギーが通わない。

 ある程度の呼び水さえ用意できれば、後は街が勝手に陣が展開するのではないかと、彼は予想する。


「壁や導力矢は、地面のエネルギーを空中に放出してる。封印者は街から力を抜きたいんだろうが、この段階で発動を始めたら奴らの思惑とは逆になる」

「陣はエネルギーを集めようとしますからね。今なら街の上空に力が滞留してるので、燃料は足りるかもしれません」

「実際、導雷は発生してる。もう一押しなんだろうよ」


 方策に頭を巡らせていたヒナモリは、顔を上げてセイジたちに作業を開始するように頼んだ。

 どれくらい手間が掛かるか分からない以上、始めるのは早い方がいい。


「呼び水用の力は、こちらで用意します。休めと命じておいて何ですが、部下たちにも手伝ってもらいましょう」

「今回は私が先行して発動するわ。セイジは余力不足でしょ?」

「まあな」


 彼にはストーンヘンジに力を奪われた感触が残っており、大型遺物の相手をするには心許ない。

 時間が経てば、周囲から少しずつ力を吸収して回復するが、それを待つわけにもいかなかった。


 皆は外に出て、ゲートの前に移動する。

 しゃがみ込んだミサキは、両手を地面に当て様子を窺い、躊躇いながらもセイジに頷いてみせた。


「なんか抵抗が無くて、遺物って感じがしないけど、確かに力が引っ張られるわ」

「虫が寄るかもしれないから、最初は俺が護衛役をしよう」


 無理はするなとだけ忠告したヒナモリは、発動は二人に任せ、部下を率いて北へ走って行く。


「予備燃料を取ってくる」という彼女のセリフには、やや不安を感じるものの、ミサキは静かに力を流し出した。

 ハーケンを引き抜き、彼女の傍らに立つセイジは、邪魔をする虫に目を光らせる。


 ゲートの真上高くをフラフラはぐれて飛んでいた蚊が、最初に反応した。

 群れられると対処しづらい蚊も、一匹なら通常サイズの昆虫ほどの脅威でしかない。


 人を恐れることなく、ミサキの近くに降りて止まったところを、背後から近付きハーケンを胴に突き刺す。

 虫の吸っていたエネルギーが、青緑の粉となって噴き散り、道路に染み込むように消えていった。


 ミサキの手が薄く光る以外に、まだ何の変化も起きていない――そう感じたのは、彼の勘違いだ。

 ほんのかすかに、大気が揺れる。

 上から下へ、空から大地へ。


 霧散しかけていた空中のエネルギーが、ふわりと舞う粉雪の如く、目には見えない沈降を始めていた。

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