20. 檻の中

 ミサキがコートの前ボタンを留め、ヒナモリは銃を絶縁布でくるむ。

 雷矢の射程は相当なものらしく、多少ゾーンの内側へ戻った程度では、攻撃範囲から脱せられない。


 脇道から大通りへ出た途端、防壁代わりのビルが無くなり、後部席のルーフに矢が刺さる。

 矢先から発した電撃が、車のボディを這い回った。転移エネルギーが発光するため、電圧以上に見た目が派手だ。

 感電よりも、遺物である車の燃料系に引火することを心配するべきだろう。


 頭の近くに突き出た金属棒の先端を、ヒナモリが布を巻いた銃でゴンゴンと叩き、外へ押し返した。

 道路に落ちて尚、青く輝く矢を見送りつつ、彼女はタツカラで自ら設計した機材を思い出す。


「中空構造――導力柱と同じだわ」

「エネルギーを集める仕組みか? それじゃ、導力矢じゃねえか」


 ミラーに映る壁は、明らかに電流が激しさを増して、青い亀甲模様を描いていた。

 偶然ではないだろう。灰壁は、脱出を阻む電気の檻だ。


 忙しなく左右に曲がりながら、セイジは一車線の細い道を選び、壁から遠ざかるように車を走らせた。

 中央へと進むにつれ、流石に届く矢も減って行く。


「転移エネルギーを遺物の力で制御する。私たちと同じことを考えたみたいですね」

「威力は大したことないが、壁に接近するのは厄介だ」

「ええ、それも問題ですが……」


 ヒナモリはこのゾーンの不可解さに、頭を悩ませ始めていた。

 導力柱をゾーンに打ち込めば、転移エネルギーが噴き出す。しかし、導雷まで伴うのは、何かが発動しようとする時である。


「導力矢で攻撃するのは、効率が悪くて理屈に合わない」

「矢が貴重品だからか?」

「遺物を利用して作りますからね。無駄撃ちできる物ではないし、威力も足らない」

「だけど、馬鹿みたいに撃ってきたぞ」

「私たちを攻撃したんじゃない。エネルギーを放出させたかったから、では」


 街の力を抜くために、大量の導力矢を無差別に放ったと、彼女は推測した。

 壁も同じ構造なら、放電している理由が分かる。周囲の障壁は、常にゾーンからエネルギーを吸収しているのだ。

 どれもを発動させないために。


「じゃあなんだ、このゾーン自体が一つの遺物だと言うのか?」

「公園の骨は凄まじい量でした。運び集めたかと思いましたが、そんなことをするメリットが少ない」

「ミサキがメモを見付けただろ。住民が自力で避難したところを、まとめて皆殺しに――」

「それが異常なんです。そんな大人数が、転移を生き残れるはずがない」


 形代を所持していたおかげで命拾いするのは、全転移者の一割にも満たないのが普通である。

 にも拘わらず、住民のほとんどが死ななかったとすれば、彼らを守る力が働いたということだ。

 このニホンの古い街が、転移エネルギーを人々の代わりに引き受けた。

 つまりは――。


「街全域が、形代ってことか」


 セイジが辿り着いた結論に、ミサキが疑問を呈する。


「形代って、要はお守りでしょ? 発動させても構わないじゃない」

「形代を発動させたことがありますか? 陣を展開させたところなんて、私も聞いたことがない」

「でも、現に転移エネルギーを吸い取って――」

「それは単なる特徴に過ぎません。形代とは何か、やっと解明されるかもしれない」


 形代は転移エネルギーを吸い、避雷針は転移を引き付ける。これは同じ現象を言い換えていただけで、本質は変わりがないのではなかろうか。

 空になった形代は、より能動的にエネルギーを吸収しようとして、転移を呼び込む。

 半端に力を持った形代は、転移を招致する能力が低いだけなのだ。


 ゾーンの中央、二条城の近くを慎重に通り過ぎて最初の転移地点に近付く頃には、南部の様子も北と同じだと判明する。

 壁は光り、導力矢が街路に稲妻を撒く。


 ゾーンから力を抜こうとするこの世界の者たちを、ヒナモリは“封印者”と名付けた。

 封印者はゾーンの全方向から矢を射かけているらしく、四方の夜空が雷でぼうっと青白あおじらんでいる。


「なあ、その封印者がムキになったきっかけってのは……」

「私たちでしょうね。虫を連れ回しましたし、ケーブルも繋いだので」

「ケーブルに意味は無いんじゃねえのか?」

「力は繋がりますから。少しでも長くゲートを維持するために、撃ったんです。第三特殊ゾーンから、エネルギーが流れ込んでいるのでしょう」


 五条烏丸、虫だらけだった五条警察署の西まで戻って来ると、彼らは車を降りて出発地点へと走り出す。

 ゾーン中でエネルギーが溢れたため、蚊やトンボは分散し、ヒナモリの援護は一発のみで済んだ。

 戻るべき転移陣は南北を貫く烏丸通りの途上に在り、雷に巻かれて昼よりもはっきり見える。


「もう帰ろうぜ。壁を潰せなかったのは残念だけど」

「まだ二時間はゲートが開いています」

「ん?」


 足を止めたヒナモリへ、セイジたちが不審な顔で振り向いた。


「街を発動させてみましょう。こんなチャンス、二度と無いかもしれません」

「はあ!? 俺の壁破壊案より頭がおかしいぞ」

「セイジが感染したみたいね」


 人を病原菌呼ばわりする発言は無視して、彼はヒナモリに食ってかかった。

 街が丸ごと遺物だなんて、尋常ではない。ロクな結果にならないのは目に見えており、大災害を招くつもりか。そんな正論に対し、彼女は危険だからこそ、ここで試したいのだと言う。


 タツカラで実験するには、危険が大きい。ここなら万一犠牲になるとしても、ゾーン住民を血祭りに上げた封印者だけだ。

 なるほど、この極端に割り切りがいい性格が氷と呼ばれる理由かと、セイジたちも納得する。


「犠牲を覚悟で止めなければ、転移はまた何千万年も人々を苦しめるでしょう。私が自分で選んだ使命です、一人でもやります」

「ただの実験だろ。犠牲の値打ちが有るか分からないのに?」

「多分……全て繋がってる。第十一都市から、いや、首都直下型からこのゾーンまで、関連があるのだと考えられます」

「……話してくれ。内容次第じゃ、手伝ってやる」


 三人は最寄りのビジネスホテルのロビーに移動して、ここまで聞きそびれていた彼女の話を語ってもらうことにした。

 手短に、というセイジのリクエストではあったが、話はヒナモリの故郷の八千万年前から始まる。


 太古の昔、彼女の星で転移エネルギーの源が作られた。膨大な力を、似た環境の星々から集める強力なエネルギー製造施設である。

 ヒナモリの祖先はそれを魔素と名付け、ミサキら地球人なら魔力と呼ぶ。


 一点に集められた魔素は、渦巻く奔流となって増幅し、星全体に振り撒かれた。構造式を組める者ならば、魔素は様々な陣の燃料として使用できる。

 彼女の星では、魔素こそが生活基盤であり、火も浄水も陣の構築で賄われた。

 しかし、魔素の製造には強烈なデメリットも存在する。それが転移現象だ。


「元々、少量の魔素は星に在ったんだと思います。それでは足りない分を、転移を利用して産み出そうとしたのでしょう。膨大なエネルギーで、構造式を最初から組み入れた遺物も作れます」

「はた迷惑な話だな。資源泥棒みたいなもんだろ」

「ただ、本当に資源問題が原点なのかは分かりません。転移を引き起こすのが目的で、魔素入手は副次的な作用だという説も有ります」

「それだと、転移を起こした理由が説明できなくないか?」

「転移は強烈な都市攻撃手段にも使える。世界間戦争のための兵器です」


 転移の構築式が開発され、様々な居住可能な星が結ばれたとする。植民が盛んになれば、本星と支星が共に発展して、文化も生物層も混じっていく。

 やがて支星が力を強めれば、ただエネルギーを吸い取られる関係を改めようと考えるだろう。

 星の間で戦争にまで発展するのは、自然な流れだ。


「私の星では、今も魔素の製造器が動いています。制御はされていますが、貴方の言う泥棒ですね」

「そんな物騒なもの、廃止しろよ」

「もう魔素無しでは、日常生活も送れません。今さら完全に廃止するのは難しい」


 ミサキの地球は、魔素を吸い取られた支星の一つに違いなかった。

 かつては“魔法”もあったのだろうが、地球では魔素を使わずに文明が発達する。現代に至っては、最も高度な科学文明を築いたのだから、皮肉なものである。


「で、そのアンタの星が、転移現象の大元なんだ」

「始まりはそうかもしれませんが、今は同じく被災する立場です。古代から暴走している転移装置が、どこかにあるのですよ」


 それがヒナモリの本星で作られたのか、それとも支星のどこかで生まれたのかは、誰も知らないし、記録も無い。

 八千万年前に誕生して、転移現象を撒き散らしながら現代もまだ動き続けている。

 魔素を大量に蓄積した時は大規模な災害を撒き散らし、エネルギーを放出すると暫し小休止する繰り返しが、延々と続いてきた。


 近年、活発化したのは、ちょうど百年くらい前のこと。タツカラでは首都直下型が発生し、地球でも各地で転移が起きる。


「ちょっと待って。私が飛ばされた時点では、そんなポンポン転移が発生したニュースは無かったわよ?」

「聞き取りの時に、不思議には思いました。ニホンの被害は大きく、かなりの人間がタツカラにも来たのに、貴女はご存じないようでした」

「ご存じないわよ。今から思えば、離島が一夜で消えたとか、それらしい話はあったけど――」

「飛ばされたんですよ、年を。警察署での話で、疑問が解けました」

「年って?」

「高転移エネルギーで時間を飛ばされたんです。貴女は百年近く、未来に来てしまった」


 辻褄は合う。ミサキも否定はせずに、ヒナモリの目を見つめ返した。

 自分の境遇がようやっと判明したのだが、彼女の表情はこれ以上ないくらいに硬い。

 強張った唇から、「何よそれ」と呟くのが精一杯だった。

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