13. 転移準備

 大型の汎用四駆車に乗せられたセイジたちは、夕暮れのゾーンを環状列石へと向かう。

 特務部隊の兵は、彼らを犯罪者扱いするようなことはなく、国防軍とは規律も身のこなしも段違いだ。素人目にも、練度が高いと分かる。


 三列設けられたシートの内、二人はヒナモリと一緒に最後列に位置取った。

 他に同行する兵は三人。一人は運転役で、二人は中列の左右に座り、無駄口も叩かず車外を警戒する。

 草原にはたまに哨戒する兵を見掛けるくらいで、出現時と印象は変わらない。

 巨大ゾーンではあるが、危険生物は今のところ見つかっていないと、ヒナモリが教えてくれた。


 赤い夕焼けを背に、巨石群のシルエットが地平線に浮かぶ。

 夜に見た時は環の中央付近、岩の密集した部分ばかりに目が行ったが、遺跡はもっと広範囲に亘っているようだ。

 直立する石の柱は、丘陵を見渡すとあちらこちらに散在している。窪地や埋没石と合わせて、一つの大きな遺跡を形作っていると判明していた。

 他にも三角形の屋根や、細いポールが林立する影も窺える。こちらは新しく増えたものだろう。


「早速、周囲にテントを張ったんだな。ポールは観測用か?」

「最重要遺物ですから。貴方の手腕には感謝しています」

「ん?」


 この時初めて、ヒナモリは言葉に迷う様子を見せた。会話が途切れたまま、四駆は遺跡から少し離れた駐屯テントの前に停まる。

 テントは奥に深い長方形で、予想より遥かに大きな敷地を占めていた。司令部と、寝泊まりも出来る兵舎を兼ねており、多くの特務部隊兵が忙しく出入りする。


 ヒナモリはテント内に寄って、セイジたちの装備を返却した後、巨石へと彼らを先導した。

 ゴーグルをひたいに被せ、愛用の耐電コートに腕を通しつつ、彼は特務部隊が増やした遺跡の飾り・・に目を遣る。


 遠くからは細いポールと思った棒も、近くで見ると相当に太い。高さが人の身長の二倍はある金属製の丸太、そんな物が環状列石を囲む輪を成して、地面に打ち立てられていた。

 遺跡を囲むように大型バリスタも複数設置され、射出先は中心に向く。

 ゲートが開くと危険生物でも出るというのか、その目的までは分からなかった。


「大層な資材だな。大型艇で運んだのか」

「柱は中空構造だから、見た目より軽いですよ」


 並ぶ柱を目で追うセイジに、ヒナモリが言葉を選びつつ解説をする。金属柱は、エネルギーを吸収して集める“導線”らしい。

 ゾーン内にある物質は、草であれ、土であれ、転移の際にエネルギーを帯びて出現する。遺物と認定される特殊なアイテムほどではないが、少量でも力を内包しているのは確かだ。

 その力を一箇所に掻き集める仕組みが、この“導力柱”であった。


「第十一廃棄都市のゾーンでも、エネルギーを充填するために導力柱を設置しました。転移エネルギーはあらゆる遺物を起動するのに必要とされますが、ゾーンでしか得られない貴重品です」

「遺物を起動してるのは、全て転移のエネルギーなのか?」

「そうです。しかし、第十一都市に導力柱を打つのは、もう少し慎重になるべきだった」

「ああ……不発弾みたいなものだからな」


 セイジが転移規模を縮小した結果、行き場を失ったエネルギーは、導力柱をきっかけにして暴走してしまう。

 あふれた力が跳ね回り、群発性転移となって稲妻のように西へ移動した。


 軍は十一都市に巨大なエネルギー溜まりを作って転移を誘い、事態の収拾を図る。だが、これは七名の死者を出すだけで終わった。

 軍属の貴重な起動者を大量に失う事態は、ヒナモリの口を重くするには充分な失敗である。

 解決へ手をこまねいていたところ、セイジの作戦が発動したというわけだ。最初の原因を作ったセイジを恨んでいるのか、という質問に、ヒナモリは間髪置かず否と答えた。


「少なくとも特務部隊の人間には、覚悟も誇りも有ります。突発事態に対処できないのは、自分の能力不足のせいでしょう」

「ならいいけどな」

「私たちには思いつかない方法で、群発性転移を収束してくれた。そのことには感謝しているんです」


 三人が遺跡の間近まで来ると、整列した十名ほどの隊員へ、背の高い上官が檄を飛ばしていた。

 全員が黒い背嚢はいのうと、袋に包まれた銃を二丁ずつ携え、青ガラスの嵌まったゴーグルを首から提げる。

 上官は近づくヒナモリに目配せして、訓令を締めにかかった。


「――この大型ゲートで、今度こそ成功させる。副隊長も到着した。全員、最終準備に掛かれ!」

「はっ!」


 隊員たちは二班に分かれて散開し、環状列石を挟んで待機場所を確保する作業を始める。

 既に他の隊員が待ち構えており、地面に固定した鉄の輪カラビナに、隊員の腰ベルトから伸ばしたフックを引っ掛けて行く。

 ガチャンガチャンと小気味の良い金属音が響く中、ヒナモリはセイジたちに最高責任者を紹介した。


「第一特務部隊の隊長兼、全部隊の統括司令、メルケス中将よ」

「君たちが転移志願者か。武器が必要なら、予備班から受け取ってくれ」


 メルケスはセイジより頭一つ高く、短く刈り揃えた頭髪は白い部分が目立つ。細く鋭い眼光は、国防軍の将官よりよほど軍人らしい。

 彼が指差したのは、遺跡からかなり離れて設置された小さな軍用テントだ。ゲート発動時に即応できる予備の物資と人員・・は、そこに配置される。

 その更に向こうには、ゲートを見守る観測テントやバリスタも在った。


 地面をよく見れば、何本ものロープが遺跡中央に向けて張り巡らされ、蜘蛛の巣を思わせる模様を描く。

 予備班の位置からもロープは伸びており、転移嵐の発生時はこれを伝って移動する手筈である。


「銃は要らない、ハーケンで充分だ」

「よかろう。作戦手順は、副隊長から聞いたな?」

「陣が構成されたら、突入班が中央に来る。そのまま全員で転移」

「そうだ。突入するのは十三人、指揮はヒナモリ副隊長だ。ゆっくり発動してくれると助かる」


 そんな配慮が出来るものかと思いつつも、セイジは適当に頷いた。


「後は頼む」とのメルケスの言葉に、副隊長は胸元を軽く拳で叩く動作で返す。

 観測場所まで後退する隊長を見送ったヒナモリは、セイジたちの準備を手伝う兵を呼び付けた。


「貴方たちも、固定させてもらいます。真ん中へどうぞ」

「特等席だな」


 環状列石の中心には、既に固定具がいくつも設置済みだ。

 二人は太い革ベルトを渡され、腰に巻くように言われる。

 ベルトと固定具をロープで繋ぎ、これを命綱として、それとは別にU字形の取っ手がしがみつくために地表へ埋め込まれていた。


「ベルトの金具は、ツマミを押してスライドさせれば外せます」

「了解」


 この一帯全域が遺物であるため、発動するのも直接地面に手を添えればいい。

 中央にミサキと向かい合って膝立ちしたセイジは、聞きそびれていた疑問を口にした。


「ゲートは他にも二つあるんだよな。そっちは何で失敗したんだ?」

「起動に成功したのは、過去四例あります。いずれも目的地には到達できないまま、第一特殊ゾーンのゲートは破壊されました」

「潰したのかよ。勿体ない話だな」

「扱うエネルギーの量が大きすぎて、華奢きゃしゃな遺物では複数回の使用に耐えられないのです。もう一つ残っていますが、それだけでは足りません」


 彼らの横に大袈裟なダイヤル錠が付いた箱が、二人掛かりで運ばれてくる。ヒナモリ自ら解錠した後、話の続きを待つセイジへ向き直った。


「私たちは、転移できればいいと言う訳ではないのです。根源・・を見つけられなければ、意味が無い」

「この遺跡で行けるとも限らないだろ」

「通じるかもしれない、でしょ。何度でも試すだけです。その準備はしてきました」


 彼女は開いた箱へ手を入れ、波のような刻みが入った銀色の指輪をセイジに差し出す。

 彼にはサイズが小さいため、左手の小指に嵌めるのがやっとだった。次に複雑に編み込まれた短い組み紐を渡され、こちらはミサキに頼んで手首に結んでもらう。

 その彼女には、シルバーチェーンのネックレスと、赤い石の指輪が提供された。


「世界間移動のために、特務部隊が収集してきた形代です。エネルギーへの耐性は、通常の数倍は有ります」

「もらっていいのか?」

「転移後に必要無いなら、返却してください。さあ、後は貴方たちが、どこ・・へ転移させてくれるか、ですね」


 ゲートの仕様については、軍でも研究に注力し、成果も得ている。

 エネルギーを安定して供給するために導力柱が開発され、転移陣はある程度の時間、開き続けられるようになった。

 これが原因で転移遺物が潰れるのだが、ゲートが直ぐ閉まるようでは使い物にならない。どれくらいの間、ゲートが保つのかは、これも新開発の転移エネルギー計測器が教えてくれる。


 どうしても推測できないのが、転移して向かう先だ。草原なら大成功で、マグマの只中なら即死する。

 エネルギーの注力の仕方が影響するのか、それとも遺物で行き先が決まるのか。そもそも、起動した人間によって、転移先が変わることも有り得る。


 不確かなことばかりでも、先に進むには試すしかない。新しいゲートを使い、違う起動者が陣を展開し、精鋭が果敢に突入する。

 セイジを起動役に選んだのには、いくつか理由が有るが、結局はメルケスとヒナモリによるギャンブルに違いなかった。


「では、私は一旦、後方に下がります。隊長の合図で、発動を開始してください」

「あいよ」


 返事は軽くとも、表情は固い。昨夜飲み込まれそうになった力の奔流を、セイジはまだ生々しく覚えていた。

 地面を見下ろし、緊張を深める彼へ、ミサキがなるたけ明るく声を掛ける。


「私が先攻でもいいわよ。どうせ二人でやるんだし」

「大丈夫だ。なんなら独りで起動してやるさ」


 大した仕事じゃないと言わんばかりの態度は、虚勢ではあるだろう。しかし、二人はこうやって、危険に挑んできたのだ。

 いつもの調子を取り戻し、お互いの顔を見ながら、ゴーサインを待つ。


 太陽はまだ半分ほど山際に顔を出し、彼らの影が長く地面に伸びていた。

 拡声器で増幅したメルケスの号令が、遺跡の隅々まで響き渡る。


起動者スターターは、遺物の発動を開始せよ。繰り返す、遺跡の発動を開始せよ』


 セイジが右の掌を、土の地面にペタリと押し当てた。巨石に触れた時ほどの力は、まだ感じない。


「行くぞ」

「いつでもいいわよ」


 ミサキの視線は彼の手に、彼女の両手は左右に埋められたフックを握る。

 起動者は自らが持つエネルギーを、最初はそろりと地に流し、手応えの軽さを見て取ると、次は大胆に押し込んだ。

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